第93話 ヴィレッツァ王国への報復
前書き
今回も長々と説明があります。すみません。
首だけ切り落として、暗殺者たちの死体を焼き、一旦テントへと戻る。もう先程ののんびりとした空気ではなく、ピンと張った緊張した空気が張り詰めている。たった一人であろうと星系連邦に属する軍人として、相手を攻撃するのである。盗賊などを個人的に撃退するのとは訳が違う。
ただ、異世界の未開の惑星での出来事が問題を複雑化していた。基本的に本国と連絡が取れない場合、裁量権は現地のもっとも高い階級の軍人にゆだねられる。無論だが、一般の兵士にそんな権限など与えられてはいない。だが、幸か不幸か、コウには現場判断で、そうする権限が与えられている階級だった。勿論、権限には責任が伴う。無関係のものまで無差別に攻撃してしまっては大問題である。
ややこしいことに今回の場合、国籍偽装は現地人の文明レベルに合わせたためなので、連邦法では国籍偽装には当たらない。そしてそうである以上、便宜上隠密行動と言っていたが、軍法上は隠密行動には当たらない。現地の合法的な身分証で合法的に入国し、しかも入国した国の法律に違反もしていなければ、直接の被害を与えたわけでもないのだから。
元の世界で通信が不可能な場合だけなら問題はなかった。偽造でない身分証で正式に入国したのである。身分証を発行した国と協議し、可及的速やかに、相手に責任を追及し、賠償に応じない場合、一般市民に退避勧告をし、報復攻撃する。これで終わりだ。
だが、連邦法はこんな未開の異世界に、連邦の高級軍人が飛ばされることを想定していない。責任の追及と、報復のさじ加減が悩ましい。
元の世界だったら、戦闘母艦を含め、大型艦3隻のAIと指揮官に攻撃が加えられたのである。相手もそれ相応の報復を覚悟しているだろうし、報復として敵の居る所を、都市ごと殲滅したとて、一部の人権団体ぐらいからしか抗議は来ないだろう。帝国では惑星ごと破壊されることもあると聞く。
しかし、今回の相手は自分達の事を理解するのが不可能な文明レベルだ。極端な話、ここまで人類と似てなければ危険生物の集団と認定されて、巣を焼き払うという判断がなされてもおかしくはなかった。この世界の人間が、こちらの道理が通じないからと、ゴブリンの巣を全滅させるのと同じように……。
「せめて、体裁を取り繕うぐらいの事はしてほしかった」
コウは、しみじみと愚痴る。ヴィレッツァ王国の宰相が、宰相としてコウ達の暗殺を命じたことはユキの記録に残っている。記録の改ざんは当然ながら重罪だ。
「確かに、それは予想外の出来事でしたが、致し方ありません。後はコウがどう決断をなさるかです。残念ながら私たちにこの件に関して参考意見を言う事は可能ですが、決定権はありません」
「それくらいは、言われなくても分かっている。今更、善人ぶるつもりはない。ただ、思った以上に、私はこの惑星の住人に対して愛着があったようだ」
当然ながら、戦争で相手を倒してきた以上、敵国の軍人というだけで罪もない大勢の人間を殺している。自分が攻撃した敵基地には罪もない一般人が1人もいなかったというつもりもない。
「よし、先ずは宰相及び国王に対して、一応ホログラムで身柄の拘束に応じるかを伝える。応じなかった場合報復攻撃をすることも併せてな。報復攻撃はスラムの暗殺ギルド及び、城壁のみとする。それも攻撃の1時間前には勧告を行う。今回は宰相と国王以外に我々の姿は現さない。今後の活動がしにくくなるからな。鳥のホログラムでも使ってスラムと城壁の周りには勧告しよう」
「随分と、まどろっこしい事するんだな」
サラが半分呆れたように言う。まあ自分でもそう思う。
「よろしいんじゃないですの。わたくしは嫌いじゃありませんわ」
「あたいも別に、嫌いってわけじゃないさ。ただ面倒くさそうと思っただけさ」
いつものようにサラとマリーが言い争いを始めると、空気が少し緩んだ気がした。
「では、それで決定だ。ユキ頼めるか」
「はい。承知いたしました」
ユキは淀みなくコウの命令に従った。
その頃、ヴィレッツァ王国の宰相ギスバルが、国王であるミュロスに暗殺の報告をしていた。
「今頃は、すでに冒険者共はこの世にいないと思われます」
「ふむ、よくやった。多少金がかかったとはいえ、その分リンド王国への食料品輸出の税金を上げてやればよかろう。こちらから買うしか方法が無くなったわけだからな。まあ、ルカーナ王国とは話をつける必要があるな」
そう言って上機嫌で、グラスに満たされた酒を口に運ぶ。その時突然、2人の前に男が現れる。年若い、まだ少年と言ってもいいぐらいの年齢だ。だが、その男は年齢に似合わない重々しい口調で2人に通告する。
「ヴィレッツァ王国の国王ミュロス、及び宰相ギスバル、他国の軍人に対しての殺人未遂及び他国の所属艦への破壊未遂の現行犯として、身柄の拘束を要求する。求刑は簡易略式裁判にて、懲役150年、従わない場合は我が国に敵対したと認識し、王都及び王城を攻撃するものとする」
そう言うと、男は直立不動のまま2人の前に黙って立っている。コウはどうせ理解出来ないだろうというのと、連邦の名の下で攻撃をするのはためらわれたので、勧告には他国という言葉を使った。元の世界では連邦の名の下に行わなければならないが、この場合は一応セーフであろう。
「何を訳の分からぬ事を、衛兵!衛兵!」
国王が叫ぶな否や、扉の外から衛兵がなだれ込んでくる。
「無礼な、そやつを切り捨てい!」
衛兵が、命令通り男に切りかかるが、すり抜けるだけで、手ごたえがない。
再び男が口を開く。
「再度の攻撃の意思をもって、従うつもりが無い事を確認した。これから鐘一つ分後、攻撃を開始する」
そう言うや、男の姿は現れたのと同じように突然消え去った。
スラム街と、城壁周辺に、夜だというのに白く輝く鳥が飛び交っていた。しかもその鳥は人の言葉を発している。
「勧告します。スラムの暗殺ギルド、及び王都及び王城の城壁付近にいる一般市民の皆さん、この国の国王及び宰相は、犯罪者でもない他国の人間に暗殺者を送るという、罪を犯しました。報復としてこれより鐘一つ分後、攻撃を開始します。攻撃範囲内の身の安全は保障できません。直ちに退避を勧告します」
そう繰り返し、しゃべっている。誰かが石を投げてみたが、当たってもまるで何もないかのようにすり抜けていく。王都の住民は不気味に思ったが、言われているのがスラムと城壁周辺というのもあり、逃げ出したものはいなかった。
「時間です。移動したものは居ないようです。ただ、暗殺者ギルドだけあって周りには関係者しかいません。城壁も全部破壊するというわけでなければ、一般人の被害は無いでしょう」
ユキが報告すると、
「攻撃開始」
コウは短く命令した。
王都ザゼハアンの遥か上空、宇宙空間にこの世界に非ざる巨大な船が浮いていた。ユキの本体戦闘母艦ユキカゼである。ユキカゼから無人の戦闘艦が1隻のみ発艦する。その戦闘艦はデブリ破壊用の小型荷電粒子砲を惑星へと向けると、発射を開始した。ユキカゼの最も小さな砲塔でも、コウの希望をかなえるには攻撃力が大きすぎたための処置である。星間国家の基準で言えば攻撃とはみなされない行動だが、少なくともこの惑星においては多大なる攻撃力を持った破壊行為が開始された。
夜空から光で出来た槍がヴィレッツァ王国の王都ザゼハアンに向かって落ちてくる。それは構成員以外場所が分からないはずの暗殺者ギルドを正確に貫き、爆散させていく。直撃は食らってないものの、建物の破片があたりに散らばる。スラムへの攻撃が終わると次は城壁に次々と降り注ぎ、城壁を爆散していく。あまりの大きな音に、王都の民が見たのは、自分たちを睥睨していた王城の壁と、周りを囲っていた強固な城壁が、なすすべもなく崩れ去っていく姿だった。
この日王都ザゼハアンの暗殺者ギルドは全滅し、城壁は数カ所の兵士が詰めていた物見の塔を除いて崩壊した。
後書き
コウ達から見たらこの惑星の人間は原始人です。しかも魔法が使える、遺伝子的には自分たちとは違う生物です。もし自分たちと偶々姿が似ていなかったら、また、しばらく暮らして友好的な関係をもっていなかったら、攻撃的な危険生物生息地域として焼き払っていたかもしれません。それ位の文明格差と認識の違いがあると考えてください。
ただ何も考えずに城壁だけを壊したわけではありません。それは後のお楽しみで。
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