第94話 コウの信条

「随分と甘いと言うか、お優しいお方だったのですわね。正直意外でしたわ」


 馬の背中で揺られながらマリーが話しかけてくる。ヴィレッツァ王国に対する対応の事だろう。まあ、自分でも少々甘い対応だったと思わなくもない。攻撃はユキの本体の無人戦闘艦に装備されている、小口径の荷電粒子砲で攻撃したのみだ。一般市民への被害もない。もし同様の事が元の世界であったなら、連邦政府は弱腰と責められることだろう。

 だが、自分たちがヴィレッツァ王国と敵対することを望んでいたであろう、リューミナ王国の国王の思惑に乗るのが癪だった。もっとも、王都を攻撃した段階でもう思惑に乗っていると言えるが……。

 

「まあ、そうだな。そう思われても仕方がないとは思うが、多分マリーが考えているより被害は大きいぞ。近い将来を考えるとだがな。それよりも意外とはどういう意味だね?私は快楽殺人者でも戦闘狂でもないつもりだが」


 コウはマリーのセリフに引っかかる部分があったので、逆に尋ねる。と言うか、サラとマリーの性格設定を初期化しないだけでも、随分と優しい性格だと自分では思うのだが。


「敵対する者は皆殺し、騙すのと騙される方では騙される方が悪い、卑怯大好き、弱い者いじめは正義、それがコウの信条だと聞いておりましたわ」


「いやいや、そんな信条持った覚えはないぞ」


 コウは即座に反論する。


「敵対するものは皆殺しは、幾つかの戦場で徹底的な包囲殲滅戦をした事に由来すると思われます。騙される方が悪いは、偽装作戦が成功した時にコウ自身が言ったセリフです。卑怯大好きも、奇襲作戦が成功した時に言ったセリフですね。弱い者いじめは正義は、敵の脆弱部を突く時によく言ったセリフです」


 ユキが由来を説明する。あれ?確かに言われてみれば全部覚えがある。


「……。戦争中の作戦指揮と個人の性格を一緒にしないでもらいたいものだな」


「戦場での極限状態こそ、その者個人の本質的な性格が現れる。これもコウが言ったセリフです」


 コウが反論を試みるが、ユキに簡単に封じられてしまう。


「並べてみると、その辺の悪党より悪党っぽいよな」


 サラが何気なく酷いセリフを言う。うーむ、何か反論したい。


「歴史は勝者が作る。つまり正義が勝つのではなく、勝ったからこそ正義なんだ」


 どこかで聞いたようなセリフを言ってみる。


「それも悪役っぽい気がするんだけど……」


 サラの言う事に自分も納得してしまう。うん、言いながらそうじゃないかと思ってた。


「……」


 暫くの間沈黙が支配する。遠くで鳴く鳥の声がよく聞こえる。ちなみに旅路は、すでにヴィレツァ王国は通過しリンド王国に入っている。一応国境線はあるのだが、リンド王国にとって大事なのは平地ではなく、山脈内の都市と鉱山みたいで、関所のようなものはなかった。もう少し行けば山道になり移動速度が落ちるが、それでもリンド王国の王都までは、後2日くらいの距離である。


「ま、まあともかくリンド王国の王都に着いたら何しようかを考えようぜ」


「それもそうですわね。と言ってもまだ依頼は受けられませんけど」


 サラとマリーが沈黙を破って、話し始める。基本的に2人の人格プログラムはおしゃべりのようだった。だがこういう時は助かる。


「そうだな。先ずはマリーの希望通り、忘れられた酒を探すことから始めるか。ギルドの常時依頼にそれが無ければだが……」


 酒好きのドワーフの事から考えて、ギルドに常時依頼がされてないとは考えにくいが、その場合酒屋若しくは酒場を巡るのも良いだろう。金なら気にしなくてもいいぐらいはもう持ってる。


「マリーには申し訳ないですが、常時依頼に載っていない可能性は低いと思われます。その代わりと言っては何ですが、酒屋及び酒場はたくさんありますよ。とても人口10万の都市とは思えないぐらいの密度ですね。しらみつぶしに回っていたら、それこそ1ヶ月ぐらいかかりそうです」


 リンド王国の王都、コトゥニアは地下の大空洞にある。リンド王国の住民は地下が主な居住地のせいか、全体の人口の割には都市の人口が多かった。というより居住地に適した所が少ないのであろう。都市間はまるでアリの巣のようにトンネルで結ばれている。地上に一度も出ることなくルカーナ王国まで行くことも可能だった。


「それは楽しみですわね。リンド王国は何日ぐらい滞在予定ですの」


「そうだな、1週間を目途としておくか」


 マリーの希望をかなえていたら本当に1ヶ月滞在することになりそうだ。しかも、酒浸りの日々である。ソクスでの経験から言って1週間が妥当と思われた。それ以上は体はともかく、精神的にきつい。


「1週間……。これは行く所を厳選しなければなりませんわね」


 マリーが考えこみ始める。


「言っておくが、酒を買うためだけに時間を使うわけじゃないぞ、工芸品や武具なども見て回るからな。それを頭に入れておくように」


 コウの注意に、マリーが絶望した顔をする。そこまで、酷いこと言ったか?


「酷い、酷いですわ。やっぱりコウは酷い人ですわ」


 酷いのはお前の方だよ!コウは心の中で突っ込みを入れる。人の事は言えないかもしれないが、最近AIの箍が外れてきてるんじゃないだろうか。何かそういう要素がこの惑星にはあるのか?しかしユキは正常なようだが。


「最近、君達の、特にマリーの変貌が著しいように思うのだが、何か外的要因があるのかね」


 念のため、ユキに尋ねてみる。


「はい。コウとずっと接触してます。前にも申し上げました通り、コウの英才教育の賜物です」


「いやいや、それだったらユキ自身はどうなんだ、私とずっと一緒に行動してるだろう」


 その論法だと、ユキが一番変になっていなければおかしい。


「知らなかったのですか?私は元の世界にいた時からもはや規格外扱いでしたよ。規定に基づけば、かなり違反しています。そもそも、戦闘母艦に、幾らアップデートをしているとはいえ、元駆逐艦の人格AIを搭載するのが例外措置ですから。単にコウの功績によって許されていただけです」


 言われてみればそうだった。今日はどうも調子が出ない、これも余計なことをしてくれたヴィレッツァの国王のせいだ、と心の中でコウは八つ当たりを始めた。




後書き


 星間国家の感覚では城壁など3Dプリンターであっという間にできてしまうものなので、城壁への攻撃は積んであった土嚢を蹴って崩したレベルの抗議ですかね。日本ならともかく、他の国が自国民が殺されかけて、土嚢を蹴って壊して抗議しましたとか発表したら、世論が許さないレベルです。

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