第195話 クーゲン

  次の日コウ達はニルナの街を出発した。馬の背中に揺られながら昨晩の調査結果を聞く。


「ポミリワント山脈の中の空洞で、外部との接触が直接できず、尚且つナノマシンでの観測ができない場所となりますと、1カ所のみでした。場所的には山脈中央部の北側にあります。完全に人工的なものではなく、元は洞窟だったものを、入り口をふさいで作ったようです。元の入り口から約1㎞は土砂で埋まっています」


「ふむ。遠回りになるが仕方がないな」


 ポミリワント山脈はフラメイア大陸の北部にあって、ほぼ東西に一直線に走る、8千m級の山々が連なる巨大な山脈である。リューミナ王国との国境線にもなっており、この山脈から北が北方諸国と言われる国々だった。7カ国あるが合計で400万人ほどの人口だ。鉱物資源が豊かなためか、ドワーフの人口割合が多い。7つの国のうち一つはドワーフの国である。

 目標とする地点はニルナから真西に行った所にあるのだが、コウ達は一旦北上して海岸沿いに西に進もうとしていた。理由はただ単に新鮮な海産物が食べたかったからである。大きな街は基本的に海岸沿いにあるし、今までの経験から山沿いに新鮮な海産物料理があるとは考えにくかったからだ。

 確かに召喚というのは興味はあるが、教団は逃げないだろうし、街で何か別の情報が入る可能性もある。

 

 季節は秋口、ポミリワント山脈はかなりの部分にもう雪が積もっている。海から吹く風も涼しいというより、寒いものに近くなっていた。


「そう言えば教団は神託の巫女とかいうことも言っていたな。その人物については何か情報はあるかね?」


「詳しい情報は残念ながらありません。私達がこの惑星に降下する前に、人前には姿を現さなくなったようです。予言と言われるものの的中率は高いと噂されています。ただ予言内容が人の死と、天候不順なのでどうなんでしょうね」


 ユキが懐疑的な答えを返してくる。人の死は暗殺などによって、予言が的中したと見せかけることもできるし、天候など当たったからと言って、体感的に余り凄さを感じない。惑星全体を人工衛星とかで観測できない以上難しいというのは分かるのだが、それでもある程度のことは過去のデータから予測できるのではないだろうか。


「デモインが祈りをささげていたようだが、教団の教祖というわけではないのか?」


「それは違いますね。教団の設立は神託の巫女と呼ばれるものが現れる前からあるようですから。ただ、勢力を広げたのは神託の巫女が出現してからですね。教祖の娘という噂もありますが、確固たる証拠はありません」


「ドレッド卿は邪教と言っていたが、その辺りは実際のところどうなのかね?」


「少なくとも多数の信者がいる既存の宗教の熱心な信者からはそう思われていますが、国家として、教団そのものを取り締まっている国はありませんね。ドレッド卿が選挙に当選したら分かりませんが。

 どちらかというとレノイア教の方が既存の多神教の神を認めないため、一方的に敵対視している感じはあります。また新興宗教にありがちなことですが、既存の体制に不満を持った信者が多く、反社会的な信者もいます。それを利用している上流階級もいるのですが、教団自体が犯罪行為をやっているかというと、微妙です。怪しいけれども証拠不十分といったところでしょうか。デモインの場合も教団が指示をしたというわけではないようですし……」


 ユキの説明を聞いて、コウは考え込む。明確に犯罪組織というわけでないのなら、いきなり本拠地に乗り込むというのは考え物だ。それに、今回の目的は神の使徒の召喚というものがどういったものかを見るためであり、教団を潰すことが目的ではない。寧ろ下手に逃げられてバラバラになってしまったら面倒だ。


「いっそのこと、一時的に信者になっても良いかもな。いや、そんなことで、いきなり秘術を見せてくれるわけも無いか」


 コウはそう呟く。


「珍しく悩んでるんだな」


 そう言ってサラが少し物珍しそうにコウを見ている。


「そうかね? 私はいつも悩んでいるつもりだが」


「そうかもしれないけど。人の嫌がらせを考えてるイメージしかないなあ」


 相変わらず失礼なことを言う奴である。


 そうこうしているうちに昼飯時になったので、小休憩をする。白鳳号と黒竜号のためにたっぷりと飼葉を取り出し、自分達にはフルーツタルトを取り出す。蜂蜜たっぷりの奴だ。飲み物はホットワインだ。それもただワインを温めたものではなく、サングリアの様にワインには蜂蜜と果汁が混ぜてある。アルコール度数は少し低いが、身体はこちらの方が温まる気がする。ただ食べ物も甘かったため、口の中がなんだか甘ったるくなってしまった。口直しに少し濃いめの紅茶を飲む。


 コウ達が昼食を食べ終わったころ、近づいてくる集団があった。先頭に立つのは2mの半ばもあるような大柄な男で、ローブを着ているものの、そこからはみ出た手足はまるで丸太のようだ。周りにはほかに10人の人間がいるがいずれもローブを目深にかぶっていた。怪しいことこの上ない集団である。

 ただ、堂々と歩いてきており、雰囲気的には盗賊という感じはしなかった。何事も無く通り過ぎていってほしかったが、自分達の前で止まる。


「その馬、その恰好、貴様らが“幸運の羽”というパーティーか?」


 先頭に立つ大男がそう問いかける。


「そうですが。あなた方は?」


「俺はレノイア教の司教クーゲンだ。教団のニルナの街の支部を潰してくれたそうだな」


 男が威圧的に言ってくる。


「いえ、潰していませんよ」


 コウがそう答えると、


「そっ、そうなのか。これは失礼した。何か行き違いがあったのかもしれんな。おい、情報は確かだったのか?」


 慌てて横にいる人物に男は尋ねる。


「そんなことを私に聞かれましても……。すみません。デモイン様を捕まえたのはあなた方ですよね」


 睡眠薬は注入したが、自分たちが捕まえたわけではない。捕まえたのはあくまで警備兵である。


「違いますよ」


 再びコウは否定する。


「嘘を言っているのではないようです。あれ、おかしいですね」


 男たちが混乱している。嘘は言っていないが男たちが言いたいことは分かる。


「嘘は言ってませんが、混乱することを申し上げて申し訳ありません。デモインを捕まえたのはニルナの街の警備兵です。私達は協力したにすぎません。デモインが捕まったのは誘拐を犯したからです。一応個人の罪として裁かれていますが、あなた方の言い分からすると、その犯罪は教団としてやったということでしょうか? そうなると教団そのものが裁かれることになりますよ」


 ユキがそう問いかけると、大男がたじろぐ。どうやら単純に復讐のつもりで来たのだろうが、教団自体が犯罪者として裁かれるとは考えてなかったようだ。


「クーゲン様。冒険者を殺せば、どの道犯罪者ですよ。そのつもりでこられたのでは?」


 別の人物がそう囁く。


「そうだったな。悪いがお前達には死んでもらう」


 そう言って大男は、ローブを脱ぎ捨て、背中に背負っていた大剣を構えた。


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