第253話 データキューブの中身
コウ達は2日後グティマーユ伯爵の所有する船上にいた。伯爵が自慢するだけあって、前回乗った船とは比べ様も無いくらいスムーズにパズールア湖を進んでいく。今は伯爵が乗っていないため。完全に自分達が専有している状態である。船員もよく訓練されているのが動きからよく分かる。万が一でも沈没や座礁などあってはならないため、領内から選りすぐられた精鋭たちだろう。
「データキューブの解析が終了しました。どちらでお聞きになりますか?」
ユキが近寄ってきて耳元で囁くように報告する。
「此処で聞いても良いが……少しは真面目にして船室で聞こう」
船室は伯爵の個室を使わせてもらっている。伯爵が自慢するだけあって、船の中ながら広々とした空間を有している。
それぞれがゆったりとしたソファーに腰を降ろすと、ユキが説明を始める。
「まず、データキューブの年代ですが、約10万年前の物です」
それを聴くと大して期待はしていなかったものの、コウは少し落胆する。なぜなら10万年前といえば、人類が宇宙に上がるどころか、棒きれで獲物を捕っていた時代だからだ。他の星で作られたものの可能性もあるが、それはそんなに高くないように思えた。確かに異世界のものかもしれないが、それは自分達の世界のものではない可能性が高くなってしまった。
「中身ですが、大部分は娯楽映画です。そして背景に映っている星の配列を調査した結果、約2万年前に地球で撮影されたものに間違いありません。そしてその後10万年前のこの星での記録映像もありました。
これから推察するに約2万年前に私達同様にこの世界に飛ばされ、それがこの世界での10万年前だったと考えられます。つまりこの世界は時間の進み方も異なるようです」
確かに魔法が存在する世界だ、時間の流れぐらい変わってても不思議はない。こればかりは、比較データが無かったため、分からなくても仕方がない。
一度落胆したもののユキの言葉を聞いて俄然興味がわいてくる。
「ふむ。それは非常に興味深いな。続けてくれたまえ」
「はい。詳細は解析が完全に終わってからデータでお渡ししますが、概要をお話しすると約2万年前の元の世界の地球の文明を持った複数の人間が、ここの10万年前の世界に到着したということになります。規模的には約1000名前後だったと思われます。
それはこの世界に来てから撮られたと思われる映像と、その技術が跡形もなく消え去ったことから推察されます。要するに一緒に転移した機械は使えても、維持するだけの人数が足りなかったということですね。
このデータだけでは恒星間飛行能力を持っていたかどうかは不明です。ただ、年代的にはあったとしてもワープではなく、無慣性航行による光速での移動でしょう。これだけの人口の消失です。流石に記録に残っていると思いライブラリを参照しました。結果該当する事件が3件見つかりました。いずれも他星系への無慣性航行中に宇宙船が行方不明になったというものです。
当時は、発見されていなかったブラックホールに飲み込まれたということで最終的に結論付けられていますが、航路上にはそのようなものは実際にはなく、後世になっても謎の事件として扱われています。
この事件の宇宙船がこの惑星近くに転移してきた可能性は非常に高いと思われます。
そして、私達が今回転移しました。2つの世界の宇宙船が別の時代、別の場所で転移したにもかかわらず、この世界の同じような場所に転移した。これは偶然で片付けるには余りにも不自然です。結論から言うと、この世界と元の世界はなんらかのつながりがあると考えられます。
それにもし逆の現象、つまりこの世界から元の世界への転移が過去に起きていたと考えるのなら、ここの生物体形が地球の神話上に表されている生物に似ているということも説明できます。それに未だに解明できていない多くの謎の消失事件の説明もつきます」
「つまり、そのつながりが何なのかが分かれば帰れる可能性があるということか?」
予想外の収穫にコウとしても興奮が抑えられないほどだ。
「はい。しかも事件から推察して、超新星爆発のようなエネルギーを必要とせずに。元の世界でも謎とされている消失事件は数多くありますが、このデータキューブを持っていたと思われる宇宙船はそのような巨大なエネルギーの本流に巻き込まれた形跡はありません。
当然ながら宇宙船の航海データを記録しているデータキューブもあるはずです。そのデータを解析すれば元の世界に帰還できる可能性は高いと推察されます」
「そうか。元の世界に帰ることができるかもしれないのか……」
可能性は0ではないと思いつつも、限りなく0に近いと思っていた元の世界への帰還である。突然降ってわいたような帰還の可能性に、コウはしばらく目をつぶって考える。
「どうする? いまから王都に戻って、データキューブを残らず奪い取るか?」
サラがそう提案する。本来ならそうすべきなのかもしれない。情報取得のために未開部族をたとえ殲滅したとしても、大型艦3隻の価値に比較したら黙殺されるレベルだろう。だが、それをやってしまっては、自分が自分でなくなるような気がした。
「いや、止めておこう。あの王様と約束したからな」
「コウは騙すのは好きでも、嘘を言うのは嫌いですからね」
ユキがすかさずフォロー?を入れる。
「まあな。それに元の世界はこの世界の約5分の1の時間の進み具合なのだろう。ならばそう焦る必要もあるまい。それに、あの王様の力を使えば、我々が見逃したものも見つけてくれるかもしれない。なにせ、この世界には我々の目をごまかすことができる、魔法という技術があるのだからな」
それに今までは情報のじょの字も出なかったのだ。それを思えば、依頼を果たすのに労力を割くことを厭う理由などない。
それにしても、とコウはふと疑問に思ったことを口にする。
「この世界は元の世界の5倍も時間の進み方が早いのに、なぜこんなに発展してないんだ?」
10万年という時間は、元の世界だったら石器を使い始めてから宇宙に出るまでよりも長い時間だ。
「正確なところは学術調査をしなければ分かりませんが、私は魔法があるせいだと推察します。魔法は便利なものです。身体を強化し、生活の利便性を上げ、攻撃兵器の代用もできます。ただ便利すぎるがゆえに発展性がありません。今の技術レベルで魔法でできることを科学で行おうと思ったら、何代にもわたる長年の研究と多大なる予算が必要でしょう。それを行うだけの理由が見つけられないのだと思われます」
なるほど確かに逆に元の世界で魔法が発見されたとしても、今更大して発展しないだろう。本当のところは学術調査が必要だろうが、恐らくそう外れてはいまい、とコウは思うのであった。
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