第196話 神徒ツテンダード
クーゲンと呼ばれる男がこちらに剣を向けるのと同時に、他の者達も戦闘態勢に入る。呪文を唱えて始めたものもいる。が、クーゲン以外は一斉にまるで凍ったように動きを止める。
いつもの通り構えた時点で鋼糸で首を落とそうかとも思ったのだが、中々に面白い奴だったので、真面目に相手をすることにする。場合によっては生かしておいても良いかもしれない。
「む? 貴様ら何をした」
周りの人間が一斉に固まったので、クーゲンはうろたえている。
「ただ単に、真面目に相手をしようと思ってね。場合によっては君達を生かしておいても良いと考えている」
「ふざけるな!」
みるみるうちにクーゲンの顔が真っ赤になる。分かりやすい男だ。しかし、こんな者が司教とはレノイア教は大丈夫なのだろうか。
「サラ。相手をしてやってくれ。とりあえず殺さないようにな」
「りょーかい」
サラはそう言って背中の剣を取り出す。サラが持っている剣はクーゲンの物と刃渡りはほぼ同じだが、幅が広く、分厚い。まるでペーパーナイフとアーミーナイフの違いのようだ。クーゲンは自分の剣より大きい剣を持つ者に会ったことがないのか、僅かに戸惑いが見て取れる。
「ふん。見掛け倒しの剣を持って粋がりおって、そのような剣ではまともに振ることすらできまい。ん?」
そう言ってるクーゲンの額に一筋の傷が入り血がにじみだす。サラはいつの間にか剣を肩に担いでいる。高速で額を切ったのだが、クーゲンは気付かなかったようだ。正にこれが目にもとまらぬ早業という奴だろう。
「面妖な技を使いよって」
「じゃあ今度は分かりやすいようにしてやるぜ」
サラがゆっくりと、通常の人間からすると素早く剣を振り下ろす。ガキン、という音と共にサラの剣がクーゲンの剣に止められる。
「ふっ。俺を舐めたのが貴様の失敗よ。確かにその剣を振るだけの膂力があることは認めよう。だが、どんなに力があろうと、この状態からその剣とお前の体重を足した以上の力はもう加えることはできぬ」
クーゲンはそう言ってニヤリと笑い、腕に力を入れる。
「ああそうだな。で?」
クーゲンが力を入れても剣は動かないどころか、段々とクーゲンの方へと下がっていく。
「ば、馬鹿な。俺は1tの岩ですら持ち上げることができるのだぞ」
そう言って、額に汗をかきながら、力を入れるが、全く変わらず剣はじりじりと下がっていく。たまらずクーゲンは飛び下がる。
「くっ、なりたてとは言え、流石はAランクといったところか。人間としての負けは認めよう。だが神の使徒として負けるわけにはいかぬ。我が神より授かりしこの力にて貴様たちを討ち果たす」
そう言うと、クーゲンは胸から碧い宝石のついたペンダントを取り出し、握りしめる。宝石が光りだし、握っている指の隙間から光が漏れる。クーゲンが光に包まれる。
(我は汝、汝は我。我、解放されし力をもって、汝の力となさん)
頭の中にそんな声が聞こえてくる。
光りが収まった後に現れたのは、身の丈5mはある筋骨隆々とした巨人だった。その手にはサラの物よりはるかに巨大な剣を携えている。
「我は神徒ツテンタード。神の敵を葬り去らん」
神速ともいえる速度でその剣をサラに向かって振り下ろす。剣がぶつかり合い火花が飛び散り、衝撃波が発生する。
コウが横に飛びのくと、そこに巨大な剣が突き刺さった。正確には剣全体ではなく、剣先から半分ほどだ。残りの半分はサラの前の地面に埋まっている。
「いやー、悪いね。そちらの攻撃が予想以上だったんで、上手く手加減できなかったんだ」
ポリポリと照れくさそうにサラが頭をかいている。ツテンタードが、半分になって地面に埋まった剣を握ったまま呆然としている。
「で、どうする? まだやる?」
「……」
現れた時とは違い唐突にその姿は消え、その場所にクーゲンが現れる。クーゲンも呆然としている。
「他の者の記憶によると先ほどの現象が神徒召喚と呼ばれるものみたいですが、別に異世界からの召喚ではありませんね。後、この者達ですが、裏の社会での荒事に携わっていただけなので、殺すのは微妙かと。
いわゆる用心棒役をやっていたようですね。手を出してきたものに仕返しをするとか、逆に信者を守るとか。暗殺や誘拐などもやっている者はいるみたいですが、この者達とは別ですね。いかがしましょうか」
「じゃあ、放っておこう」
コウ達は呆然としたままのクーゲンを置き去りにして先に進んでいった。コウ達が地平線のかなたに消えるまでクーゲン達は誰も動かなかった。
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