第293話 伝説の復活

「陛下。近くの農奴と思われる者達から情報を得ました。にわかには信じられないことですが、何故か最近まで我らの存在は忘れられていたようです。遥か昔のおとぎ話の存在だと思われていました。同族は北の大陸のみに押しやられ、最近南下しようとするも、人間たちに敗れ去って逆に征服されたようです」


 情報を仕入れてきた部下が報告する。


「それはおかしい。我らがあの空間にいたのはせいぜい数日ぞ」


 皇帝は怪訝な顔をする。ブラックホールに近づくにつれて時間の進み方が遅くなるということは、ここでは知られていなかった。


「私にも理解できませんでした。そのため農奴の無礼な態度を咎めませんでした。申し訳ありません」


 報告者は深々と頭を下げる。


「いや、気にするな。状況が分からないまま、変な揉め事を持ち込むよりよほどましだ。今はともかく情報が欲しい。同族がいるという北に行くとしよう。一番魔力が高い者が居る所に行けば何かわかるだろう。ただ何があるか分からぬからな。面倒だが転移の魔法は使わず飛んでいくぞ」


 そう言うと皇帝は魔力で翼を作り羽ばたく。部下も同様にして付いていく。そのスピードはとても翼で飛んでいるとは思えない速さだ。音速を軽く超え、高度も1万メートル近い。それでいて衝撃波も発生していなかった。


 皇帝たちはフラメイア大陸を通り過ぎ、ハンデルナ大陸に僅か半日で着いてしまう。この世界の移動速度としては、転移の魔法を除けば異常な速さだった。


 ダラグゲートは配下の物を集め臨戦態勢を取っていた。遥か彼方のこの地からでも分かるほど巨大な魔力を持ったものが突然現れたからだ。その魔力は元魔王である自分よりも大きい。更にその正体不明のものは常識では考えられない速度で、真っ直ぐに自分達に向かってきている。緊張するなというのが無理な話だった。


「全く。今度はなんなのだ……」


 ダラグゲートは思わずぼやく。人間たちの国に侵略をしてから次々に問題がおきる。それまでは絶大な権力と強力な魔力によって、絶対的な自信を持っていたが、今はそれが単なる傲慢に過ぎなかったとよく分かる。


「陛下、いえ、閣下。近づいてくるものはなんなのですか?」


 配下の者も魔力の余りの巨大さに、緊張を隠せず聞いてくる。


「私にも分からぬ。敵でないことを祈るばかりだな」


「国王には知らせなくともよいのですか?」


「知らせるまでもない。あんなもの魔力を感じる者なら誰でも分かるだろうよ。仮に敵だとしたら国王自ら陣頭に立ってもらわねばな」


 ダラグゲートは戦争では負けたが、個人の力量でコウに負けるとは思っていなかった。だが、今近づいてくる者達は違う。魔力は少なく見せることはできるが多く見せることはできない。自分では抗いようのない差を感じる。それは策を用いたところでどうにもならない差のように思われた。


 そして、それは堂々と城の正面からやってきた。城門に降り立つと、づかづかと城の中に入っていく。


「北の辺境にあるにしてはなかなか立派な城ではないか。場合によってはここにしばらく滞在してやっても良いな」


「陛下がご滞在されるなど、この城の主も名誉に思うことでしょう。しかし、陛下が来たことぐらい魔力を感じれば分かるでしょうに。出迎えもしないとは無礼ですな」


 配下の1人がいささか不愉快そうに言う。


「それぐらい良いのではないか。我も大分魔力を消耗した。間違えても仕方なかろう」


 鷹揚にそう答えて、城の中で最も強い魔力を持つ者がいる部屋へと向かう。そこには緊張した同族たちがいた。


「ふむ。間違いなく同族のようだな。そこの者。なぜ、我らの同族はこのような北の辺境にいるのだ?南の大陸では人間どもが我が物顔で暮らしていたぞ。それに、嘘か本当かは分からぬが、戦を起こして人間たちに大敗したと聞いた。そなたは事情を知っているか?」


「大変失礼かと思いますが、あなた方はいったいどのような方なのでしょう。あなたのような強い魔力を持ったものなど、世界中探してもいますまい。ですが私は今の今まで私はあなた方のことを知りませんでした。どうかお教え願えませんか」


 ダラグゲートは王座から降り、片膝をついて尋ねる。


「無礼者! 陛下の質問に答えずして、己の質問を述べるとは、如何なる所存か?」


「ふむ。幾ら辺境の地と言え、皇帝たる我を知らぬとな。なんとも不可解なことよ。我は全世界を治めるルーシア帝国皇帝ザーラバムなるぞ。如何に辺境に籠っていたとて、名前ぐらいは知っておろう」


 ザーラバムが名乗るとダラグゲートは驚きの表情を浮かべる。ザーラバムとはかつて魔族が全世界を治めていた時に、魔族の王だった伝説の大魔王の名前である。


「まさかあなた様は、大魔王様ですか?」


「大魔王? なんだその称号は。それではまるで我が魔族だけの王のようではないか。我は魔族だけでなく全世界、全種族を統べる皇帝ぞ」


 ザーラバムは怪訝そうな顔をする。益々訳が分からない。いったい自分たちは何処に来てしまったのだろうか。


「恐れながら申し上げますと、魔族が世界を治めていたのは、もう1万年以上前の話です。ザーラバム様のことは神にも等しい力を持った伝説の大魔王として語り継がれております」


 それを聞くとザーラバム一行は顔を見合わせる。


「よし、詳しく聞かせろ。いま世界はどうなっているのか、なぜ魔族は北に追いやられ、しかも貧弱なものしか残っていないのか、などな。嘘は許さぬぞ。隠し立てもな」


 ダラグゲートはザーラバムを王座に座らせると、歴史や今の状況を語った。それはあくまで魔族視点からの偏った歴史観であった。

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