第281話 発掘作業

 遭難船の残骸はハンデルナ大陸とタリゴ大陸を結ぶ陸狭のハンデルナ側の根元の近いところに散らばっていた。この地域は地殻変動も大きく、更に火山活動も盛んだ。残骸の殆どは溶岩もしくは火山灰に覆われているようだった。


「わざわざこんな地域に不時着しなくてもよさそうなものだが……」


 嫌がらせか、それとも船を壊すためにわざと選んだのではないかと思われるような地域だ。


「10万年前は比較的快適な地域だったと思われます。この辺りの地殻変動は新しいものが多いです。だからこそまだ盛んだともいえますが。恐らく着陸後に環境が悪化したのでしょう。それに10万年前には既に現行人類の祖先が誕生していますから、接触を避ける意味もあったのかもしれません」


 ユキの説明は理解はできるが、感情的に納得はできない。何もピンポイントでこんな面倒臭い地域に降りなくても良かったのに、と思う。これなら海の底深くに沈んでいてくれていた方がまだよかった。もっともそれはそれで、データキューブが外に出なかった可能性が高くなるので痛し痒しというところである。


「そう言えば船名を聞いてなかったな。いつまでも遭難船というのもなんだし、名前をおしえてくれないか」


「はい。シリウスという船名ですね。地球上から太陽を除き最も明るく見える星の名前です。それはそうとどの残骸から発掘いたしましょう」


 まだ詳細に調べたわけではないが、この地域の地中を含めた3Dマップが投影される。周囲にあるシリウスの残骸と推測されるものは千を超える。ドキュメンタリー映画で検証した結果、実に原始的だが、ある程度近くまで堆積物を除外したら、その後は刷毛のようなもので丁寧に除去していくしかないらしい。速くできないことは無いのだが、細かいものが飛び散ってしまう可能性があるためだ。

 考古学者が使う道具なら、発掘データの蓄積があるため、対象物を被覆で覆い、一挙に掘り進めたり、その部分だけ転送させたりすることができるらしいが、自分達にはその元データがない。

 先ずは簡単そうな地上に現れている物から発掘を始める。それはちょっとした丘のようになっているものだった。地表の木々や植物を取り除くと高さ20m、縦横100mほどの長方体のものが現れる。形から見るとコンテナのようだが、まだ大まかに堆積物を除去しただけだ。これから、堆積物と船体が腐食してその成分が混じった部分を取り除かなければならない。どの程度の濃度が元の船体の境目なのか慎重に発掘していく必要がある。

 自分は命令するだけだが、それでも考えただけで気が遠くなるような作業だ。


「どうせなら一度に数カ所発掘したいものだがな……」


「データの蓄積が無いため、大事なものを破損させてしまう恐れがあります。データの蓄積が終わるまでは、一つずつされた方が無難かと」


「分かっている。単なるぼやきだよ」


 そう話している間に、無数の小型のロボットが小さな刷毛で残骸の表面を削っていく。その姿は、巨大な生物の死骸に虫が湧いているようにも見え、ちょっと不気味だ。


「この作業は大体どれぐらいかかるのかね?」


「おおよそですが、10日ぐらいかと」


「結構長いな……」


 いや、ドキュメンタリー映画だとそれこそ数か月単位で発掘していたから、これでも早い方なのかもしれないが、そのドキュメンタリー映画は1万年以上前の技術で発掘をしていたものだ。もうちょっとどうにかならないものかと思わなくもないが、元になった技術が低いので仕方がない。


「後は基本待つだけか」


「そうですね。ですが、何が起こるか分かりませんから、ここを離れるわけにも参りませんし……」


「それはそれで暇だな」


 1カ所でこれである。データが蓄積されていくので、作業は加速度的に早くなっていくだろうが、それでも付近の残骸を調べるのに1ヶ月程度では終わらないだろう。勿論任務とあれば1ヶ月と言わず何ヶ月でも耐えられるが、これは任務ではない。大きなくくりで言えば任務に入るかもしれないが、少なくともじっと待機しておかなければならないものではない。


「……コウ、何かまた悪だくみを考えていますね」


「悪だくみとは失礼な。曲がりなりにも一応王様になったことだし、陰ながら宰相の手伝いでもできないかと思ってね。今彼はやる気を無くしてるし、今まで通りにはいかないことが多いだろう。だから、直接動かないにしても、遠隔で何かできないかと考えていただけだよ」


「そもそも、コウが心を折ってしまいましたからね」


「ふむ。それは否定しないが、もう少しガッツがあると思っていたのだがね。全滅したとしても、私は何度でも蘇る、そこに人の悪意がある限り、とか言ってほしかった」


「そもそも人の悪意をエネルギーにしてませんし、倒されてもいませんけどね。それでどうされるのです?」


「そう慌てるな。時間はたっぷりあるんだ。やらなければいけないことではないし、君達と話し合いながら決めても良いだろう。酒でも飲みながら皆で話し合おうじゃないか」


「まだ、お昼前ですが……」


「何か問題でも?」


 夜に飲む酒も良いものだが、昼間から飲む酒も良いものだ。そしてもちろん朝から飲んでも良いものだ。つまり、いつから飲んでも良いものは良いのだ。


「素晴らしいお考えだと思いますわ」


 案の定マリーが真っ先に賛同の声を上げる。艦種として偵察艦であるマリーが、真っ先に賛同するのはどうなんだろうか、と思ったが、すぐに頭の片隅へと追いやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る