第255話 ウォルガン王との交渉

 ウォルガン王は親書を開くとしげしげと読んでいく。途中で激高するかと思ったが予想に反して読み終わっても、特に変わった様子は無かった。


「ふーむ。考えていたより良い条件じゃが、それでものむことはできんのう」


 そう言いながら、ウォルガン王は親書をこちらに見せる。そこには丁寧な文章で併合への条件が書いてあった。概略としては、現国王を侯爵に任じ、高度な自治権を認める。独自の自衛権、独自の徴税権、独自の立法権、独自の行政権と言ったところだ。殆ど独立国家と変わらない。外交権が無くなるが、そもそも殆どがリューミナ王国かその属国に囲まれてしまったリンド王国にとって余りあっても仕方が無いものだ。ただ、治安維持という名目でリューミナ王国軍の駐留を認めることとあった。

 併呑するにしては破格の条件だとコウは思う。実際にウォルガン王も考えていたより良い条件だと言っている。ちょっとましな酔っ払いオヤジ、という感想しか抱いていなかったウォルガン王がリューミナ王国が併合を切り出してくることを予想していたというのが驚きだが。


「この条件でのめぬ場合の交渉はそなたらに任せてあると書いてあるのじゃが、儂がのめん理由が分かるかのう?」


 ウォルガン王の問いにコウは暫く考える。雰囲気から言って地位に不満があるわけではなさそうだ。条件からいって生活が変わることもないだろう。となると後はリューミナ王国軍が駐留することぐらいしかない。


「リューミナ王国軍が駐留することですかね」


 とコウが答える。


「そうじゃな。正確に言えば駐留すること自体が駄目なのではない。リューミナ王国が独自に捜査を行い、リューミナ王国が反乱者とみなしたものはリューミナ王国で裁かれるということが駄目なのじゃ。この国には多くの難民が移り住んでいる。ヴィレッツァ王国とは同盟国だったからのう。中にはリューミナ王国に抵抗した者もいる。リューミナ王国を憎んでいるものも多い。儂らドワーフは信義を大事にするもんじゃ。国の舵取りを行うものとしては間違っておるかもしれんが、彼らを売るような真似はできんのじゃ」


「レファレスト王は、無暗に元ヴィレッツァ王国の人間を捕まえないと思いますが……」


「今はのう。国王が何かのはずみで性格が変わるなどよくある話じゃ。それに代々その考えが受け継がれる保証もない。レファレスト王は傑物だと儂も思うが、子や孫もそうだとは限らんじゃろう」


「ですが、仮に拒絶したとしてどうするのです? 戦うのでしたら、この国は守りやすく善戦はできると思いますが、リューミナ王国としては戦わずとも食料の輸出を止めるだけで、この国は大量の餓死者が出ますよ。かと言って逆に攻めるのは難しいでしょう。ルカーナ王国方面は逆に戦乱で食料が足りないぐらいですし、奪い取るしかありませんよ。そちらだったら勝てるかもしれませんが、それこそ信義に反するのではないでしょうか」


 実際のところ、リンド王国の取れる選択肢は少ない。これが食料自給率の高い国であったらまた違っていたのだろうが。


「そうじゃな。こちらからよその国を攻めるつもりはない。逆に問いたいのじゃが、何かいい知恵はないかのう」


「良い知恵ですか……」


 中々難しい問題だ。ウォルガン王は確かに人が良すぎる。レファレスト王が懸念していたように、このままではリンド王国は反抗勢力の温床になりかねない。ウォルガン王が納得できるような罪状で裁かれれば良いのだろうが、どうやったら納得するだろうか。そこまで考えて、ふとユマール騎馬王国でダンジョンを作った時に使ったマジックアイテムを思い出した。


「対象者の過去を覗くというマジックアイテムがあります。それを使ってウォルガン王が納得した者だけが裁かれることにするというのはどうでしょうか」


「うーむ。そのマジックアイテムのことは知っておるが。あれは、使用者にしか内容が分かるまい。それにそう簡単に使えるようなものではなかったはずじゃが……」


「いえ、なんといいますか。たまたま誰でも使えて、尚且つ大勢の人が見えるように改造したものがあるんですよ。正確に言えば作ってもらったものはある場所に使いましたから、再度作り直す必要があるですけどね。作成時間はそんなにかかりませんでしたよ。そういった発想自体が無かっただけだそうなんで」


「ふーむ。それが本当なら一考の余地があるかのう。だが、それだけではのう。一戦してと考える将軍も多い」


 ウォルガン王は迷っているようだが、仮にリンド王国が善戦したとして、これ以上の条件が出るとも思えない。

 コウはおもむろにウォルガン王から以前貰ったマジックアイテムを取り出し、ポキリと折る。


「ある王様の説得に困ってます。助けてください」


 コウがそう言うと、国王は暫く目を見開いた後、大笑いをする。


「ウワッハッハ。それを持ち出して要請されたらどうしようもないわい。だか、大事なことゆえ、一応妃と相談して決めることにしよう。それでよいかな」


「ええ、構いませんよ」


 この国は表面上はともかく、実権は王妃が持っているのではないだろうか、とコウは思う。


「ところでじゃが、風の噂によると、新しい酒を作ったとか。少し飲ませてはもらえまいか」


 期待に満ちた目でウォルガン王がコウ達を見る。特に隠していたわけではないが、国王の耳に入れるような情報だろうか? 疑問に思いつつもコウは一樽とジョッキを取り出し、その場でジョッキへと注ぐ。芳醇な香りが部屋に満ちる。


「おお!聞きしに勝る良い匂いよな」


 そう言って、渡されたジョッキから酒を飲み始める。最初はちびりとだったが、本当に最初だけで、後はエールのようにぐびぐびと飲んでいく。


「これは味では分からないかもしれませんが、結構度数が強い酒ですよ」


 呆れてコウが注意するも


「大丈夫じゃい。元になったセイレーンのエール自体は、儂も何度か飲んだことがあるからのう。しかし美味い。予想以上じゃ。もう一杯くれんか」


 結局10杯を飲みその場で国王は酔いつぶれてしまった。高いびきをして無警戒で眠りこけるその姿は、豪華な服を着ただけのただの酔っ払いオヤジにしか見えなかった。

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