第219話 魔族の動き

 フラメイア大陸の西にタリゴ大陸と呼ばれる地がある。フラメイア大陸と違いここはナリーフ帝国が全土を支配していた。ただ、広大な領土を持つナリーフ帝国だが、ピロス諸島を巡る争いでリューミナ王国に負けた時を境に、少しずつ国力を落としていた。

 最近の出来事では援助したヴィレッツァ王国が負けたことが大きいだろう。今では各地に半独立国ができているありさまだ。あからさまな反乱は流石に潰すが、そうでないものまでには手が回らないという状態だった。

 その半独立国の一つにタリゴ大陸の北端に位置するサホーヤ伯国という国がある。表向きはナリーフ帝国の伯爵領であり、皇帝に忠誠を誓ってはいるが、内情は独自に外交も軍事行動も行う立派な国である。


 領都にあるマジックアイテムを取り扱う店に、ローブを目深にかぶった人物が現れる。ただほかの地域はともかく、タリゴ大陸の北端にあるこの地域の冬は寒く、その人物がことさら怪しい姿をしているわけではない。 


「いつもの品を持ってきたぞ。表の馬車に積んである」


 そう言った声は男のものだった。


「ほう。いつもすまんな。して、今回はどれぐらいの量だね?」


 店主らしき老人がそう男に尋ねる


「200枚ある」


 男が答えると老人は目を見開き驚く。


「それはまた……どこから仕入れてくるのか教えてほしいものだな」


「それは無理だ。どうしても知りたいのなら自分で探せ。但し、次からはこの商品は別の店に売る」


 老人の何気ない問いかけに男は冷たく答える。


「ま、待ってくれ。単なる冗談だよ。金額はいつもの通りで構わないかね」


「ああ、構わない。いつもの通り即金でな」


 男はそう言うと店の中にあるソファーにどっかりと腰を下ろす。その間に店主と店員が急いで、男が乗ってきた馬車から、木箱を運び込む。木箱を開けると、その中には派手な物はないが、様々な色合いのマントが入っていた。

 男が持ち込んだものはすべてマントであった。マジックアイテムの店に持ち込むのだ、当然ただのマントではない。僅かではあるが保温効果が高く、防御力も高い、マジックアイテムのマントであった。温度にしてほんの4、5℃程度。防御力も布となめし皮程度の違い。だがそのほんの少しが生死を分けることは多い。特に危険な職業についている兵士や冒険者にとっては大人気だった。

 大人気であるもう一つの理由は価格の安さである。曲がりなりにもマジックアイテムである。ちょっとしたものでも10銀貨20銀貨は当たり前だし、実用性のあるものなら金貨が飛んでいくのが普通だ。そんな中で、このマントは店頭販売の価格で10銀貨で売られていた。効果に対して破格と言っても良い値段である。低ランクの普通の冒険者でも少し無理をすれば買えない金額ではない。領主としても痛い出費というほどでもないので、最初の頃は全て領主が買い上げていたぐらいだ。おかげでこのマントを装備した兵士は寒さに強くなり、防御力も増したため、近隣の貴族を攻め落とし、今では半独立国となるまでになっている。

 そんなマジックアイテムのマントだが、店頭で安く売られるということは、仕入れている値段が安いということでもある。謎の男がこの店に卸している価格は、1枚当たり3銀貨だった。但し店頭販売額を10銀貨にするという約束付きだ。このレベルのマジックアイテムなら最低でも金貨1枚、普通なら2枚というのが相場だろう。

 店主も最初は難色を示した。当然だろう、幾ら仕入れ値が低くても、10銀貨のものを10枚売るよりも、2金貨のものを1枚売った方が利益は高い。だが、大量に仕入れられるのなら話は別である。

 謎の男はこのマントを1週間ごとに大体100枚前後持ってきた。最初はマジックアイテムをそんなに大量に作り続けられるわけがないと思っていた店主も、1ヶ月もしないうちに黙り込んだ。そして、ここ2、3年ぐらいは段々と持ち込む量が増えてきている。いったいどこから仕入れてくるのか。この店主でなくても興味がわかないというのがおかしいだろう。


「ほい、確かに品物は受け取った。約束の金だ」


 そう言って、店主はマント200枚分、6金貨を渡す。男は無造作に金貨を服のポケットににいれ店を去っていく。まるで金に興味が無いようだった。


 荷物を下ろし、空になった荷馬車に二人の男が乗っている。一人は先ほど店主と話した男、もう一人は馬車を操る御者だ。


「計画は順調ですね。この地のマナの密度は我が国の外周部と遜色が無いぐらいに高まっています」


「人間とはつくづく愚かな者よな。自分の首を絞める縄を、金を払って買っているのだからな」


 そう言って店主と話していた男は金貨を指ではじく。男にとって金はどうでも良い物だった。マントを広くいきわたらせることが重要だったのである。男が売ったマントには、僅かだがオリハルコンを使った糸が使われていた。

 本当に含まれる量は僅かではあるが、日に当たることが多いマントは、地中にあるオリハルコンより効率的にマナを生み出していた。この地のマナの密度は魔族達が住んでいる、ハンデルナ大陸と比べても遜色はない。おかげで、サホーヤ伯国は近年豊作が続いていた。モンスターによる被害も増えてはいたが、殆どの者にとっては良いことが多かったため、この地のマナが増えていることに気付いてる者は居たが、本格的に原因を調査する者はいなかった。


「ようやく念願の他大陸への進出の準備が整いましたね」


「そうだな。後は父上の決断次第か。俺としては後2、30年ぐらいは現状維持でも良いと考えているがな」


 男は話しかけてきた御者にそう答える。マントを売った男の正体は魔族であった。しかもただの魔族ではない。王族である。


「そうですか。殿下がそう考えている理由をお聞かせいただけませんでしょうか」


 御者の男は不思議そうに尋ねる。準備が整った以上、待つ意味が分からなかったからだ。


「妹がフラメイア大陸でやっていた工作が失敗したそうだ。ウィーレは無能ではない。更にヒーレンも死んだそうだ。何かある。ここ最近勢いづいているリューミナ王国の関係者である可能性が高い。今のリューミナ王国の国王は傑物らしいが、所詮は人間、2、30年もすれば死ぬか、死にはしないまでも衰える。

 人間どもの厄介さはその数の多さだ。数だけで言えば、馬鹿みたいな繁殖力を持つゴブリンより多いのだからな。そしてゴブリンよりは強く知能も高い。

 この大陸を攻め落としたはいいが、リューミナ王国の国王が旗印になり、人間どもが結託したら面倒だからな」


 男は人には滅多にいない金色の瞳で、後にした街を一睨みし、周りに人の気配が無いのを確認すると、御者に命令し、北へと馬車を進ませたのであった。


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