第282話 ノバルとウィーレの密約

 ノバルとウィーレが念話で話をしていた。


(兄上。父上が大敗して王座を人間に譲り渡したというのは本当なのですか?)


(嘘を言ってどうなる。父は堕落した。宰相の位を人間に貰って、真面目に務めるそうだ。反吐が出るな)


 ノバルは父であるダラグゲートを尊敬はしていなかったが、少なくとも恐れていた。だが、敗戦して帰ってきた父の姿には幻滅した。罠に嵌められたらしいが、個の力では魔族の方が上なのだ、今回の経験を次に生かせば良いのに、その気力がまるで感じられなかった。


(それよりそちらの占領はどれぐらい進んだのだ。たとえ弱くとも数は力だ。父、いやダラグゲートを倒すためお前にも協力してほしい。勿論十分は報酬は約束しよう。占領地から集めればそれなりの数にはなるだろう?)


(それが……)


 ノバルの提案にウィーレは言い淀む。ウィーレが率いていた軍はとても精鋭とは言えないものだが、北方諸国位は楽に蹂躙できる戦力である。


(どうした? まだ北方諸国の制圧に途惑っているのか? まさかリューミナ王国が出張ってきたのか?)


 ウィーレの作戦目標の一つは陽動としてリューミナ王国をタリゴ大陸に向けさせないことも含まれていたため、出張ってきていたとしても不思議ではない。


(申し訳ありません。北方諸国どころかシパニア連合の完全制圧もまだできておりません……)


(そんな馬鹿な。二線級とは言え、5万の大軍ぞ。シパニア連合国など全部でも2千の兵もいなかったではないのか)


 北方諸国全部の兵力を合わせたとしても5万に届くかどうか。予定ではシパニア連合など鎧袖一触で蹴散らし、北方諸国を平定したとしてもおかしくない頃だった。


(戦闘らしき戦闘は殆ど起きていません。シパニア連合の最初の街は正しく鎧袖一触という戦いでした。我が軍には殆ど被害らしい被害は出ませんでした。そして、次の街では戦いもせずに街を明け渡しました、その次の街も同じでした)


 それだけ聞くと順調に制圧しているように聞こえる。


(何が問題なのだ?)


(食料が無いのです。最初の街以降、人間たちは食料を持ち去り、井戸にも毒を流して撤退しました。井戸は浄化し使えるようにしましたが、街には毒まみれの食糧しか無く、この地はマナが希薄なため、回復より使用する魔力の方が多い状態が続きました。やむを得ず狩猟を行ったのですが、謎の勢力により大勢の部隊が各個撃破されました。かと言って大部隊で狩猟を行うわけにもいかず、今は人間たちの人質の家族から、魚や肉を徴収している状態です)


 魔族はマナが濃い地域ならかなりの間、飲まず食わずでも行動できる。たとえマナが薄くても、一度に多量に食べることができるため、たらふく食った後なら、これもまた長期間行動できた。だが、両方ないとなると話は別である。食料を捕ってこられる魔族は、初期の狩猟時に各個撃破されてしまい、今や人間に頼らなければ、魔族の方に餓死する者が多く出るような有様だ。

 人間たちに与えている食料をすべて奪えば一時的な行軍はできるが、それは破局の引き金を自分で引くことと同義だった。忌々しいことに他の国は国境線をがっちりと防御しているらしい。それでも戦えば勝てるだろうが、その後、他国がシパニア連合と同じ状態だった場合、魔族は戦わずして飢え死にする。

 ウィーレが率いていた兵は、ダラグゲートが率いてた兵と違い、堅い木の皮さえ食料とできるような者達ではなかった。普通の人間よりは悪食に耐えられるが、あくまで普通の人間と比較してだ。とても食料の補給無しで、長期間の軍事行動は無理な兵の集まりだった。そしてそれでも普通の者より強かったために、食料を奪い続けてきた者達である。

 ウィーレがシパニア連合にいた時は、この国にはもっと食料があった。それ故に次々に攻め落とせば食料の心配は無いと考えていたのだが、完全な計算違いである。

 いわゆる使い古された焦土作戦というものだが、魔族には無い考えだったため、対応できずにいた。勿論シパニア連合がここまで思い切ったことができるのは、背後にリューミナ王国の援助があるためだ。またリューミナ王国にとっても大軍をわざわざ送り込むよりは、北方諸国の中でも小さいシパニア連合に援助した方が安上がりだった。それによりすんなりと焦土作戦が採用され、魔族は窮地に陥ることとなったのである。


(……過ぎたことは仕方がない。お前は全軍を引き上げさせ私に合流せよ。どの道お前は私と協力するしかないだろう。ダラグゲートはお前の失敗を許さないだろうからな。かき集められるだけ兵と食料を集め、帰還しろ。合流する場所は後でまた知らせる。間違ってもダラグゲートの勢力内には上陸するな。まあ、奴は今お前をどうこうする気力は無いだろうがな。念の為だ)


(分かりました。兄上に従います)


 ウィーレは素直にそう答える。気力をなくした父の姿というのが想像できなかったが、兄の言う通り、どの道自分には道がない。父が気力を取り戻し、自分の今の現状を知れば殺される可能性が高い。なれば、兄と協力して父と戦う方がまだ生き残る可能性は高いように思われた。


 結局、魔族はシパニア連合から外に出ることはできず撤退することになる。5万の兵は4万まで減少していた。損耗率20%。通常の感覚で言えば大敗である。だが魔族にとっては2割しか減っていないとしか思っていなかった。人間たちを小賢しいと思いつつも、ウィーレは大敗という意識は無く、軍を撤退させた。

 シパニア連合の民にとっては魔族と大国の間で翻弄されただけであったが、ともかく滅ぼされることだけは避けることができたのである。但し紐付きの援助のため、以前にも増して立場の弱い国となった。

 その後、結局は隣国である北方諸国で最も豊かと言われるロレイン王国に併合されることとなる。ただロレイン王国にとって想定外だったのは、魔族に蹂躙されていたと思っていたシパニア連合の公王が魔族の王国、ジシア魔王国の王位を持っていたことである。証拠として魔王にしかまとうことが許されない王冠と豪華なマントを持っていた。公王は押し付けられたもので、手に余るのでロレイン国王に譲位したが、ロレイン国王とて手に余るものだった。見知らぬ土地の王位などあっても仕方がないどころか、有害ですらある。税を取りに行くこともできず、更に魔族がそれらを取り返すために襲いに来る可能性すらある。魔族はもはや伝説上の存在ではないのだ。故に結局リューミナ王国に協力を願い出ることになるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る