第2話 異世界への転移

 ピー、ピー、と規則正しい音が聞こえる。白く塗りつぶされていた視界が段々とハッキリしてくる。目の前には美しく年若い女性が心配そうに顔を覗いている。意識がハッキリしてくる。今自分が居るのは艦の医務室だ。目の前の女性は艦のAIであるユキカゼだった。


「助かったのか?」


 死ぬと覚悟していたためか、どことなく現実味が無い不思議な感覚に包まれていた。

ユキカゼが答える。


「助かった、の意味によります。提督の命は別状有りません。ただし本艦の位置は不明です。観測されたどの宙域にも該当しません。そのため帰還の方法が不明です。更に一部物理法則の違いが見受けられます」


「ん?、あの世というわけじゃないよな」


 イワモリは若干不安になるが、少なくとも話に聞く地獄ではないようだ、と直ぐに落ち着く。


「状況説明は精密検査の後で。少なくとも周囲100光年以内に、敵艦と思われるものはありません」


 ユキカゼの言葉に、物理法則が違うのならそう言いきれないのでは?という疑問が湧いたが、突っ込んでも仕方がない、と素直に従った。


 イワモリは艦橋の席に座り報告を受けていた。


「ワープアウトより現時点での経過時間は、標準時間で約34日と3時間です。ワープアウト後の提督の損傷は、24時間以内に全て修復されましたが、意識が戻るまで時間が掛かりました。無理に覚醒した場合、精神的な障害がでる可能性があったため、自然覚醒を待つことにしました」


「その間宙域の特定と僚艦の探索を行いました。結果は宙域の特定は出来ず。しかし、戦艦サラトガ及び強行偵察艦マリーローズを発見しました。残念ながら艦長は両艦とも死亡が確認されています。よって規定により艦の人格AIを艦長代理とし、本艦の直属の指揮下におきました」


 そこまで説明がすすむとモニターが2つポップアップされる。

右側に映った人物は明るい金髪でエメラルドグリーンの瞳、短めの髪とあいまってボーイッシュな感じを受ける。


「やあ、司令官。あたいの名前はサラトガ。司令官の噂は色々聴いてたぜ!いっちょ宜しく!」


 ユキカゼが言葉遣いに文句を言いそうになるが、手を上げて抑える。大体艦のAIの性格などその艦の艦長次第だ。艦長のパフォーマンスが維持できればよい。それにユキカゼも自分の趣味にこだわった結果だ。腰まで届く長い黒髪に、切れ長の目と黒曜石のような瞳、控え目な性格と、小説で読んだヤマトナデシコという女性をモデルにしている。しかも思いの外気に入ったため今までずっと使い続けてるのだから人の事をとやかく言えるわけがなかった。

 次に左側の人物が発言する。こちらは輝くようなセミロングの銀髪にルビーのような瞳を持っており、深窓の令嬢という感じだ。


「お初にお目にかかります。私は強行偵察艦マリーローズの人格AIですわ。お見知りおきを」


 その場にいたらカーテシーをやってるような挨拶を受ける。実際画面の向こうでは本当にやっているかもしれない。長い付き合いになるかも知れない仲間が個性的であることは素直にホッとしていた。たまに如何にもアンドロイドです、という人格AIを副官にしているのを見たことがあるが、短い時間ならともかく、長時間付き合うのはとても無理だと思っている。出来れば艦長たちに生きていてほしかったが、仕方がない。何となく生きていたら気があったんじゃないか、と思えたので余計残念に思えた。

 ユキカゼが説明を続ける。


「現在いる宙域は仮称α星系第6惑星軌道付近です。α星系より近い順にβ、γ、Δ、ε星系と仮に名称を付けています。周囲10光年以内はこの5星系のみです。その内今いるα星系第3惑星に於いてかなり原始的ではありますが、知的生命体が複数種確認されています」


「具体的には?」


 イワモリが尋ねる。知的生命体が確認されたのなら行動は慎重にしなければならない。場合によっては戦争にもなりかねないため連邦法によって細かく規定されていた。


「約一ヶ月の間ナノマシンを散布し、情報収集を行いました。知的生命体の中で一番栄えているのは、提督とほぼ同じ身体構造を持つ者です。但し身体の中にマナと呼ばれる物質を溜め込むことが出来、平均身体能力は50%、個体によっては10倍以上の能力を発することが可能です。

 また大気中のマナに干渉する事により、いわゆる魔法というものを使用できます。このマナという物質は大気中上空は2万mまで地中は2,000mまで存在しますが、それ以外は急激に密度が低くなり、高度3万m以上、地下3,000m以下ではほとんど観測されません。また地表に於いても偏在しているようです。

 マナと言う物質は既存の物理法則に当てはまらず、存在や性質を観測する事は出来ますが、作り出す事が出来ません。また金属類との相性が悪く利用が難しいです。その他、この物質の他に少量ではありますが元素番号が200を超えるような重元素が安定的に存在しています」


「この惑星のヒューマノイド型知的生命体は大きく4種類に分かれています。仮称ではありますがゲーム及び小説などに似たような種族例があるため、人間、エルフ、ドワーフ、魔族と分類します。伝承は色々あるようですが、遺伝子解析の結果、進化の過程で原人類と魔族が分かれたのが約5万年前、約2万年前に人間、エルフ、ドワーフが分岐しています。

 人間とエルフ、人間とドワーフはギリギリ交配が可能ですが、エルフとドワーフ、魔族と他の種は交配不可です。また、寿命はエルフ、魔族、ドワーフ、人間の順ですが、人口は逆に人間、ドワーフ、魔族、エルフの順となっています。これは寿命の短さによる環境適応能力の差と推測されます。

 人口比率は人間約85%、ドワーフ約10%、魔族約4%、エルフ約1%です。その他ごく少数ですが、いわゆるドラゴンと呼ばれるもの、原因不明ですが死体が知性を持って蘇ったものがあります。

 後、完全に別系統の進化をした様々な種類のモンスターと呼ばれるものがあります。基本的には動物を凶暴化したような感じですが、違いは中の、心臓付近に魔石と呼ばれるマナの含有率の高い鉱石のようなものを持っていることです。中には繁殖力旺盛でかなり原始的ではありますが、集団行動をしているものもいるようです。ただヒューマノイド全般から害獣扱いされているようですね」


「どの種族に於いても星系内どころか、惑星外への移動手段を持ちません。文明レベルは地球に於ける原始時代中期のようです。ただ、魔法というものがあるせいか、一部に於いて地球の原始時代後期の生活レベルに達しているものもあるようです」


 ユキカゼは淡々と状況説明を続けていくが、一旦イワモリが口を挟む。


「うーむ。星暦で言うとどれぐらいかな」


 イワモリは歴史は好きな方だった。とくに星暦-1万年以上前の古代文明を扱った娯楽映画や小説はよく見ていたし、その世界観を元にしたゲームも若い頃はよくやっていた。なので、ユキカゼの言うエルフやドワーフ、ドラゴンというのは別に抵抗なく受け入れられた。

というより、その手の知識をインストールしたのがイワモリ本人である。

 だがパネル上のサラトガとマリーローズはどことなく理解不能な顔をしている。おそらくデータベースに入ってない単語があったのだろう。と言うか、戦闘艦のAIにいわゆるファンタジーな記録が有る方がどちらかと言えばおかしいのだ。通常は人類が恒星間飛行を発明した星暦0年からの記録があれば良い方だ。

 ユキカゼは長い年月を掛けてかなり自分好みにカスタマイズされている。はたから見たら変わったAIだろう。尤も本人にその自覚はないようだが。イワモリは昔やったファンタジーゲームを思い出しこの惑星に興味を持った。


「多少例外はあるようですが、星暦-1万7千年~-1万4千年前の水準であるようです」


「今から3万年以上前の文明レベルか、いやしかし、人類が惑星外へ初めて飛び出したのが星暦-1万4千年前後ではなかったかな」


「はい。しかし、あくまで部分的に高いものが見られるだけで、遺跡から推測される文明レベルの発展度合いから推測して、今後千年以内に惑星外に知的生命体を送り出すまで発展する可能性は0.0001%以下です」


 大雑把な説明をすれば、連邦法で、星系内航法を確立している知的生命体に関しては多様性尊重のため接触が禁止されている。惑星外まで人を送り込める若しくは、100年以内にそれが達成出来るレベルだと、基本的に接触禁止。影響がないと思われるレベルでの観察及び少数のサンプル採集が認められている。それ以下の文明レベルに関しては希少性が認められたもののみ保護が義務付けられ、それ以外に関しては自然保護団体の抗議があるかどうかという感じである。

 ただ、色々な補足規定があるため、確認はしっかりする必要があった。


「微妙だな。結果としてどうなのかな?」


 ヒューマノイド型知的生命体としてなら希少性はなく保護対象外である。魔法というのも思考を具現化する種族はある程度いるため希少性があるかどうかは微妙だ。ドラゴンは自然発生なら希少性はあるだろうが、遺伝子改造の結果なら希少性は皆無だ。


「結論としては、個人的な接触であれば問題ありません。仮に惑星ごと破壊したとしても、観測不能な現象が多々ある以上、危険排除の緊急措置軍事行動として法律には抵触しません。ただ自然保護団体からの抗議はある可能性があります」


ユキカゼは一旦説明を終えると、イワモリの顔を見つめる。


「提督降りたいんですか?」


図星だった。

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