第78話 ネーリーの探り

 途中鉱山の方へ行く道から外れると途端に荒れた道を通ることになった。廃坑になって大分経つためだろう。そこだけ大きな木が育っていないという程度で、草が生い茂っている。先頭を進むサラが剣鉈で通りやすいように刈り取ってはくれているが、それでもやはり荒れてない道と比べると通りにくい。


「転移の魔法が使えればねぇ。こんな苦労はしなくていいんだけど」


「ネーリーさんは転移の魔法を使えるんですか?」


「まあね。と言っても知ってるとは思うけど、制約が結構厳しくて使いどころが限られるんだけどね」


 足に絡まったつたを、鬱陶しそうに短剣で切りながらネーリーが言う。


「魔法には詳しくないんで、自分は知りませんね。その制約というのは教えてもらっても構わないものですか?」


 冒険者の能力や過去の詮索はご法度というのが暗黙の了解のため、コウは用心深く聞く。


「まあ、それぐらい構わないわ。私が転移の魔法を使えることを知っているものは多いし、転移の魔法自体の制約も秘密ってわけじゃないから。それにしても、それを知らないってことは、魔法に関してあんまり知識がないのね」


「そうですね。自分たちはかなり知識に偏りがある環境で育っていますから」


 どこまで自分たちの設定が知られているかは知らないが、数少ないAランクの冒険者だ。幾らでも情報入手のつてはあるだろう。それでも、一応コウはそう言って言葉を濁す。


「ふーん。制約ってのは少なくとも一度行った場所であること。その場所の様子を正確に思い浮かべられる事、距離と運ぶ重さによって使用する魔力が違う事よ。こんなに森の中で一度行っていたとしても、様子が変化してるところじゃ使えない魔法よ。遠見の鏡でもあれば話は別だけど。それと、私の魔力じゃ、この人数を運ぶのはせいぜい歩いて1日分ぐらいの距離。それで魔力が枯渇するんだから、歩いていく方が安全だわ。

 まあ、ダンジョンで経験したんでしょうけど、転移の魔法陣同士の間ではその制約は薄いわよ」


 説明しながら、ネーリーはマリーの重装甲とサラの巨大な剣を見ている。まあ、普通に考えても、それだけで3、4人分の重量はありそうに見える。実際はその1000倍はあるのだから、下手に使おうと言われないでよかった、とコウは密かに胸をなでおろす。


(前方に敵を発見しました。個体数1、距離826m、高さ5m、個体名インビジブルパンサー。戦闘能力0.0001以下。光学迷彩以外には特殊能力は無いようです)


(待ち伏せ型か、50mまで近づいて逃げないようだったら、弓で倒そう)


 剣鉈で草を刈りながら進んでいるので、自分たちに気付かないはずはないのだが、インビジブルパンサーはじっと動かなかった。

 コウは弓を構える。遮蔽物を考慮した弾着予想地点が網膜に浮かび上がる。頭にそれが重なった所で矢を放つ。狙い違わず、インビジブルパンサーは待ち伏せしていた木に、頭を貫通した矢で留められて絶命した。


 歩いていくと、道の端の木にぶら下がっているインビジブルパンサーが見える。死んだので光学迷彩は解けたようだ。濃い茶色の体毛の大型のパンサーだった。


「急に弓を構えたからどうしたのかと思ったんだけど、こいつを狙っていたのね。よくあの距離から分かったわね。探知の魔法も使った様子はないのに」


「まあ、それは秘訣があるということで」


 コウはネーリーの疑問にすまして答える。自分たちの能力はもう広まってるだろうが、だからと言って正体をばらして良いとは限らない。


「ふーん。まあ、いいわ。あなた達といると不意打ちを心配する必要はなさそうね。魔法使いとしてはありがたいわ。不意打ちが一番死にやすいもの」


「分け前はどうします?」


「別にこれぐらいのモンスターじゃいらないって言いたいところだけど、人数割りでいいからお肉だけ分けてくれないかしら、このモンスターの干し肉はお酒によく合うの」


「良いですよ」


 そうコウは答える。マリーの目が光った気がする。まあ、多分ほとんどはマリーが消費することになるだろう。


 旅は順調に進んでいった。基本的にモンスターに遭遇した場合、50m以内に近づいて逃げない場合のみ、弓で射殺した。サラかマリーを先行させて倒すことも考えたが、万が一のリスクを考慮すると、そこまでするような敵は現れなかった。倒した敵はオークがメインだが、トレントやアルラウネなどの植物系のモンスターもいる。


丁度10日目、この世界での2週間目に廃坑へと向かう道の跡へと着く事が出来た。これも文句を言いながらも、ひたすら剣鉈で草を刈り続けたサラのおかげだろう。そうでなかったら倍の時間がかかってもおかしくはなかった。


「しかし、モンスターの件といい、悪路の進み方といい、噂には聞いていたけど、実際に目にすると圧巻ね。正直このランクの依頼でこんなに楽に旅ができるとは思ってなかったわ」


 マジックテントの中でくつろぎながらネーリーが言う。


「ちなみに自分たちの噂ってどんなのが流れてるんですかね?」


 コウはちょっと気になったので聞いてみる。


「曰く、オーガを素手で殴って倒せる、ワイバーンの首を一撃で切り落とせる、巨大なゴーレムに殴られてもびくともしない。まあ、こんなところかしら。どこまで本当かは分からないけど。今までの感じからすると多分全部本当なんでしょうね」


 まあ、あながち間違ってはいない。もう少ししたら海賊船を沈めたことが広まるだろう。


「そうですね。あながち間違ってはいないですね」


「やっぱりね。それだけの力をもってるんだから、その気になれば国盗りでもできるんじゃない?」


「ご冗談を、その後どうするんですか?自分には国を運営するノウハウも、それを知っている知り合いもいませんよ。それに、武力で征服した場合、恨みを持つものがどうしても残るでしょう。そういった者の復讐に怯えて暮らすのはまっぴらごめんですよ」


 コウはそうネーリーに反論する。これはコウの偽らざる気持ちだった。と言うか遊び気分でこの惑星に来ているのに、何が悲しくて仕事をしなければいけないのか。先ほど言葉に出したようにまっぴらごめんである。


「やっぱり戦闘力だけの馬鹿じゃないわね。あなたのような男は好きよ。まあ、これだけ若くて可愛い子に囲まれてたんじゃ、私の入る隙なんて無いでしょうけど」


 そうネーリーはおどけた口調で言う。


「まあ、そうですね」


 コウは3人とはそういう関係ではなかったが、あえて誤解を解くような真似はしなかった。


「女の扱いには慣れてないのね。そこは嘘でも、そんな事は無い、っていうところよ。まあ、いいわ。その年で慣れているというのも考えものだものね。そろそろ休むわね。お休み」


 そう言ってネーリーはベッドへと向かっていった。コウもソファーで寝ることにする。ちなみに、ネーリーがいるため、見張りの順番はコウ、ユキ、サラ、マリーという風に一応なっている。ネーリーは順番に含まれてないが、普段もあまり早くは寝ないと言って、コウに付き合っていた。

 他のメンバーがいると今一勝手が狂うな、と思いつつコウも眠りに落ちていった。

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