第168話 不真面目な者、真面目な者

 1ヶ月が過ぎ水汲みも終わろうかという頃、ルカーナ王国の状況でも、さらっと見ておくかと、ホログラムで2ケ月前の戦争から、今までの勢力図の移り変わりをユキに映してもらう。

 戦争から数日間、ベシセア連合軍がルカーナ王国の領土に入り込み、それからしばらくして、ルカーナ王国に国境を接している東方諸国のいくつかがルカーナ王国に侵攻を始める。国王が代わった段階で、ルカーナ王国が数多くの勢力に分かれた後、他の勢力にのまれるもの、更に分裂するものが現れ、最近に近づくと勢力図の変化が少なくなる。ある程度落ち着いたかなと思ったところで、南端にいきなり大きな勢力が出現する。しかも、ヴィレッツァ王国が無くなっている。


「これは予想外だったな。この勢力はなんだ?」


 コウはすこし驚いてユキに聞く。


「エスサミネ王国ですね。元々はエスサミネ辺境伯だったところです。ヴィレッツァ王国と争い始めてから10日、実質は2日でヴィレッツァ王国を降伏させました。ルカーナ王国側は降伏勧告により吸収したようです。出来たばかりで国内掌握がどこまでできるかは未知数ですが、最終的にはかなり大きな勢力になると思われます」


「へえ、世の中には凄い奴が居るもんだ。英雄候補って奴かな。とりあえず、誰でも良いから、この地方が安定すると良いな。結局ルカーナ王国の王都には行けなかったし」


 他人事なので、さしたる興味もなく、軽い感じでコウがそう言う。


「そうですね。ちなみにヴィレッツァ王国を軍を率いて征服したのは、女性指揮官ですね。一歩間違えば、領土を失いかねない、かなり大胆な作戦で征服してます」


「よくもまあ、そんな賭けに出るもんだ。領土を守るだけだったら、そんなに難しくはなかっただろうに」


 リューミナ王国が、見す見すヴィレッツァ王国が勢力を伸ばすのを、見過ごすはずはない。きっと邪魔をしたはずだ。女性指揮官は、その隙を突いたのだろう。


「コウの言う通りですね。リューミナ王国にも攻め入ると思いますか?」


 ユキの質問に、暫くコウは考える。


「今の王様が健在なうちは多分無理だな。その女性指揮官を知っているわけじゃないから、確実ではないがね。軍事が得意なだけでは、一時的にはともかく、長期的にリューミナ王国の領土を切り取るのは難しいだろう」


 リューミナ王国の兵站能力は群を抜いている。一時的ならともかく、本当の意味で攻め取るのは難しいだろう。


「この件はこれで終わりとして、このソースにブランデーを混ぜたら良いと思わないか?」


 コウ達はかき氷なるものを食べていた。氷は自分達で水を凍らせたものではなく、洞窟の奥にある氷柱を貰って削ったものだ。氷柱はリンド王国にもあったが、リンド王国では酒を冷やすのに使われていた。

 ここでは削ったものに、フルーツで作ったソースをかけ、たっぷりのフルーツを乗せて食べるのが一般的らしい。美味しいのだが、少々、そのソースが自分にとっては甘かった。もしかしたらかけ過ぎたのかもしれないが、リンド王国で手に入れたブランデーを入れたら丁度良い感じになりそうな気がする。

 他の国では凝った料理が多く、自分たちで何か工夫しようという気がおきなかったが、この国は良く言えば素朴、悪く言えば単純な調理方法のものが多いので、工夫したらどうかと色々試してみているのだ。成功例は殆どないのだが……。


「私は辛口の白ワインの方が合うような気がしますけど……」


「じゃあ、両方試してみるか」


 コウ達は、ルカーナ王国の行く末に、これ以上興味を示すことは無く、目の前のかき氷がもっと美味くならないかの、検討をし始めた。



 コウ達がかき氷を前に騒いでいた頃、レファレスト国王はフェロー王子から遠見の鏡を通して報告を受けていた。


「申し訳ありません。事態を把握したときにはもう手遅れでした。こうなった以上厳罰も覚悟しております」


 いつもは父であるレファレスト国王の前でも、飄々とした表情をしているフェロー王子だが、今はいつになく真面目な顔をしている。


「それで、その後、そなたはどうしたのだ」


「はい、国境には必要最低限の兵を残し、残りは離反を防ぐため国境付近の諸侯に向かわせています。また、他の部隊も同様に向かわせています。特に補給線上にある諸侯に関しては、重点的に向かわせていますので、仮に反旗を翻したとしても、直ぐに鎮圧が可能です。ただし、全体的に兵力不足になっています。追加の兵をお送りいただけませんでしょうか」


 緊張した表情の王子と裏腹に、レファレスト国王は微笑みさえ浮かべている。


「良く短期間でそこまでやれたな。そなたを誇ることはあっても、罰を与えるようなことはせぬ。今回の事は私も予想外であった。追加の兵は出そう。物資もな。強いて言えばエスサミネ王国の内情を出来るだけ調べよ。まあ、そなたにあえて言う事ではないかもしれぬがな。だが今の手持ちでは足りぬであろう。そちらも送る」


 フェロー王子は少し緊張が解けたようで、顔の表情が柔和になる。


「父上の予想外の事を起こすものが、この大陸に“彼の”パーティー以外にもいるとは、世界は広いですね」


「私の能力など所詮はその程度だということだ。近頃は知らず知らず、慢心していたかもしれんな。予想も大事だが、それ以上に大事なのは、失敗した時にそれを挽回することだ。神ならぬ身である以上、失敗することは誰にでもある。故に失敗したものを必要以上に咎めてはならない。また、失敗したとしてそれを挽回することは、その者の上に立つ者の責任でもある。

 我が国は幾たびも滅亡の機を乗り越えてきた。その力の最たるものは民の結束と、優秀な人材の確保にある。王族の力などその一部にすぎぬ。そなたはゆくゆくはこのリューミナ王国を継ぐことになる身、決してそのことを忘れるでないぞ」


 そう言うと、遠見の鏡への魔力の供給をやめる。


「さて、休暇を満喫している宰相には悪いが、早めに切り上げてもらうとするか、全くここまで振り回されるとは、予想外も良い所だ」


 レファレスト王はそう呟いて、伝令を呼ぶための鈴を鳴らした。

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