第22話 お魚料理と様式美

 宿に帰ると、セラスにとってきた魚の料理が、ここで調理出来るかどうか尋ねる。


「そうですね。お魚の種類によりますが、一応できますよ。あまり例がないため、料金はきちんと決まってませんので時価になります。ただ、あまり安い魚は、当店のイメージ的なものがあるので出来ません。それと下処理に時間がかかる魚は、直ぐにはお出しできません。また、下処理の材料の関係、又はその時のお客様の入り具合によっては、お断りする場合もあります。基本的には料理長が判断します」


「それじゃあ、早速頼みたい魚があるんだが」


 そうコウが言うと、厨房へと案内される。先にセラスが入って料理長らしき人物に説明をする。料理長らしき男はコウ達に近づいてきてぶっきらぼうに言う。


「俺はここの料理長のショガンだ。ものはなんだ」


 コウは亜空間から数多くとれた小さめの魚と1mを超える魚を1匹ずつまな板の上に取り出す。何もないところからいきなり取り出された魚に、少しショガンとセラスがビクッとする。


「収納魔法持ちか……ブナはうちじゃあ料理できないな。こっちのコヌイは1匹あたり15銅貨で料理できる。ただし、出せるのは明日になるが、それでいいなら引き受ける」


 小さめの魚はブナ、おおきい魚はコヌイというらしい。高級レストランらしからぬ良心的な価格に、コウは2匹のコヌイの調理を頼む。


「ブナはここじゃあ料理できないが、知り合いに美味く調理できる奴がいる。そこに持っていって俺の紹介だと言えば1匹10錫貨で買ってくれるはずだ。料理の腕は、まあ悪くねぇ」


 ぶっきらぼうだが、親切にブナの販売先まで教えてくれた。

 調理場を出てセラスに店の場所とどんな店かを聞く、基本的に低価格が中心の川魚専門店だった。ギルドの推奨の店ではないが、料理長を信用して今日の晩御飯はそこで食べることにする。店の看板を背負っている以上、変なところは教えないはずである。

 部屋で普通の服に着替えると、教えてもらった店“緋色の湖畔亭”に向かう。街の端にあるので、店につく前に露店をたくさん見る事が出来た。美味しそうなものをまとめ買いしていく。店についたころは丁度日没の時間で、鐘が10回鳴る。店に着くと名前はお洒落な感じだが、開放的で庶民的な店だった。

 すでに店の中は満席で、自分たちが来ると道路にテーブルを出して対応してくれる。通りが狭くなるが、他の所もやっているので、この街では当たり前の事なのだろう。

 ショガンの名前を出すと厨房、というより台所という雰囲気の場所まで案内された。


「今は忙しい時間なんで本来は勘弁してほしいんだが、まあ仕方がねえ。ブナだよな。1匹10錫貨だ」


 ショガンと同じくぶっきらぼうに言う。職人気質同士気が合うのかもしれない。そう思いながら、差し出されたたらいにブナを亜空間から取り出し入れていく。


「お前さん収納魔法持ちかよ……初めて見たぜ」


 事前情報の通り、収納魔法持ちは希少のようだ。ただ、そのせいか効果が有名で、一々説明しなくてもいいのは助かる。


「お金は良いですから、今日はここで食事をしたいので、その分ブナの料理を出してもらっていいですか。あ、お酒の料金は別で」


 コウが交渉する。


「それはこっちとしても助かるな。ああ、俺の名前はロブだ。一応大抵の魚は料理できるからな。魚料理に関してはショガンに負けねえから、魚が捕れたら真っ先にこっちに持ってきてくれ。収納魔法持ちなら、新鮮だろうから大歓迎だぜ」


 ここで食事をするというのが気に入ったのか、それとも収納魔法で新鮮な魚が手に入る当てができたのが嬉しいのか、厨房に入ってきた時とは打って変わって笑顔になっている。ちなみに大量に持ってきても、冷凍が出来るマジックアイテムの倉庫があるので大丈夫なのだそうだ。


「自分はコウです。では、これからもよろしくお願いします」


「ああ、よろしくな」


 外に用意してもらった席に着くと取り敢えずエール酒を頼む。今日は別のお酒を飲もうと思っていたのだが、此処にはエール酒しか置いてない。その代わりと言っては何だが、3つの銘柄があった。

 エール酒が運ばれてくると直ぐに、ブナのブツ切りが入ったスープが4つ置かれる。なかなかに結構な量である。スープは魚の臭みを消すためか、香草をふんだんに使ったもので、好みは分かれるかも知れないが、コウはこれはこれで有りだと思う。直ぐに出されたということは長時間煮ていた出来合いの物だろう。フォークで突くとポロポロと身が骨から外れるのに、切り身の形が崩れていなかったのは流石である。

 他の3人を見るとマリーが若干苦手なようだ。もっとも、舌の感度を落とせば、極端な話、腐った残飯でも問題ないので、苦手料理を食べる、という経験を楽しんでいるのであろう。

 みんなで2杯目のエール酒を頼むと、野菜と一緒に炒めた物が出てきた。こちらも香草は使っているが、種類が違うせいか、料理法のせいかあっさりとした感じで余り癖がない。

 客が半分くらいになったころに3杯目のエール酒を頼む。ちなみに全て違う銘柄である。つまみに何か頼もうかと思っていたら、骨を油で揚げたものが出される。お菓子みたいに、ポリポリと食べられて美味しい。出された量が思っていたより多かったので念のため確認したが、この骨の揚げ物までで、4銅貨なので、若干サービスしている程度とのことだった。

 最終的に酒代分12銅貨だけを払い店を後にする。出来れば炒め物をまとめ買いしたかったが、作り置きはしてないし、今日の分の材料はもう直ぐ終わりだから、と断られてしまった。冷凍庫から出してきて温めるだけの料理ではないらしい。今のところ自分で好きな予定も立てられないので、予約するのも難しい。残念である。


 ほろ酔い気分で夜道を歩いていく。日暮れからもうすぐ鐘3回の時間である。道は裏路地とまではいかなくても、メイン通りではないため、明かりは少なく、この時間でも暗い。

 正面から4人組の男がふらつきながら歩いてくる。


「おおっ、こんなところに別嬪の姉ちゃんたちがいるたあ、思わなかったぜ。お前たちいくらだ~」


 ろれつの回らない声で、一人の男が声をかけてくる。


「うひょ~。全員超美人だぜ。左の胸の大きい娘は俺に譲ってくれよ~」


「ぎゃはは、お前、相変わらず胸のでけえ娘が好きだな」


 完全な酔っ払い集団である。ついに出会った酔っ払いに絡まれるというイベントである。

実際にいるんだなあ、とちょっと感動する。


「で~、だから、いくらなんだ~」


「こちらの通貨では購入不可能ですが、強いてレートで換算すれば2白金貨です」


「ああっ、ふざけてんのかてめ~」


 ユキの答えに赤かった男たちに顔が、さらに赤くなる。

 コウ達は特に慌てない。


(うーん。おしい、絡まれて怒らせるまでは様式美に沿っているが、やはり女性が怯えていないといまいちかな。しかも、ユキの返答がなぁ)


などとコウは思っている。ほろ酔い気分のまま、中和剤も使用しない。


「なあに、いっぱつなぐりゃ、おとなしくなるさ~あ、あ……」


 そう言って、一番ガタイのいい男が殴り掛かってくるが、その前にナノマシンを使い睡眠剤を注入して眠らせる。他の3人も同時に注入して眠らせた。一応2、3時間もすれば薬は切れるが、倒れている間どうなるかまではわからない。


「こういう場合は、逃げるようにオーロラさんに言われませんでしたか」


 ユキが非難する。


「まあそうなんだけどね。様式美ってものがあるんだよ。結構いい線いってたんだけどね。ユキの返答はがっかりだよ。こういう時ってさ、やっぱり怯えて男の方に抱き付くものじゃないかな」


「コウはそういう趣味があったんだ。じゃあ次にこういうことが起きたら、あたいが悲鳴をあげてコウに抱き付くよ」


 自分より身長の高いサラを見てコウがつぶやく


「サラはちょっと違うかな……」


「なんか、すげえ失礼なこと言われた気がする……」


 サラがちょっとむくれるが、こういうイベントは様式美が大事なのである。だが考えてみればこの街で夜間に出歩いたのはまだ2日目である。そう考えると、そこまで貴重なイベントというほどではないかもしれない。それにまだ冒険者(仮)である。問題は起こさない方が良いだろう。そう考えなおし、ほろ酔い気分のまま、コウは宿へと帰っていった。


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