第291話 誤算

「ふむ。調査船の配置を優先することにしよう」


 次の日、コウは朝起きるとミーティングをすることもなく、そう皆に告げる。


「珍しいですね。後回しにするか、まだこの惑星での調査を優先させるかと思っていましたが。数か月ほど遅れたところで、調査船の配置場所はほとんど変わりませんよ」


「昨日まではそのつもりだったが、気が変わった。気温に対して耐久性があるとは言え、それでも、冬に冒険するより、冬の間にやるべきことをやって、暖かくなってから冒険した方が気分がいい。それになんとなくこの手のものは先に片づけておいた方が良いような気がする」


「まあ、仕事に前向きなのは良いことです。それでは早速準備しましょう」


「私は軍人だよ。軍人は暇で無駄飯食らいをやっているのが一番いい。仕事熱心な軍人など大抵碌なもんじゃない」


 そう言ってコウは肩をすくめる。大昔みたいに書類仕事が大量にあるのならともかく、今は雑事に関しては人格AIの方がよほど優秀で、間違いもない。自分が忙しくなるのは、通常業務ではなく、判断を求められる事案が大量に出てきた時、つまりは有事だ。それ以外で忙しくしている軍人は大抵派閥争いをしたり、よけいな作戦を思いついたりと碌なことはしないものだと思う。



 宣言通りその日のうちに艦へと戻り、調査船の設置区域に向かう。元の世界とこの世界の時間の進み具合が違うのは分かったが、残念なことに動き続けていた時計やタイマー類が発見できなかったので、相対的な時間差が分からない。なのである程度余裕を持った距離に調査船を配置することになる。超新星爆発の衝撃波や放出された物質は亜空間レーダーで計測できるが、何せ広範囲に散らばりすぎていた。

 計測機器の主力となるのは、精度は発明されたころから比べ物にはならないが、原理は変わっていない電波望遠鏡と光学望遠鏡だ。

 光の速度はこの世界でも同じだった。つまりは10万光年離れた所から観察すれば、10万年前の出来事が見えるわけである。タイムマシンは残念ながらまだ発明されていないが、こうして過去のことを知ることができるというのは面白いものだと思う。


「過去を見ることができるというのは少し楽しみだが、作業は地味だな」


 艦橋で天然物の紅茶を飲みながら、コウはそう呟く。


「そうですね。調査船を設置するだけの作業ですからね。ただ、今まで通過した星系の中には知的生命体がいる星もありましたよ。ただ、やはり魔法があるからでしょうか、生活レベルが高い星でも宇宙に進出している生命体の痕跡は無いですね。高層ビルが立ち並び、車も空を飛んでいるのに、人工衛星すらないのは不思議な光景です」


 ユキカゼがメインパネルに一つの惑星の都市を映す。確かに少しレトロな感じはあるが、高さ1000mを超えると思われる高層ビルが立ち並び、車は空を飛び、一見それなりの技術力がある星に思える。だが、この技術レベルでは当然あるべき通信衛星をはじめとした人工衛星の類が一切ない。それでも人々は通信をしているし、テレビらしきものも見ている。建設機器やロボットはゴーレムだろうか?コンピューターにあたる演算装置がどういう仕組みになっているのかちょっと気になる。

 ちなみにこの星の住人はエルフだった。いや、外見がエルフというだけで、都市に住んでいる段階でクムギグゼ星系の星のエルフとは違う気がする。それに活動的だ。ビジネススーツを着て、水晶板でできたタブレット端末のようなもので仕事をしている姿を見ると、エルフというファンタジーな存在ではなく、単なるヒューマノイド型知的生命体としか思えなくなる。もっともキノコ鍋を食べなかったらクムギグゼ星系のエルフもこうなるんだろうか。寿命が長い分、他の人類より繁殖に有利な気はする。能力値も全体的に高いみたいだし、と考えてみたりもする


「帰還方法が分からなかったら、次はこの星で暮らすのもありかもしれないな。少々レトロな地方都市といった感じで、金さえあればなかなか快適に過ごせそうだ」


 事前に入念な調査は必要だろうが、この技術レベルであれば、希少金属を作ればそれなりのお金にはなりそうだった。自然も適度に残されており、リゾート施設もそれなりにある。冒険ではなく、休暇というならこういう環境の惑星の方が良いように思われた。



 調査船を設置しては別の場所に移りまた設置をする、ということを繰り返し、ようやく最後の一つを設置し終えた時に、ユキカゼが少し驚いた表情をして報告をしてくる。


「提督。悪魔の穴と呼ばれる所にあったマイクロブラックホールですが、消滅いたしました。それも消滅時の急激なエネルギー放出もなしで。物理法則の違いの影響もあるでしょうが、それを差し引いても不可解です」


「あのシュバルツシルト面付近で生きていていた生命体はどうなったのかね?」


「消失しました。現在消失原因及び生命体が生存している可能性もあるため、行方の調査を遂行中です。マイクロブラックホールの消滅には慎重に、との命令を受けていたにもかかわらず、このようなことになってしまい、申し訳ございません」


「なに。そもそも異世界だ。想定外の事が起こるのが普通だ。クムギグゼ星系の帰還は慎重に、尚且つ、迅速に行うことにしよう」


「はっ!」


 ユキカゼは矛盾する方針に文句を言うこともなく、小気味のいい返事をして、仕事に取り掛かる。慎重さと迅速さを、主である自分好みの割合で行うことに慣れた所作だ。

 それにしても、いったい何が起こったのだろうか、シュバルツシルト面直前で生きていられるような生命体が、そう簡単に消失したとは考えにくい。寧ろマイクロブラックホールを消滅させたのはその生命体ではなかろうか。根拠は特にないがその可能性は高いように思えた。


「ブラックホールを消滅させるような生命体か……少し予想より厄介かもしれないな」


 誰に向かって、というわけでもなく、コウはそう呟いた。

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