第63話 出港準備

 2日間、酒を飲んで、食べて、眠ってと非常に怠惰な生活を送った後、シンバル馬を買いに出発する。正直、お金は十分あるものの、あの生活を続けていたら、どこまでも落ちていきそうで怖くなってしまった。まあ、どこかでユキが注意をしてくれたとは思うが……。

 ちなみに生活態度の方面に関しては、すでにサラとマリーには期待していない。自分以上にこの世界になじみすぎである。ユキ曰く、ここまで短期間になじめたのはコウの英才教育の賜物ですね、との事。自分が悪いのか、いや、元々のAIの性格設定に問題があったに違いない。


 いつものように、ギルドに顔を出して、レアナにシンバル馬を買いに行くことを伝える。


「いつも思うんですけど、コウさん達って、あまり休息をとられないんですね。この間も王都観光とかいって、結局闘技大会に出たりしてましたし……。休めるときに休むのも、冒険者にとって重要なことですよ」


 レアナが心配そうに言ってくる。レアナが言っていることは、コウが若かりし頃徹底的に叩き込まれ、そして昇進した後は、若い者に叩き込んだ教訓だった。だが、まあそんな事を言う訳にはいかない。


「うん、まあ、あんまり休んでると、体が鈍るし。それに、冒険の合間にゆっくり休むのは、もうちょっと年を取ってからでいいかな、と思ってるんだ」


 と言葉を濁す。なんかパーティーメンバーの他の3人の視線が痛い。600歳超えの爺が何若者ぶってんだ、とか思ってるんだろう。だがそこは、ああそうさ、自分でもそう思っているよ、と開き直る。世の中開き直ったものが勝ちだ、と昔の偉い人が言っていた、というのを聞いたことがある。データチップにもない情報だが、間違いない。


「それに、いろんな所を見て回るのは楽しみでもあるんだよ。自分たちにとってはね」


「そうですか。それでは気を付けていってきてくださいね」


 いつものように、レアナの笑顔と、冒険者の男性の嫉妬の視線を受けながら、冒険者ギルドを後にし、王都へと向かった。


 王都からは定期的に北へ向かう船が出ているし、その他にも商会所有の船が出ているので、大小を問わなければ、ほぼ毎日といっていいぐらいに北、正確にはセタコート運河を通り、海岸沿いに北方諸国に行く船が出ている。

 シンバル馬は北方へ行く船の補給地点として栄えているイコルという港町から東に広がる草原が産地だった。もちろんイコルでも買うことはできるが、イコルにいる良い馬はすでに軍によって購入されていることが多く、掘り出し物を見つけるには産地まで行って、生産者と直接交渉するしかないらしい。

 昔は遊牧民がシンバル馬を育てていたが、リューミナ王国に編入され、定期的にウマが購入されるようになると、段々と定住する者が増え、今では定住する者の方が多いそうだ。

 なので、生産者を求めて草原をさまよう、みたいな事は殆どしなくてもいいようだ。


 王都について、港でそういった話を聞くともう夕暮れだった。急いで宿を探す。幸いなことに前に宿泊した“静寂の泉亭”の部屋が空いていた。部屋の場所こそ違うものの、前と同じランクの部屋を頼む。護衛依頼を受けるならともかく、乗客として北方に向かうので、適当な船が見つかるだろうと思い、今回は1泊だけの料金を払った。もはやお金に関しては気にするような身ではないのだが、無用な無駄遣いはトラブルの元なので避けておく。

 夕食は宿の近くのあまり格式張っていない店を教えてもらった。宿で食べても良かったのだが、どうも暫くジクスで宿の中でダラダラしていたせいか、外で食べたい気分だった。高級宿お勧めの料理店だけあり、比較的高級な店の部類に入るが、そこまで格式張っているわけではない。ラフな格好をしている人もそれなりにいた。

 そこで名物料理のウシル海老の丸ごと料理を注文する。大きさは全長50㎝ほどあり大きな爪がある海老だ。身は蒸して食べ、みその部分はクリームソースとあえてパスタにかけて食べる。そして爪の部分は焼いて食べる料理だった。濃厚な味が口の中に広がる。元の世界では、見かけ上は伊勢海老の身体に、オマール海老のものをさらに巨大にしたような鋏を持っているような海老だった。もっとも元の世界で伊勢海老やオマール海老の現物は食べたことはない。生物図鑑のデータで知るのみである。とっても美味い物らしかったが、軍人としては高給取りだったとはいえ、所詮は公務員。天然物など食べられるような身分ではなかった。


 次の日朝早くから港に行き、イコルに寄る船を探す。海の上を行くので鎧は着けず普段着だ。装備も亜空間ボックスの中である。

 自分たちの食料は自分たち持ちで、収納魔法があるために場所は取らない、という条件だとすぐに見つける事が出来た。客室があるような3本マストの、この世界ではそれなりの大きさの船で、王都の大商会が所有している船だ。船員の予備室を使う場合はイコルまで10銀貨だが、客室を使うとなると一室2金貨だった。少し高いような気がするが、船のスペースが限られている以上仕方のないことだろう。

 ただ、出発は明日だったので"静寂の泉亭"にもう1泊泊まることにし、王立図書館へと向かう。海の幸、違った、海のモンスターを調べるためだ。


「図書館かあ、まあ良いけど、あたいもマリーみたいに闘技大会に出てみたかったなあ」


 サラが残念そうに呟く。


「今日は平日ですし、無理ですよ。それに海の幸、失礼、海のモンスターを調べておくのは事前情報の収集として重要な事です」


 ユキがそう言ってサラを窘める。それは良いが、なぜ、海の幸という所で自分を見るんだ?ユキの方がどう考えても乗り気だろうに。


 昼食を屋上でとり、図書館で海に関して調べる。基本的に漁船程度ならともかく、今回乗るような、50mを超える船を襲うようなモンスターは殆ど居ないらしい。

 考えてみたら50mを超える船を襲うような大型モンスターが、食らいついた挙げ句、食べることが出来るのが中の人間だけぐらいだと効率が悪すぎる。よほど知能が低くない限り、餌とは認識されないだろう。

 まあ、事故でたまたま泳いでいるところにぶつかって怒らせる、という事はあるみたいなので、全く襲われないという事は無いみたいだが。

 海で最も危険なのは人間、つまりは海賊だった。大規模なものだと船5隻以上、ほぼ全員が戦闘員のため、兵力としては300人以上という海賊団も居るらしい。

 陸の盗賊と比べて規模が大きいのは、船自体に多くの船員が必要なためと、一回の襲撃の収入が多いためだろう。何せ運ぶ量が馬車とは桁違いだ。


 戦闘に関しては基本的に船に直接乗り込む接舷せつげん攻撃がメインだ。ただ、戦闘員の少ない商船側は接舷された段階で降伏する事が多い。

 商船側は接舷させないよう、海賊側に火矢や投石や魔法による攻撃を行い、海賊側は商船を沈める事が出来ないため、その攻撃を凌いで接舷する。これがこの世界での商船と海賊の戦い方だった。


「サラ、投石機の石のような物を沢山用意しておいてくれ。材質は鉄で良いかな」


「良いけど、なんかあるのか?」


 奇妙なコウの命令を、サラが疑問に思って聞く。


「この世界にはまだ原始的な大砲も無いみたいだからな。海賊に襲われたらサラにそれを投げてもらって、敵船を破壊する」


「でも、今回は客として船に乗るんじゃないのか?」


「そうだが、負けた場合は客で乗ってようと、護衛で乗ってようと関係無いだろう。そして負けた場合、我々は奴隷として連れ去られる可能性が高い。

 もちろんそれに素直に従うつもりは無い。どうせ戦うのなら、人質とかそういう面倒臭いのは無い方が良いだろう?」


 コウはサラの疑問に丁寧に答える。どうせ自分たちの非常識さは結構広まってるはずだ。この間ダンジョン攻略でもやらかしたらしいし。多少海賊に襲われた時に非常識さを見せても誤差の範囲だ。それにまだ襲われると限った訳じゃない。襲われなければ何も問題ない。


 こうして、段々とコウはたがが外れていった。


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