第166話 報酬

 なんだかんだで、コウ達は落ち着くまでベシセア王国で過ごすことにした。新しく正式に国王になったパチルウェン国王に嘆願されたというのもあるし、思いのほか避難が短期間だったせいか、国が日常を取り戻すのが早かったというのもある。

 要するに毎日のように新しく店が再開するのだ。なんとなく新しい街造りを見ているようで意外と楽しい。それに宿も湖畔の畔にある、最高級の宿を国王が用意してくれた。最高級と言っても調度品や空調などの設備は“夜空の月亭”には及ばないが、部屋は広い。それにそもそも気温が年中過ごしやすい温度なので、空調は必要ない。寧ろ、広めの窓を開け放って外の空気を入れた方が気持ちが良い。

 戦争から1ヶ月もするとベシセア王国の周りは落ち着いたようで、王様は帰ってくるらしい。この機に一気に領土拡張を!とかいう野望は無いようだ。仮にやったとしても、ゴタゴタに巻き込まれる可能性が高いので、賢明な判断だと言える。

 ルカーナ王国の方は、あの間抜けな国王が罰を受けてる最中だ。最初はいい気味だと思ったが、すぐに気持ちが悪くなったので、それから報告は受けていない。曲がりなりにも正当防衛が成り立つ盗賊や暴漢と違い、仮にも一国の元首が簡易裁判も無く、刑を執行されるなど理解できない。ユキに悪影響を及ぼす可能性があるため、情報収集も最小限に制限している。


「ところで、コウはもう貰うご褒美は考えついたんですの?」


 宿でのんびりとしながら、マリーが尋ねてくる。


「まあな、色々店を回り、飲み食いしながら考えていたよ」


 コウはちょっと自慢げに答える。


「コウの事ですから、美味しいと思ったライスワインや果実酒を、毎年既定の数と言うのではないでしょうか」


「ぐっ、ま、まあ、それも含まれてはいる。他国では貴重品というだけあって、美味かったからな」


 ユキの指摘に、ちょっと悔しいと思いつつも、コウは認める。ライスワインに関しては甘みのあるタイプも美味しいのだが、ここの国の酒は淡麗なタイプが多い。これが、比較的薄味のこの国の料理と合うのだ。

 果実酒に関しては、正にデザート酒という感じで、食後にそれ単体で飲んでも美味いし、食前酒として飲むのもありだ。自分にしてはちょっと甘めのものが多いが、炭酸で割るとちょうどいい。しかも、ここには天然の微炭酸の湧水まで湧いている。


「それでしたら、もしよろしければ、ドライフルーツも加えていただけないでしょうか?元の果物が美味しいのか、それとも製法に秘密があるのか、今まで食べた同じ種類の物より、断然美味しかったです」


ユキが珍しく褒美に関して口を出してくる。


「確かに。それは危うく忘れるところだった。褒美のリストに入れておこう。だが、残念だがそれが貰えるのは早くても多分来年からだな」


 瑞々しいフルーツも良いが、ここのドライフルーツは美味い。なぜもっと多く生産して他国に輸出しないのか不思議なぐらいだ。自家製が基本なので、もし貰うとしても、そういうものを作る会社?若しくは組合?みたいなものから作らなければ、おすそ分け程度しかもらえないだろう。

 住民の食べる分の多くを持っていくのは気が引ける。元々いざという時の保存食の意味合いもあるので、それで住民に餓死者でも出たとしたら、目も当てられない。ただでさえ今回の緊急事態で、そういったものは消費してしまっているのだ。


「それは仕方がないかと。流石にすぐに増産は無理でしょうからね」


 ユキがちょっと残念そうに言うが、こればかりは仕方がない。それでも1年で実を付けるものは何とかなるだろうが、数年がかりで木を増やさなければ無理なものもあるだろう。


「それこそ魔法の力でなんとかしてほしいものだな。こういう生産系の魔法というのは、あんまり見かけないが、無いんだろうか?それともただ単に私達が見てないだけだろうか?」


「一応あるようですが、よほど高級なものでない限りコストに合わないみたいですね。個人の研究や趣味、という範囲では使われているようです」


 コストの問題になら、そういった魔法使いを大勢雇って、というのが一瞬頭に浮かんだが止めることにする。それを突き詰めると、結局は合成すれば良いということになるからだ。魔法で無理やり成長させて作った果実が、きちんと手間暇をかけた果実と、同じ美味さになるとは思えなかった。


「ところで、サラは何か欲しい物とかはないのか?」


「え?あたいか。あたいは特にないかな。肉は確かに普通の肉としては美味しかったけど、高ランクのモンスターの肉ほどじゃないし……。強いて言えばここの魚は美味いんだけど、貰うのは気が引けるしなあ」


 そう、ここの魚は王女自ら自慢するだけあって美味かった。だが、種類が多いのは良いのだが、生息数が少ないのだ。日持ちがするものでもないので、捕り貯めておくことができない。つまり大量には持っていけない。大量に捕ってしまったらそれこそ絶滅しかねない。

 なので、こればかりはここの名物料理として味わうしかない。勿論王都の店で幾つか料理を買っていくつもりではあるが、褒美でもらう程の量じゃない。そもそも王都に店が少ないし、料理人も少ないのでどうしようもない。

 下手にあの王様に言おうものなら、国中の総力を挙げて、とか言い出しかねないので、言うのが怖い。


「そういうコウは、何をメインに貰うのさ。先ほどから聞いてる限り酒じゃないんだろう?」


「まあね。それは後のお楽しみって事にしておきたまえ」


 とりあえず、3人の欲しいものと被らなくてよかったと、心の中で胸をなでおろす。やはり欲望という面では、AIは人間には及ばない。


 そんな事を話して、更に1週間が過ぎると、ベシセア王国軍が凱旋する。ジクスで見たような派手なパレードは無く、みんな家族と無事を確かめ合い、抱き合うようなほほえましい光景である。

 凱旋した次の日にパチルウェン国王に呼ばれる。褒美の件だそうだ。


 城に行くと直ぐに執務室まで案内される。謁見の間のような仰々しいものはそもそも無いようだ。執務室につき、使用人たちが下がると、すぐに国王が立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「妹の事と言い、今回までの事と言い、あなた方には幾ら感謝してもしたりません。何なりと言ってください。もし私の代で叶えることが出来ないのなら、代々私達の子孫があなた達の子孫に渡していきましょう」


 国王はそう言って頭を下げる。重い。感謝されるのは良いのだが、正直言って重い……。


「いえ、報酬は考えてきましたので、その子々孫々とかいうのはやめていただけないでしょうか。私達にとって価値のあるもので、この国から産出されるものを頂きます」


「それは、こちらにとっては有難い限りですが……。お恥ずかしながら、この国には鉱物資源もないし、貴重な動植物なども生息していませんが……」


 国王は怪訝そうな顔をする。


「まず第1に名物のお酒を酒蔵1か所につき、10年間毎年1樽ずつ頂きたい。それと、ドライフルーツをこれも10年間毎年1樽分頂きたい。これは突然は無理でしょうから、出来るようになってからで構いません。そして、メインになりますが水を10万樽頂きたいのです。出来ればいろいろな水源から。樽はこちらで用意いたします」


「酒とドライフルーツは分かりますが、水ですと?まあ、時間さえ頂ければ用意はできますが、本当にそんなものでよろしいのですか?」


 国王はますます怪訝そうな顔になる。


「陛下。陛下はもっと自分の国のものに価値を見出すべきです。ここで採れる水はお金を出しても手に入れたいものなのです」


「あなた方がそう言われるのであれば……」


 国王は狐に摘まれたような顔をしながら、承諾する。普段から周りにあるものは価値が分からないらしい。新鮮な空気というものは有料なのが普通、という世界を知ったらどう思うだろうか。


 とりあえず褒美の件はなんとか納得してもらえて、宿へと帰っていく。


「確かにここの水は美味しいですけど、そんなに大量にもらってどうするんですの?」


「私はね。今までたかが水。水素と酸素の化合物に過ぎないと考えてきた。だがここに来て、本当にうまい水というものがあると知った。例えばここの水で作った氷を使った、忘れられた酒のロックとかはどう思うかね?」


「!」


 なるほどと言うように、3人がそれぞれ納得した顔をする。


「そして、この水でスープや煮込み料理を作ったら?」


「!!」


「更に、この水でセイレーンのエールを作ったとしたら?」


「!!!」


「素晴らしい。素晴らしい考えだと思いますわ!」


 マリーが感極まったとばかりに、顔の前で手を合わせて指を組む。そうだろう。あの決して清浄とは言えない川の水であの味なのだ、ここの水を使ったらもっと美味いに違いない。人間の欲望に限界はない。恐らく元の世界はどこかで進む道を踏み外したのだろう。そうコウは思ったのであった。


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