第165話 困惑

 時は少しさかのぼり、ルカーナ王国軍が敗走した直後。コウは逃げていくルカーナ王国軍を呆然と見ていた。


「この世界でも、腕はともかく、指の2、3本ぐらいは、魔法とかやらで治せるものが結構いるんだろう?」


「そうですね。それなりのレベルの魔法になるようですが、ルカーナ王国でも100人以上はいるでしょう」


 コウの疑問にユキが答える。


「なぜ連れてきてないんだ?あいつのような者だったら、真っ先に自分の手元に置いておくのが普通だろう?」


「あくまで、ただの参考意見というのでしたら、推測を述べるのは可能ですが……」


 ユキが言いよどむのは珍しい。そもそも戦場に絶対ということは無く、AIの意見は推測に基づくものであるし、基本的に参考意見である。


「それでいい。そもそも私の理解の範疇外だ。参考になるなら何でもいい」


 半分投げやりな感じでコウが言う。


「そもそも衛生兵という概念がルカーナ王国軍には無かったと思われます。そして、自分が攻撃を受け傷つくと想像することが、ルカーナ王国国王には無かったのかと……」


 ユキが自信なさげに話す。こんなユキは珍しい。


「あほか!いや、まあ、辻褄は合うのか。理解はできないが……」


 あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、辻褄は会うものの、コウは理解が出来なかった。


「もう勝負はついたみたいだしさあ。もう、どっか適当なところで、美味い飯でも食おうぜ」


「そうですわ。こういう時こそお酒を飲むべきと、わたくしの亡くなった艦長もおっしゃってましたわ」


 サラとマリーが慰めようとしている。忘れてる時が多いが、こういう時に艦長を通常の状態まで復帰させるのは、人格AIの存在意義の一つである。


「それはやけ酒と言って、自分が嫌いな酒の飲み方の一つなんだが……。まあ、いいか。まさかこの年でやけ酒が飲みたくなる事が起こるなんて、予想だにしてなかった。今まで馬鹿にしていた者に謝らないといかんな。元の世界に帰れたらだが……」


「いえ、この状況は元の世界では当てはまる事項は無いと思います。あくまで推測ですが……。未開ゆえの出来事かと……。あくまで推測ですが……。コウは悪くありません。あくまで推測ですが……。コウは悪くありません……」


 ユキが壊れたミュージックデータのようにぶつぶつと言っている。こんなユキを見るのは初めてだ。逆にコウは少し落ち着いてくる。


「もう終わった事だ。褒美の事でも、食事しながら考えようと思う。何も貰わなくても良いのだが、そうすると後々逆に面倒になりそうだからな」


 だれも反対する者はいなかった。



 その少し後、宰相のバナトスは遠見の鏡を使ってヨレンド侯爵から報告を受けていた。


「以上が戦争、いや戦闘?まあ、なんと言いますか、一応殺し合い……。と言ってもこちらに被害は出てませんが……。虐殺というわけではありませんし……。一応、複数の捕虜から証言は得ていますので、情報の精度が高いことは間違いありません。信じがたいことではありますが……」


 ヨレンド侯爵は言葉が纏まらず。報告もちぐはぐなものとなっている。宰相は報告を聞くにしたがって顔色を悪くし、遂にはこめかみを押さえ始める。


「申し訳ない。ヨレンド侯爵殿。貴公のせいで気分が悪くなっているのではないのですよ。国王陛下にどう報告しようか、それで悩んでましてね。ヨレンド侯爵殿、何かいい知恵はないですかな。正直この老骨には、荷が重いのですよ」


 間抜けな顔で言い訳をしているのだろうなとは思いつつ、ヨレンド侯爵にバナトスは尋ねる。正直今回の事で疲れ果てて、誰かに宰相の地位を譲りたいとすら思っていた。


「いえ、その申し訳ありません。正直言いますと、私もこれからどうすればいいのか、迷っているぐらいでして……。全軍撤退という事でよろしいのですよね?ルカーナ王国を切り取ろうと思えば、今ならかなりの部分を切り取れると思いますが……」


「いや、下手な飛び地など国力を消耗させるだけですからな。予定通りヨレンド侯爵殿は撤退していただいて構いません。持ち出しになった物資については、後から教えていただければ補填いたしましょう。褒美についても割り増しを陛下にお願いいたしましょう」


 バナトスは、もうこの件に関わるのはうんざりだ、といった調子でヨレンド侯爵に伝える。


「ありがたき幸せ。それとキスキア大公国は、恐らくリューミナ王国に降ると思われます。場合によってはウィール王国、ベシセア王国も同じように降る可能性がございます。また他の東方諸国も雪崩を打つように降る可能性があります」


 こちらの報告はある程度予想の範囲内だ。


「キスキア大公国に関してはリューミナ王国に組み込むことになるでしょう。その時はヨレンド侯爵殿に助力を頼みたい。その他の国については陛下のご決断次第ですが、恐らく情勢が落ち着いてからの話になるでしょうな。その間はどうしてもヨレンド侯爵殿に負担がかかってしまいますが、どうか引き続きご助力をお願いしたい」


「なんの。もしリューミナ王国に降っておらず、単独でこのようなことに、関わることになっていたかもしれない、と考えると、如何程の事もありません。宰相殿は勿論のこと、陛下もご自愛頂くようお願いいたします。それでは失礼いたします」


 ヨレンド侯爵はそう言って宰相に同情するように言うと、遠見の鏡の魔力が切れ普通の鏡のようになる。


「さて、陛下にどう報告したものか……」


 バナトス宰相は、鏡に映るげんなりとした、自分の顔を見ながらそう呟いた。

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