第198話 首都サベイル
ニルナの街からほぼ真っ直ぐに北に上ると、バニリス共和国の首都サベイルがある。こちらも港町なのだが、規模的にはニルナの方が大きい。港に並んでいる船もニルナに有ったものよりも小さなものが多い。ただ、商船は少ないものの、漁船と思われる船は多かった。サベイルは交易でなく、豊富な海産物で栄えた街なのである。とは言っても交易も盛んだ。ここで取れた海産物を加工した物はニルナへ運ばれる。そしてニルナからは南の特産物が運ばれてくる。
元々はサベイルの方が大きな街だったのだが、リューミナ王国が東方諸国の半分以上を飲み込み、フラメイア大陸の東端に達して、政治が安定したこと、またリューミナ王国が交易に力を入れていたこともあり、ニルナの方が発展してしまったのだ。
ただ、いまだに文化や政治の中心はサベイルにある。ニルナの街では見かけなかった劇場もあった。
久し振りの都市と呼べる大きさの街だ。といっても、ゆっくりした旅路でニルナから4日目の昼には着いたのだが。
南部と違い建物の窓は小さい上、閉まっているが、もうそういう北の光景に慣れたので、最初に受けたような陰気な感じはしない。
この街で一番良い宿を取り、一休みした後夕食へと繰り出す。道すがら露店も見るが、流石海産物で栄えた街だけあって、串焼きも海産物が多い。魚だけでなく、貝類や、軟体動物、海老なども売っている。串焼きではないが、海藻を料理したものも売っている。
美味しそうなたれの匂いにつられて、イカ焼きっぽい物を買う。切り身なので元がどういったものかは分からないが、吸盤のある触手も売っていたので、似たような形だろう。ただ、その触手の大きさからいって、元はかなりの大きさがあるのは間違いない。四角い板状に切られた胴体の部分を買ったが、他の3人は触手の部分を買った。といっても、触手が大きいので、それぞれ部位によって形が異なる。触手の先端の方はそのまま、触手の形で焼いているが、ある程度の太さになると縦に二つ、若しくは三つに切り裂いていて、さらに太い部分はハムステーキのように横に切って焼かれていた。同じ触手といえども、3人とも別の部位を買っている。
自分の食べている胴体の部分は、柔らかく、もっちりとした触感だ。味は基本的に甘辛いたれの味しかしない。
「そちらの物も一口ずつ分けてもらえないかね?」
「良いですよ。それぞれ分食べ比べてみましょうか」
ユキがそう答える、他の者も異論は無いようだ。皆で回し飲みならぬ回し食べ?をする。
ユキが買った部分は触手の根元に近い部分だ。厚切りハムステーキのような形だった。味は自分が買った胴体の部分とそう変わらないが、皮に当たる部分が、弾力があり噛み応えがあった。
次にサラの買ったもの、縦に切り裂いたものを食べてみる。こちらは全体的に歯ごたえがあり、更にこの食べもの特有の旨味があった。
最後に食べるのはマリーが買った触手の先端部分だ。形が残っている吸盤の部分がかなり弾力に富んだものだった。旨味という面においては、サラが買った部分が一番強いように思える。食感はそれぞれ好みだろう。
「それぞれに、味や食感が微妙に違うのが面白いですね」
「確かにな」
ユキにそう答えて、コウは自分の買った胴の部分を食べていく。自分の好みとしてはサラが食べているものが一番美味しかった気がする。後でまとめ買いをしよう。
ぶらぶらと街を歩きながら、良さげな店を見つける。北方諸国の店の特徴としては、店先にテーブルを出さないことだろうか。夏は分からないが、少なくともこの季節は出さないらしい。そのせいか店の中が少し窮屈だ。その方が暖かいという要因もあるのかもしれない。
この地方の酒はエールがメインではなく、芋から作ったアクアビットやホットワインが主流だ。ホットワインを頼み、メニュー板を見て料理を注文する。
「自分はこのホムテのバター焼きにしよう」
「私はニシヌの塩焼きで」
「あたいはナグロのステーキだな」
「では、わたくしはカセ海老の塩釜焼を」
それぞれ違ったものを頼み、シェアをする。いつもの光景だ。どれも美味いが、特にマリーの頼んだ塩釜焼が上手い。塩でエビを包んで焼いているのだが、ただの塩では無い様だ。焼き方にもコツがあるのだろう。塩で包んだものを割って食べているというのに、塩味はほんのりするだけで、それが余計に海老の甘さを引き出している。
「カセ海老の塩釜焼を追加で500人前お願いします」
「え!?」
注文を取りに来たウェイトレスが驚いて固まる。これも見慣れた風景だ。
「店長に相談してきてください」
暫くすると店長がやってくる。
「あの、塩釜焼はどんなに頑張っても1日50人前しか作れないのです。それに料金もかかりますので前金でいただかないことには……」
実に物腰の低い店長だ。ただできないというだけでなく、理由を説明してくるのが実に好ましい。
「では、前金でお支払いいたします。後、同時にいくつかの料理は作れますよね?」
「は、はあ」
こんなことを言ってくる客が今までいなかったのか、明らかに戸惑っている。引き気味になった店長をなんとか納得させて、コウ達はこの店を後にした。
コウ達が宿に戻ろうと歩いていると、
「あ、あのー、いえ、やっぱりいいです」
薄着の身体のラインがはっきりと出た女性がコウ達に声を掛け、考え直したのか去っていく。これで5度目だ。いつもと違って、夕食を終えて宿に帰る途中、妙にいわゆる接待がある店の勧誘に誘われそうになる。この辺りの店が勧誘に積極的なのだろうか。
妙な胸騒ぎを覚えつつもコウ達は海産物料理を仕入れるため、暫くサベイルの街に居ることにしたのだった。
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