第77話 ブラックドラゴン討伐の冒険へ
次の日3回の鐘が鳴る頃、約束した時間通りにネーリーがやってくる。昨日散々飲んで酔っ払ってしまった事など微塵も感じさせない態度である。流石に飲み比べをするだけあってお酒には自信があるだろう。まあ、解毒かなにかのポーションを使った可能性はあるが。
「おはよう。約1ヶ月の間よろしく頼むわね」
「こちらこそよろしくお願いしますよ」
コウとネーリーは軽く挨拶をした後、街の外へと出る。
街の外には鉱山へ行くための道と南の王都方面に行く道に分かれている。余り大きくはないが川が近くに流れている。思ったよりも汚れてないようだ。
「何か不思議なものでもあったの?」
コウが川を見ているとネーリーが聞いてくる。
「いえ、鉱業や冶金の盛んな街の割には川がきれいだと思いまして」
「ああ、あなた達は他国から来たんだったわね。この川はあまり大きくないとはいえ、支流を通じて、パズールア湖に流れ込んでいるの。パズールア湖はこの国リューミナ王国の者にとって、自分たちの祖先を守ってくれ、恵みをもたらした母なる湖よ。そこに生活排水程度ならともかく鉱毒を流すなんて、リューミナ王国の者にとって許すべからざる暴挙なのよ。
元々フモウルは別の国だったんだけど、それでリューミナ王国と長年争ってたしね。と言ってももう何百年も昔の話だけど。結局リューミナ王国が勝って川に鉱毒は流さないよう、その前に処理をすることになったの。
だけど、結果としては川がきれいに保たれてるんだから、私としてはよかったと思うけどね」
魔法か何かで、綺麗にしているのだろうか。まあ、なんにせよ結構なことだ。
目の前を船が通り過ぎていく。川を通じて輸送もしているらしい。そのせいか川に掛かっている橋は平たんなものではなく、船が通れるよう中央に橋げたをおいて、二つのアーチがつながった橋だった。
橋を渡ってしばらく行くと、森が見えてくる。時折、鉱物を満載した巨大な馬車とすれ違う。引いているのはシンバル馬だ。自分たちが買ったものより一回り以上小さい。だが、その力は通常の馬を寄せ付けないであろうことは直ぐに分かる。
「森の手前で野営をしようと思うんだけど良いかしら?」
ネーリーがコウに聞いてくる。自分たちだけならもう少し進めるが、特に反対してまで進める理由もなかったので、素直に了解する。
野営地でマジックテントを広げるとネーリーが驚く。
「よくこんなものを持ってるわね。買ったの?それともダンジョンで見つけたの?」
「王都に売ってましたよ。まあ値段はそれなりにしましたけど。ネーリーさんも似たようなものは持ってるんじゃないすか?」
「まあ、持ってはいるけど、こんなに立派なものじゃないわ。あくまで2、3人用のテントを小さく降りた畳んだ程度のものよ」
まあ、基本ソロで活動しているのならそんなものかもしれない。コウはテント、と言うかログハウスというべきものに案内する。
いつものようにがらんどうの室内に、亜空間からベッド、ふかふかの布団、ソファー、センターテーブル、食器棚などを取り出し、手際よく並べていく。あっという間に、下手な宿よりも立派な部屋が出来上がる。そして、テーブルの上にはコウ達が買いあさった料理が並べられる。ふと見るとネーリーがこめかみを押さえている。
「どうかしましたか?」
コウが少し心配して尋ねる。
「いえ、色々うわさは聞いてたけど、聞いただけと実際に体験してみるのとでは雲泥の差があるわね。正直この旅が終わった後、私の貧相なテントで野営できるかどうか不安になるわ」
百聞は一見に如かず、データだけの情報と実際体験してみるのとでは、印象が全く違うのは同感である。
「ネーリーさんはAランクの冒険者なんでしょう?金銭的に驚くようなものではないと思いますが」
Aランク冒険者と言えば、1回の依頼で数白金貨を稼いでもおかしくないランクである。実際ネーリーも1対1と条件が決まっているなら、ブラックドラゴンを倒せると言っていた。まあ、闘技場じゃあるまいし、その前に色々ある可能性が高いので、ソロではやらないらしいが。それでも金銭的に驚くような金額ではないはずだ。
「金銭的にはね。私だって街に着いたらそれなりの宿に泊まるし、贅沢な料理も食べるわ。でもそれは言わば依頼を達成したご褒美なの。依頼中に節制した分も含めてね。まあ、収納魔法が使えないっていうのもあるけど、依頼中の荷物は最小限というのが常識なの。その常識が覆されるのを実際に体験して驚いてるところなのよ。ああ、別にあなた方に対してそれで何か隔意を抱くというわけじゃないから安心して。ちょっと直ぐに心の整理がつかないだけだから」
確かに、極限状態に長時間耐えるのも軍人としての資質のうちである。しかし、指揮官としては、兵站を整え、士気を保つのも重要な役割なのだ。故にコウはマジックテントを購入した後、快適に過ごせるように考えてきた。だが、それは、冒険者としては逸脱した考えのようだった。
「そうなんですか。ネーリーさんはご存じかと思いますが、自分たちはちょっと特殊な生い立ちを持ってまして、そのあたりの感覚がよく分からないのです」
コウは自分たちの生い立ちの設定を利用して説明する。
「そういう噂だったわね……。まあ、いいわ。難しい話はこれでお終い。せっかくご馳走があるんだもの食べて飲みましょう!ああ、そう言えば言い忘れてたけど、この合同パーティーのリーダーはコウに任せるわ。よろしくね」
いきなりの責任丸投げである。流石にためらわれる。
「いえ、こういう場合は、Aランクのネーリーさんが私たちを率いるのでは?」
そうコウが反論する。
「馬鹿にしないでくれる。これでもAランクの冒険者なのよ。何か判断を求めることがあるたびに、他のメンバーがあなたに許可を求めてることぐらいは分かってるわ。あなた達は普通の力関係のパーティーとは思えない。そうであればあなたがリーダーとなって指揮を執る方がやりやすい。急を要することじゃなければ勿論助言は惜しまないわよ」
流石はAランクといったところか。ちょっとした仕草で自分たちの力関係を把握したらしい。
「分かりました。ネーリーさんがそうで良いというなら、精一杯頑張らせてもらいます」
コウとしてはそう言うのが精一杯であった。
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