第254話 ウォルガン王との謁見

 船はゼノシアに寄らず、その対岸の元はヴィレッツァ王国の関所だった場所に接岸する。以前コウ達が不快な思いをした関所だ。今は関所といっても国境の関所ではなく貴族領のそれに代わっている。それにしても変われば変わるもので、そこにいた兵士の動きはきびきびしたものになっており、不正を行なっている様子も見受けられない。規則通りにキッチリと手続きが進む。前回のように法外な通行料を吹っ掛けてくる兵士もいない。


「同じ場所だというのに、上が変われば変わるものだな」


 コウは感心してそう呟く。


「なんでも悪質な汚職を行なっていた者は首を切られたそうです。比喩的な意味の方ではなく、物理的に。その辺りはレファレスト王は容赦がないですね」


「結構なことだ。まがりなりにも軍人が不正を働くなどあってはならんことだよ」


 コウは自分が軍人なこともあり、殊更軍人の不正には不快感を覚えていた。不正を働きたいのなら犯罪組織にでも就職すればいい、そんな感じだ。実際にはそう簡単な問題ではないのだが、自分自身が規律というものを重視せねばならない立場にいただけに、許せない気持ちの方が大きい。


 通る道は前回と同じだったが、全体的に農民やその他の住人に活気が戻っている。少なくとも餓死寸前の村人があふれているような場面には遭遇しなかった。ただやはり災害や戦争の傷跡は未だに癒えたとは言えず、リューミナ王国の北部、つまり元々リューミナ王国だった土地と比べると痩せた人の姿を多く見かけるし、服装なんかも貧相なものを着ている者が多い。それでも、人々の表情が前回とは雲泥の差だ。


「よくもまあ、このような国民を抱えて、あれだけの兵力を動かせたもんだ。よほど入念に準備していたみたいだな」


「それよりも、リューミナ王国に自分の国が滅ぼされたというのに、余りリューミナ王国に不快感は持っていないようですね」


 ユキが少し不思議そうに聞いてくる。


「ああ、それは君たちには理解できないかもな。人はつまるところ良い生活をさせてくれるのなら、政治はどうでも良いのだよ。それこそ独裁政治だろうが、王制だろうが構わないんだ。民主主義国家から専制国家が誕生した話なんて幾らでもあるしな。だが、民主主義以外は最終的には、国民の意にそわない国家になってしまうことが多い。何代も優秀な為政者が続くわけじゃないからね。それよりは多少能力は劣っても、国民の代表が政治をする方が良い。そうは言っても連邦内の国家ですら制度が形骸化している国家はあるけどね」


 AI達にとって所属する国家に対する忠誠は絶対なものだ。こればかりはリミッターを外せない。もしコウが連邦を裏切るような行為を働けば、ユキは容赦なく自分を捕縛するだろう。場合によっては殺される可能性もある。そしてユキたち自身はもし支配者が代わるようなことがあったら、自滅するように作られている。何と言っても機密情報の塊だ。敵の手に渡すわけにはいかない。

 

 前回よりも楽な気分でリンド王国へと旅を進める。途中で暗殺者に襲われることもなく、巨大な門があるリンド王国の入口へと着く。相変わらず門の前に貧相な小屋が建っている。


「おお。再びお会いできるとは。なんでも各地で活躍なさっている様子。今回はどんな用件ですかな」


 そう言って小屋から出てきたのはフィーゴだった。


「リューミナ王国の使者ですかね? 親書を持ってきました」


 使者と言うより全権大使に近いのだが、フィーゴにそこまで言う必要は無いだろう。


「使者ですかな? いったい何用でしょうか?」


 リューミナ王国の拡大政策は今は周辺諸国に知れ渡っている。だからといってどうにかできるわけではないのが、各国の現状だが。それでもフィーゴは僅かに警戒の表情を浮かべる。


「流石に、こんな場所でペラペラとはしゃべれませんよ」


「それもそうですな。いつかコウ殿達とはゆっくり飲みたいものですな」


 この旅が終わった後もフィーゴはそう思ってくれるのだろうか。そう思いながら入国税を払って門をくぐる。


 それからリンド王国の王都までは寄り道をすることなく進む。どう言葉を飾ろうと、併合の交渉に行くのだ、その国で遊ぶ気には流石になれなかった。


 そしてエメラルドグリーンの湖に黄金に光る城が見える王都へと着く。門に到着するとリューミナ王国の使者でやってきたことを門番に告げる。もっとも使者である証拠の封蝋がしてある手紙を見せることなく、中に通してもらったが……王家の友諠の証は親書よりもよほど信用があるらしい。そんな大事なものを宴会の席で渡すってどうよ、と今更ながらに思ったが、ここは考えたら負けだと無理やり思考を、今回の交渉の落としどころへと向ける。


「おお! 心の友達よ。遠路はるばるご苦労であった。なんでもリューミナ王国国王よりの親書を携えているとか。親書は明日確認する故、今日はゆっくり飲もうではないか」


 相変わらず、フレンドリーにウォルガン王が接してくる。飲むといってもまだ昼前である。わざと宴会をするような時間を避けてきたというのに、全く意味が無かったようだ。だがここで押し切られるつもりはない。


「いえ、今回はそう簡単な用件ではないのです。できれば、いえ是非宴会の前にすませておきたいことなのです。その後もし、陛下が宴会を開きたいとおっしゃられるのであれば、付き合いますよ」


「ふむ。そなたらの持ち込んだ案件で、大変なことでなかったことなどないのじゃが……どうしてもと言うのなら仕方がないのう」


 ウォルガン王は端から見てもしょんぼりとして、歩き出す。そんなに酒が飲みたかったのか……後、思い出してみたら確かにウォルガン王の言う通り、自分達の持ち込む案件は国家の存亡にかかわるもの、若しくは国家を挙げて行わなければならないものばかりだった。


「しかし、そなたらの顔を見る限り、あまり愉快な案件ではなさそうじゃのう。少人数の方が良いじゃろう。儂と宰相の2人が聞くということでよいかな」


「護衛はつけなくてもよろしいので?」


「そなたら相手に護衛? 残念ながら相手ができるような逸材はこの国にはおらんよ。それに儂はこれでもそれなりに人を見る目はあるつもりじゃ。危害を加えるわけではないのじゃろう」


 そう言って国王は隠し部屋というわけではないが、小さめの会議室のような所へと案内してくれる。


「さて用件は何かの」


「まずはこちらの親書をお読みください」


 そう言ってコウはレファレスト王の親書をウォルガン王に渡した。



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