第295話 ブラックボール
命令を下した後、ザーラバムは玉座から立ち上がる。
「さて、貢物が詰まるのは2、3ケ月後か?」
「恐れながら、ここは辺境の地です。人間のみならず魔族も私共のいたころに比べるとかなり弱体化している様子。小人数ならともかく、貢物をもっての高速移動などできはしないでしょう。半年、下手したら1年以上はかかるかと」
4将の1人がそう告げる。
「そんなものか。では先に城を作る予定地の下見でもしてくるか。魔力の回復も大事だが、風景も大事だからな。ダラグゲートよそなたに案内役を任す。光栄に思うが良い」
かつては魔王と呼ばれた自分が案内役とは、とダラグゲートはやるせない気持ちになったが、実力差は明白である。仕方なく頷く。
「それで陛下はどのようにして向かうのですか。馬車でしたらすぐにでもご用意できますが」
「馬車だと。この我に地べたを張って移動せよと。空船を用意せよ」
「空船とは?」
ダラグゲートはそんな移動手段など知らなかったので聞いてみる。
「空船は空船だ。空飛ぶ船のことだ。なんだ? そなた王だったというのに、1隻も持っていないのか?」
それを聞いてダラグゲートはおとぎ話に出てくる空飛ぶ船を思い出す。だが、そんなものなどなかった。
「申し訳ございません。そのようなものはございません。個人レベルで飛行するならともかく、船を浮かせるなど困難なことであります。そして個人レベルでも空を飛べるものは多くはありません」
ダラグゲートとて魔王と呼ばれた男である。多少大きな船でも浮かせることぐらいはできる。だがそれを長距離移動させるとなると話は別であった。
「そこまで落ちぶれていたとはな。このマナの薄さでは仕方が無いか。では、自分で行くとしよう。お前は飛べるのだな?」
「はい。陛下ほど速くは飛べませんが……」
「よい。そこまでそなたに期待してはおらぬ。では、朝食後に出発する」
ザーラバムは一度に大量に食う魔族から見ても、大食漢だった。何処に入るのかというぐらいの量をたいらげていく。ひとしきり食べ終わるとダラグゲートに命令を下す。
「では食後の散歩がてら、出かけるとしよう。さあ案内せよ」
ザーラバムはそう言うと、魔力の翼を広げる。一方のダラグゲートは翼として可視化できるほどの魔力は持っていない。確かにそうできれば速く飛べるだろうな、ということは想像できるが、同時に膨大な魔力が必要なことも分かった。劣等感にさいなまれながら、空に浮かび上がり、コウ達の入り場所へと先導する。それはこの世界の基準では速い飛行であったが、ザーラバム達にとっては欠伸が出るような速さだった。
ただそんな感想も目的地に着いたとたん感嘆へと変わる。ザーラバム達の目の前にあるのは希少金属の塊で出来た半球状の丘だった。
「これは素晴らしい。我の時代にもこんなものは無かった。これだけの量があればオリハルコンでできた部屋どころか、城すら作れよう。マナの濃さも申し分はない。多少景色が殺風景ではあるが、城を作る間にどうとでもなるだろう。この地を新しい帝都とするぞ」
ザーラバムは上機嫌だった。その上機嫌なザーラバムに空気を読まない言葉が掛けられる。
「ここは立ち入り禁止にしていたはずだが、どうしたのかね?」
コウ達だった。
「ほう。そなた達がこの者の軍を破った者達か。強そうには思えぬな。策略が優れていたのか。まあ良い。この丘はただの丘ではないのだろう。案内せよ」
ザーラバムは拒否されることなどみじんも考えていない口調で命令する。実際並大抵の物なら拒否できないほどの力がその言葉には込められている。
「え、なにこのおっさん。人にものを頼むんだったらそれなりの態度ってもんがあるんじゃね?」
サラが怯えることなく言い放つ。
「無礼者め! 死ね」
4将の1人がすかさず膨大な魔力をサラに叩きつける。それは標的となった者の心臓を一瞬で止める死の呪文でもあった。だが、状態変化の魔法が効果がないコウ達には関係がない。
「ほう。我以外で死の呪文を平気で耐える者がおるとはな。世の中は広いものよ」
ザーラバムは心底感心した様子でそう呟く。
「我は寛大である。だが、何度も無礼を見逃すほど寛大なわけではない。丁度新しい呪文を試してみたかったところだ。4将の魔力に耐えられるものなら、丁度良い」
そう言ってザーラバムは右手をコウの方に向けて呪文を唱える。
「
その瞬間コウ達のすぐ真上に黒い球体が発生する。それは凄まじい勢いでコウ達を飲み込んだのみならず、周囲の物も手あたり次第に吸い込み破壊していく。離れたところにいるダラグゲートさえ耐えることが出来ず、もう駄目だと思った瞬間、唐突にその黒い球体は消えた。後には黒い球体に飲み込まれた半球状の窪みが地面に残っているだけである。
「我が体験したものはもっと凄まじいものであったがな。だが、あれをそのまま出現させるわけにはいかぬ。攻撃魔法としてはこんなものであろう」
周囲の物すべてを破壊し、飲み込むもの。恐ろしい物体だ。ザーラバムはこんなものをどこで経験したのだろうか。そして経験したものはもっと凄まじかったという。ダラグゲートは恐怖を感じた。
「惜しい。ブラックボールじゃなくてブラックホールなんだよな」
「……これを見た感想がそれですか」
この惑星の遥か彼方の巨大な宇宙船の中でそう言い合う男女がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます