第292話 復活

 その生命体は全てを飲み込み消滅させる、巨大な重力の塊に抗い続けてきた。事の始まりはその者の配下の中でも、高い的中率を誇る予言者が、破滅の予言をしたことによる。その者によれば、遥か前に滅びた古代に存在した、高度な文明の残したものがこの世界全体を飲み込み消滅させるというものだった。それを防ぐことができるのは絶大な力を持つ、世界で唯一の皇帝たる我のみ。

 数々の予言を当ててきた我の信用する者の言であったため。打ち捨てられ、朽ち果てた都市へと我は配下と赴いた。都市は草木に覆われていたが、中心部はかろうじてまだ形を保ったものがあった。

 こんな朽ち果てた遺跡に、何ができるというのか、そういった思いもあったが、念の為に跡形もなく吹き飛ぶよう、我の使える最上位魔法、メテオストライクを使った。空高くから隕石が高速高速で衝突し、後にはクレーター以外何も残らない。

 だが、隕石が衝突し、現れたのは全てを飲み込む黒い物体だった。その物体は周りの物だけでなく、連れてきた大勢の部下まで飲み込んでいく。

 攻撃魔法で破壊しようとしたが傷一つつかなかった。しかも、この我が、逃げることすら敵わず、じりじりと黒い物体に引きずり寄せられる。破壊をあきらめ、封印を施そうとしたが、効いたと思われた次の瞬間には、それすらも飲み込まれていた。


「陛下。最早一刻の猶予もありません。我ら帝国4将の命を媒体にして、封印を」


 我が帝国の誇る4人の将軍のうち1人がそう叫ぶ。他の3人も同じ考えのようだった。4人の命、つまり体内にある魔石を基点とした正4面体を形作り、強力な封印を施す。強力無比な封印だったが、一つ欠点があった。黒い物体の真上に留まり基点の一つとなることができる者が居ないのだ。


「そなたらの心意気はしかと受け取った。ピラミッドの封印を施す。そなたらは地面に留まり、正方形の位置に付け。頂点の位置は我が務める」


 ピラミッド型の封印は正4面体の封印より、更に強力だ。だがそれ以上に頂点の基点を務める者の負荷がかかる。


「陛下。危険です。おやめください」


「どの道このままにはしておけぬ。それに我の見立てでは、そなたら全部の命を使ったとしても足りぬ。使える機会は一度だけだ。ならば、最も強力なものを使うまで。反論は許さん。持ち場につけ」


 有無を言わさぬ口調で命令すると、我は頂点の位置まで移動し始める。気を抜くと一瞬で暗黒の中に飲み込まれそうだった。気を引き締めていてもじりじりと物体に引き寄せられる。

 我が頂点に着いた時には、部下たちがそれぞれ正方形を描く位置に立っていた。優秀な部下たちだ……我は、持ってきた杖に魔力をつぎ込めるだけつぎ込み、ピラミッドの封印を施す。それでも少しずつ封印が狭められていく。


 (これでも駄目だというのか……)


 周りはいつの間にか暗闇に包まれ、我の他には4人の将軍の気配しか感じられない。それでもギリギリのところで耐えていた。


 どれぐらいの時間が経ったのだろうか、少なくとも数日は経っているだろう。このまま限界が来るのか、と絶望を抱き始めたころ、突然物体の力が弱まり始める。均衡が崩れた後は早かった。

 この物体は全てを飲み込む、マナでさえも……だが、我と4将は飲み込まれる前に集められた大量のマナを吸収することができた。そして、その魔力でもって目の前の物体を消滅させようと試みる。

 魔法はイメージの世界だと言われる。我の最強の攻撃魔法は効かなかった。だが、目の前に最強の魔法の参考となる物体がある。少し余裕ができた我は、物体を観測し、そして同じものを作り出すことに成功し、両者をぶつけた。思った通り、過去の遺物は跡形もなく消滅した。

 

 深い地下の空洞に我と4将は浮かんでいた。地下と分かるのは、頭上から差し込む光があったからだ。いつの間にかかなりの深さまで地面に引きずり込まれていたらしい。我と4将は直ぐに上空へと向かう。正直へとへとだった。予言者が我でなくては世界を救えぬといった訳だ。危機を見事当ててみせたあの者には褒美が必要だろう。4将については言わずもがなだ。

 我と生き残った4将は地上へと上がる。そこで見た周りの様子は、想像とあまりにも違っていた。穴の周りに何もないクレーターがあるのは分かる。あの黒い球状の物体に飲み込まれたのだろう。だがその周囲にはまるで何事も無かったかのように森が広がっている。それに周りの空気から感じられるマナが明らかに薄い。この濃度では魔力の回復もままならない。それに魔力探知で感じられるのは、モンスターの他は、人間と呼ばれている奴隷種族が殆どだ。繁殖力は旺盛だが、体内に魔石を持たず、戦闘力が低く、食料生産や魔族の身の回りの世話ぐらいしか役に立たない種族だ。

 多くの人間を少数の魔族が支配しているのなら分かる。だが、探知の及ぶ範囲に同族と思われる気配は無かった。


「どういうことだ? この地はハーネブラ伯爵の治める地であったはずだ。だが伯爵のどころかその配下の者の気配も感じられぬ」


「ただいま我らで周囲を探ってまいります。何が起きたか分かりませぬ故、陛下はここにお留まりください」


「ふむ。そなたらも注意せよ。何が起きているか分かるまで、無用な戦闘もするな。我らの存在が分かれば面倒事に巻き込まれる可能性もある」


 世界を統べる皇帝たる我に逆らうものもいる。大抵は取るに足らぬ小物だが、魔の弱った今の我や4将では後れを取る可能性もある。4将はそれぞれ魔力でできた翼をはためかせ、周囲に散っていった。



「ぐっ!」


 ギルド会議の途中オーロラが急に苦しみだす。


「どうした?」


 会議に出席していた者達が心配げにオーロラに近づいてくる。


「強大な魔力を持つ者がいきなり現れたわ。敵か味方かは分からないけど、魔力だけで言うなら、私が倒したリッチロードなど巨像に対する蟻みたいなものよ」


「まさか……それほどの存在がどうして急に……」


 オーロラの実力を知り、そしてリッチロードの強さも知る者達は一斉に青ざめる。その存在が敵でなければいい。だが若しくは新たに現れた人間を襲うモンスターであった場合、その脅威度は計り知れないものとなるだろう。


「まさか魔族と関係あるのでは……」


 おりしも魔族との戦闘に大勝し、形式上とは言え冒険者協会に所属するコウが王となったため、対応をどうするか話し合っていたところである。


 その日、魔力を感じる者の多くが不調を感じ、その者が現れたヨレンド侯爵領に至っては、お抱え魔導士が気絶するほどであった。そして、それほどの魔力が現れたものにとっては、尽き掛けて弱った状態のものであるとは、誰一人として考えつかなかった。

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