第283話 ノバルとウィーレの反乱

 魔王城の会議室でダラグゲートはノバルとウィーレの反乱の報告を聞いていた。その顔には怒りも何もなく、淡々と報告を聞いているだけだ。以前のダラグゲートでは考えられないことだった。


「……ノバル様とウィーレ様に集った魔族は恐らく10万以上と思われます。最終的には15万を超えるかと。対して我が方は前回での大敗により、兵が集まらず、2万に届くかどうかです。ただ質的にはこちらの方が高いと思われます」


 ダラグゲートと共に生き残った者は、全員が未だダラグゲートの支配下にある。正確にはコウの支配下だろうか。それだけでも並の魔族相手には一騎当千の働きをする者達だ。そして、ダラグゲートが魔力を気にせずに戦えば、万の兵とて一人で相手にできる自信があった。


「侮られたものよな。数を揃えれば勝てるとふんだか……だが、今の私の姿を見ればそれも致し方ないだろうな。だがむざむざと負けてやる義理もない。次々に反乱を起こされるのも面倒だ。相手の戦力がそろうのを待ってやれ」


「はっ」


 そう言って、報告者は退出する。一人になったダラグゲートは懐から小さな箱を取り出すと、それについているボタンを押す。暫く待つとコウとそれに従う3人の女性が会議室に現れる。ただ、本当に現れたのではなく、立体映像というものらしい。幻影魔法の一種のようだが、元魔王の自分でも見抜けないほどの精巧さだ。


「そろそろ連絡が来るかなと思っていたところだよ。反乱が起きたのだろう?」


「はい。息子と娘が反乱しました。今すぐ叩けば勝利は可能でしょうが、次々と反乱を起こされるのも面倒なため、反乱者が集結するのを待って一挙に叩こうと考えております」


「ふむ。決戦構想か。こちらが十分な戦力を持っているなら、一つの考え方ではあるが……その辺りはどうなのかな?」


「数的には不利ですが、質的には上回っております。簡単に負けることはありますまい」


 ダラグゲートはそう答える。潔く負けるつもりもないが、かと言って何がなんでも勝とうという意思もなかった。要するにどうでも良いのだ。興味があるとすれば、自分より遥かに弱い存在である子供たちが、どんな策を持って自分に挑んでくるのか、ということぐらいだった。


「その状態での決戦構想は余り良策とは言えないかな。悪いがこちらの言うことを聞いてもらえないかね。統治者を失い無秩序状態になるのは好ましくない。少なくとも暫くの間は私達の居る所を立ち入り禁止にしてほしいのでね」


「仰せの通りに」


 コウの言うことに無気力にダラグゲートは答える。


「それでは、先ずはこの場所に陣を築いて……という風にしてほしいんだ」


「それだけで本当によろしいので?」


「まあ、計画通りにいくとは限らないから臨機応変だがね。どうせ君は満足に動けないと思うよ。少なくとも私ならその目途が立たない限り戦おうと思わないな」


 ダラグゲートの魔法は小さなものでも城壁を簡単に吹き飛ばすだけの威力があったし、その配下の武将もサラが出ていかなかったら、数百人、下手したら数千人単位で死者が出ていただろう。そんな個々の能力を持つ者相手に、ただ単に反乱軍が数で押すとは考えにくかった。

 もっともそれはコウがそう考えているだけで、魔族は魔族なりの別の考え方があるかもしれないのだが。ともあれ、ダラグゲートに命じたのは何も難しいことではない。失敗したとしてもどうにかなるだろう。



 そして暫くして、ハンデルナ大陸のほぼ中央にあたる部分の平原で、両軍はぶつかり合うことになる。ダラグゲートの軍約2万、ノバルの軍約15万がぶつかり合うことになった。

 季節は短い夏を過ぎ、草原の腰まである草は殆ど枯れており、またところどころに生えている低木も葉を落としている。


 平原と言っても本当にまっ平らなわけではない。ダラグゲートの軍は平原の中のなだらかだが、小高い丘の上に方陣を築く。いや、銃こそ無いものの、下手なマスケット銃より威力のある弓や魔法などの遠距離武器がある分、歩兵が作った要塞と呼ぶにふさわしいだろう。

 対してノバルの軍は数に任せて丘を四方から囲んでいた。


「暫く見ない間に随分と消極的になったものですなぁ。もし、父上が負ける前に私がそのような陣を築いたとしたら、鼻で笑っていたでしょうに」


 ノバルはダラグゲートを挑発する。実際以前のダラグゲートだったらこのような防御的な陣など築かなかっただろう。


「御託は良い。さっさとかかってきたらどうだ? それとも攻略法が見つからぬか? 言っておくがこちらには収納持ちや、転移魔法が使える者が複数いる。時間が経てば不利になるのはそちらの方だぞ」


 一昔前なら激高してたであろう挑発に、ダラグゲートは気にした風もなくそう答える。実際方陣は平面的な戦いの防御に関しては優れたものを持つ。また、なだらかとは言え、丘は麓から頂上までは30mほどの高さがあり、馬鹿にはできない高低差があった。これで補給の心配がないとなれば先に音を上げるのはノバルの軍の方である。


「減らず口を叩けるのも今の内だ。せいぜい、討ち取られるまでそこで縮こまっていればいい」


「ほう? 何か策があるようだな。このまま、私の魔法で蹂躙してやっても良いが……親としてのせめてもの手向けだ。お前に先手を取らせてやろう」


「その余裕。後悔することになるぞ」


 両軍が相まみえた初日は、戦いも起きず、静かに夜が更ける。

 そして、夜明け前にノバル軍は動いた。休むときは方陣は解かれる。それは致し方の無いことだ。さらにこの季節、平原は明け方は深い霧に包まれる。魔族の目をもってしても相当近づくまでは気付かれない。

 とは言ってもたとえ奇襲が成功したとしても、ダラグゲートが自由に動ければ、戦局をひっくり返される可能性があった。故にノバルはかねてより考えていたダラグゲートを抑える魔法を使う。


大いなる死の拘束グレート・デス・レストレント


 拘束魔法の最上位の魔法だ。かかったものは指一本動かせない。術者のレベルによっては息擦れもできなくなり死に至る魔法である。


(なんだ。これが秘策か? とんだ、期待外れだな。お前と私では魔力が違う。大して効きはせぬぞ)


 気だるそうに、ダラグゲートが念話を飛ばしてくる。


大いなる死の拘束グレート・デス・レストレント


 別の方向から声がする。ウィーレだった。同じ魔法の重ね掛けであった。師匠と弟子、若しくは長年連れ添った友人や夫婦、あるいは親子や兄弟で、しかも魔力の高さが近い者同士でなくては成功しない、奇跡に近い技である。その効力は数倍、場合によっては10倍以上に跳ね上がる。



(……こ…れ…驚い…な……)


 ダラグゲートが念話を送ってくるが、先ほどと違ってとぎれとぎれだ、息をするのも苦労しているのが分かるほどだった。


「ダラグゲートは抑えた。かかれ! 奴らを皆殺しにしろ!」


 ノバルは自軍に命令する。闇と霧に隠れて近づいていたノバル軍はダラグゲート軍に一斉に襲い掛かった。

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