第110話 マンティコア討伐

 前回6日掛かったフモウルまでの道を、少しペースを早くし5日で踏破する。多少強化してるとは言えシンバル馬の持久力は大したものである。普通の馬ならとっくに潰れている速度だ。

 フモウルはリューミナ王国でも北の端に位置するせいか、戦争の影は薄い。心なしか前来た時よりも街の炉から出る煙が多いぐらいだろうか。武具の大量注文でも入ったのだろう。それとも、在庫が無くなって急いで補充中なのだろうか。どちらでも良いことだが……。

 フモウルは街の中に入る必要はないので、そのまま進路を東に変え、進んでいく。街道が途切れた段階で馬を降りる。馬はこの辺りで放すことにする。制御チップが入っているので、どこかに逃げ出すことはないし、ただでさえ下手なモンスターより強い馬に強化まで施しているので、街道沿いに出るようなモンスターなど軽く蹴散らせるだろう。

 途中まではブラックドラゴンの時通った道を通る。もう冬だというのに、草が生い茂っている。流石に切り倒した木までは育ってないが。魔の森の生命力恐るべしだ。


「これから先、またあの作業が始まるのか」


 サラが面倒くさそうに言う。作業とは先頭に立って、草やツタ、場合によっては木を切る作業の事だ。サラとしてはちまちま切って進むより、進路上のものをビームか何かで一掃したいのだろう。


「まあ、そうむくれるな。今回は交代でやろう。先は長いし、他の者がいるわけじゃないからな」


 前回はネーリーがいたのでサラに任せたが、別に自分たちは他の武器が使えないわけではない。アバターの身体能力も格別に差があるわけでもないので、サラだけに任せる必要は無かった。


「やった。流石コウ。話が分かるリーダーだぜ」


 サラが嬉しそうに言う。まあ、AIとは言え一緒の釜の飯を食った仲だ、必要のない時までこき使うのは気が引ける。それは裏を返せば必要とあらばこき使うという事でもあるのだが。ともかく、進路の草を払うぐらいは交代でやっても問題はないだろう。


 機嫌が良くなったサラが、剣鉈をぶんぶん振り回し、草を刈り進んでいく。


「街道が途切れたところから、徒歩で12日と書かれてますけど、この速度ではないですよね。それにまっすぐ進んでいたとも思えませんし……。どう判断しましょうか」


 ユキが判断に迷ってコウに聞いてくる。正確に言えば探そうと思えば、いくらでも探す手段はあるので、どこまでが許可されるかの問いかけだ。


 「とりあえずそれなりに大きな川があるまではこのまま進もう。一応ローレア河と書いてあるんだ。まさか小川じゃないだろう」


 地図ではローレア河本流の上流を更に東に行って、別の位置を流れている支流に沿って北上している。問題は川幅も何も書かれて無く、地図自体がいい加減なため、渡ったのが本当にローレア河本流の上流かどうかが分からない事だ。

 この付近だといくら本流とは言え、川幅も狭くなるので、他の支流を間違えた可能性もある。もっと言えば、山際で雨が降って偶々その時にだけできた川かもしれない。橋か何かがあるわけではないのである。


「目印が無いので仕方がありませんね。モンスターの探索範囲はどうしますか」


「そうだな。それは悩むな」


 ユキの問いにコウは悩み始める。本心では制限を外してドラゴンやワイバーンなどのモンスターを狩りまくりたいところではあるが、そうすると、後の楽しみが無くなる、とまではいかないまでも相当少なくなることは確実である。

 まだこの惑星に降りてから1年もたってないので、それは避けたかった。そうは言っても1体ぐらいはドラゴンを狩りたい。


「そうだな、体長が5m以上のものは50㎞以内、1m以上は20㎞以内、それ以下は3㎞以内で良いだろう。こちらに敵意があるときはともかく、無い場合は今までに遭遇した体長2m以下のモンスターは無視する。こんなものでどうかな」


 コウはとりあえずの方針を言ってみる。


「そうですね。それですと1時方向にワイバーンが2体、1体は距離は約15700m、高度約200m、もう1体は距離約27500m、高度約350m、3時方向にサイクロプス3体の集団、距離約1250m、4時方向にマンティコア1体、距離約1400m、参考までに現在の標高は約150mです」


 標高約150mということは近くにいる方のワイバーンは森の木のすぐ上あたりを飛んでいるのだろう。コウは少し迷った後、


「マンティコアは初めてじゃないか。そちらに行ってみるか。ちょっと方向が違うが、許容範囲だろう。何か特徴はあるのか」


 そう言って、初めて遭遇するモンスターに向かうことを告げる。


「そうですね。これも個体数があまり多くありませんし、遭遇して生還した例も少ないですから、正確な情報はありません。一応尻尾がサソリのようになっていて、毒が有ることは確実なようです。しかし、それも尻尾から毒針を飛ばす、毒液を飛ばす、直接刺してくる、と色々な説がありますね。後、石化の能力があるという説もあります。もしかしたら個体差があるのかもしれません」


「会ってのお楽しみという奴かな。そこまではサラ、頼むぞ」


「わかったぜ」


 目標が決まったせいか、サラが勢いよく草を刈り森の中を進んでいく。暫くするとこちらが近づいてくる音が聞こえたのか、マンティコアがこちらの方に近づき始める。


(距離250m、速度30㎞/h、戦闘力0.0002~0.0005。データ不足により推測値を上回る可能性7%)


 ユキが思考通信を始める。


(今回は、データを取るためにマリーに任せよう。数が少ないらしいからここで出来るだけデータを取っておきたい)


(了解ですわ)


 マリーから通信が入り、先頭にマリーが立つ。他の3人は少し外れた位置に待機する。


 マンティコアは自分に近づいてくるものが、人間だと知って歓喜した。人間は大好物だが、この辺りでは滅多に食べる事が出来ないごちそうである。しかもそれが4体いる。マンティコアその巨体で木々をなぎ倒しながら目標へ一直線に走っていく。

 直ぐに1人の人間の雌が見え始める。雌は雄と比べて小柄だが、肉が柔らかく雄よりも美味い。しかも、雄よりも食う機会が少ない獲物である。マンティコアは益々上機嫌になり、その速度を落とすことなく、人間の女を吹き飛ばそうと、強靭さを誇る頭から先頭に立つ雌に突っ込んだ。


 ゴツッという音と共に、マリーの盾に突っ込んだマンティコアが頭から血をふいて倒れる。頭は少し陥没し、そこから血が流れている。一応まだ生きているようだ。


(一応言いますけど、私何もしてませんわよ)


 盾で殴ったわけではないというのだろう、慌てたようにマリーが通信してくる。


(分かってる。一応まだ、生きているようだ、暫く待って攻撃してくるようならデータを取り、逃げるようなら殺そう)


 何をこいつはやってるんだと思いながら、コウはそうマリーに指示する。


 マンティコアは暫くして起き上がる。何が起きたかわからなかったが、自分は気絶していたようだ。頭が痛い。敵は自分に怯えているのか攻撃してくる気配はない。マンティコアはサソリ状の尻尾から10本の毒針を人間の雌に飛ばす。だが、人間の着ている鎧など簡単に貫通するその針は、鎧どころか雌の顔にも傷一つつけられなかった。

 マンティコアは戸惑いながらも、石化のブレスを吐く。これは味が落ちるので最終手段なのだが仕方がない。だがこれも、雌の表面を石化しただけで、パリパリとまるで虫が蛹から出るような音を立て石化が解かれる。相手の正体不明の不気味さにマンティコアは逃げようとするが、踵を返す前に、雌の持つ剣が信じられない速度で、頭に振り下ろされ、マンティコアは意識を失った。


「毒針はコーティングを貫けないようですね。石化のブレスは、ダンジョンで遭遇したモンスターの石化の魔法と同じで、組織をマナのエネルギーでケイ素化合物に変えるもののようですが、コーティングはともかく、私達の体組織を変えるほどのエネルギーは無かったようです」


 ユキがマリーから得たデータを基に分析する。自分たちの身体や装備の大部分は地球型の惑星上ではありえないほど圧縮された金属である。表皮を覆っている合成たんぱく質ですら、原子同士が強力に結びついている。強いて言えば白色矮星の材質に近いだろうか。その強固な力で結合した原子を変化させるほどのエネルギーは、魔法やモンスターが吐くブレスには無いようだった。


「いきなり自滅してどうなる事かと思ったが、最低限のデータは取れたかな。ご苦労だったマリー」


「ほとんど何もしてませんけど……。まあ、コウがそう判断されたのならよかったですわ」


 次から体当たりしてくる敵は、受け止める時に衝撃を吸収するようにしよう。そう思うマリーだった。

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