第3話 方針決定

 イワモリは我ながらちょっとわざとらしいと思いつつも椅子に座り直し説明する。


「本艦は物理法則の異なる、おそらく並行世界若しくは異世界へ迷い込んでいる。帰還の方法は不明。本部との連絡不通。よって独立部隊として私を長とし、単独調査任務へと移行する。情報の不確実性から救難信号は発さず、隠密行動を旨とする。未帰還が長期に亘る可能性が高いため、まずは発見された知的生命体の存在する惑星の調査を行い、必要とあれば補給拠点とする」


「はっ!」


 と、小気味の良い敬礼が3つ寸分違わないタイミングで行われる。しかし横に立ち、敬礼をしているユキカゼの目が冷たい。他の者には分からないだろうが、私には分かる。ユキカゼが尋ねる。


「真意をお聞かせ願えても宜しいでしょうか?」


 上官の命令は絶対という軍隊の中、AIでありながら大義名分のある命令に突っ込みを入れるユキカゼがイワモリは大好きだった。


「私は連邦に多大なる貢献をしてきたと自負している」


「異論はありません」


「元の世界に戻る方法は無く、研究施設も無く、研究員も居ない」


「それも異論ありません」


「救難信号を発信しても、味方が受信する確率は低く、逆に不測の事態を招くおそれがある」


「それも異論ありません」


「更にここ最近は休みもろくに取ってない」


「それも異論ありません」


「ストレスも溜まっている」


「それも異論ありません」


「よって暫く好き勝手したい」


「意味が分かりません」


ユキカゼが責めるように言う。


「本艦に作戦終了通告は発せられていません。勝手な行動は敵前逃亡と見なされる場合があります」


「撤退命令は出したよね」


「そうでした……」


 ユキカゼは時々ボケる。しかも天然という奴だ。最新型のAIはそういった機能も付いているそうだが、天然には敵わないと思う。単なる偏見だが……。


「後、さっき言った方針は間違っているかな?」


「明確に間違いというのは……」


 この瞬間イワモリの勝ちが確定した。屁理屈だろうが何だろうが人間がAIに論争で勝つ。それはイワモリにとって楽しみの一つだった。但し、欲望が全面に出てないときの勝率は高くはなかったが。


「では、楽しく仕事をしようじゃないか」


イワモリは、話は終わりとばかり指示を出し始める。


「アバターはどうなっている?」


 ユキカゼも気持ちを切り替え仕事を始める。


「は!現地の最大勢力である人間と私共は外見上の差異が個体の誤差内にあるため、提督を含め全く同じ形状で作成できます。また、そのため慣熟作業の必要は殆どありません。惑星には通常ドライブで約52時間かかりますが、それまでにアバター作成及び現地言語、知識のインストール、慣熟作業まで完了する予定です」


 正体不明の惑星の調査には基本アバターと呼ばれる強化セラミックの骨格と圧縮金属の筋肉、合成タンパク質の皮膚を持った強力な自分の分身を使う。ただ調査を行う場所によっては魚のような型だったり、昆虫のような形だったりし、その場合は身体に慣れるまで時間がかかる。今回はそれが無いようで気が楽だった。


「ああ、そう言えばもう一つ。部下はオペレーターではなくユキカゼ、サラトガ、マリーローズの艦の人格AIのアバターを連れていく」


「それはいささか危険では?いざと言うときの対応に遅れがでます」


 ユキカゼが咎めるがイワモリは引く気はない。


「いざという時なんて来たらどうにもならんよ。こちらは3隻しか無いんだから」


 重粒子砲、レーザー砲、対消滅弾などでハリネズミのように武装し、攻撃の主力を担う200km級戦艦サラトガ、強力なエネルギーフィールド、分厚い装甲で敵の攻撃に耐え情報を持ち帰る300km級強行偵察艦マリーローズ、そして無人の戦闘艦を1000隻以上有し、広大な亜空間レーダーで戦場を指揮する、正に動く要塞と言うべき450km級戦闘空母ユキカゼ、各々は強力な船だが、ここに居るのはその3隻のみ。今から向かう惑星の文明レベルでは太刀打ち出来ないだろうが、数百万もの艦船が争った戦場の後では寂しい限りだった。

 万が一敵が自分達を見つけた場合、勝てる見込みなど無い。だからこそイワモリは自分の欲望を優先させることにした。本来なら生身で地上に降り立ってみたかったが、そこまでの勇気はなかった。我ながら小心者だと思うが、いつだって戦場で最後に立っているのは小心者である。そう思い直してアバターを作成するため医務室へと向かっていった。



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