第119話 ヴァンパイアロード

 魔の森に入ってから3ケ月が過ぎた。遺跡を探索した後は、適当にモンスターを倒し、適当に温泉に入り、適当に食べるという生活を送っていた。せめて遺跡に何か記録があれば良かったのだが、記録と呼べるものは残ってなかった。幾つか文字が書かれたレリーフから、都市の名前や、昔あったと思われる彫像の名前、規模から10万人程度が住んでいたという事が分かった程度である。

 と言うか本当に、ドラゴンは手あたり次第お宝を中央の広場に集めていたらしく、宝物庫の跡は見つかったのだが、空っぽか、ほんの少しだけ持ち出し損ねた物がある程度だった。

 こういう場所では定番の、番人となるべきゴーレムなどのモンスターもいなかった。低レベルのものは壊され、かなり高レベルではなかったかと予測されるものは、ほんの一部を除いて消滅していた。おそらく自分たちが倒したドラゴンのブレスによって蒸発したのだろう。

 ちなみに、遺跡の中央に山積みにされていた財宝だが、流石一つの都市分だけあって膨大なものだった。芸術的価値や考古学的価値を考えないでも2,000白金貨以上、色々考えると3,000~4,000白金貨はありそうだった。クレジットに直すと3,000億クレジット以上である。

 今まで稼いだモンスターの素材と合わせると5,000億クレジット分はありそうだ。クレジットに直して考えると、途端に勤労意欲が薄れていく。と言うかここまでくるとこの世界の貨幣で考えても、クレジットで考えても、もはや実感が湧かない。

 どうやら自分は軍人が天職だったようだ。数兆クレジットを場合によっては数十兆クレジットを動かす金融マンや商社マンになっていたとして、成功していたとは思えない。多分万年平社員だったらまだましな方で、途中で解雇(くび)になっていたのではないだろうか。


 あくせくしていたわけではないが、完全に遊んでいたわけでもない。前回のドラゴン戦や、オリハルコン、ミスリル、魔法の武器でしかダメージが与えられない敵を見越して新しい武器を試作していた。

 一つは金とオリハルコンの合金を圧縮した物を素材とした武器。もう一つは銀とミスリルの合金を圧縮した武器である。色々な金属と配合比率を様々に変え、更に、この世界の太陽にぎりぎりまで近づき、地上では数億年分にあたる太陽光のエネルギーを与え、色々試していたのだ。

 幸いにして、魔の森には実験対象となるべきモンスターに事欠くことは無い。そして納得のいく出来栄えになったのが前述の武器である。


 どちらの素材の武器も、内部に多量のマナを含み、頑丈で、重さもある。強いて欠点を挙げるなら、金とオリハルコンの方は黄金に、銀とミスリルの方は白銀に、昼夜関係なく、バイザー無しで直視するのはまぶしいくらい光り輝く事だろうか。目立つことこの上ないため、流石に自分たちもいつも装備しておくのはためらわれた。だが威力は折り紙付きのはずだ。どちらかと言うと、どれぐらいの威力なのか試したいところだが、適当なモンスターが居ないというのが問題である。


 魔の森で1体の伝説のモンスターが蘇ろうとしていた。いや蘇る、という表現はおかしいかもしれない。倒されていたわけではないのだから。そのモンスターの名はヴァンパイアロード。すべてのヴァンパイアの始祖とも言われる強力なモンスターである。

 この地方が魔の森ではなく、まだ国として栄えていた頃、倒すことがかなわず、何とか封印することができたモンスターである。だが、その封印はこの地方が魔の森となり、人々が再封印をしなくなったため、段々弱くなっていた。そして2000年以上の時を越え、遂に封印が破られたのだ。

 ヴァンパイアは風景の余りの変わりように驚くが、とりあえず近くにいた蝙蝠を、直ぐに配下に収め、探索を始める。自分が封印されている間に国が滅びたらしい。

 だが、直ぐ近くに4人組の人間がいた。無防備にも外で食事をしている。1人は男だが、後の3人は飛び切りの若い美女だ。起き抜けの食事としては申し分ない。そう思いヴァンパイアロードは巨大な蝙蝠に姿を変え、コウ達の下へと飛び立っていった。


 コウ達はバーベキューをしていた。部屋の中でゆっくりするのも良いが、たまに外で食べるのも良いものだ。しかし、今日はもう戦う気がないのに、邪魔をする無粋な輩がいるらしい。


「1時の方向、距離7,500m、高度200m、個体数1、種族名ヴァンパイア、戦闘力0.15~0.18、50㎞/hでこちらに向かって接近中です」


 ユキが報告してくる。


「全く、無粋なモンスターだ。しかし、そこまで強い奴が、こんなに近くにいたとは。センサーが故障しているわけではないよな」


「念のため、戦闘後にチェックはしますが、おそらく違うかと。所謂、封印されていたモンスターかと思われます」


「封印というのはセンサーもごまかせるのか。また一つ勉強になったかな」


 ユキの言葉に、やる気がなさそうな感じでコウは答える。


 暫くすると、人間大の大きな蝙蝠がコウ達の前に姿を現したかと思うと、マントを翻し真っ黒な衣装を着た人間が現れる。人間と違うのはにやりと笑ったその口に長い犬歯がある事だろうか。


「今晩は、宝石すら霞む、美しいお嬢さん方、そこの男よりも、私と過ごしませんか」


 人間に化けた、と言うかこれが本来の姿なのだろうが、モンスターはきざなセリフを吐き、大げさに一礼をする。


「うわ!あたいこういうタイプの奴って苦手なんだよな。いわゆる、きざったらしいという奴、あたいを作った艦長がそういうの大嫌いで、リミッターとか関係なく駄目なんだよ。うっ、ごめん吐きそう」


「そうですわね。わたくしは苦手というわけではありませんが、ここまでくるとちょっと、と思いますわ。流石に吐くのはどうかと思いますけど……」


「大分長い間封印されていたようですし、もしかしたら昔はこれが普通だったのかもしれませんよ。推測されるに2000年以上は封印されてたと思われますので、多少の時代遅れは仕方がないかと」


 女性3人から散々な評価を受ける。敵とは言え容赦ないなあとコウは思う。自分がもし恰好つけて、いきなりこんなセリフを投げつけられたら、心が折れるかもしれない。知性があるようなだけに、少しモンスターに同情してしまう。


 おかしい。ヴァンパイアロードは焦っていた。自分の強力な魅了は人間ごときが耐えられるようなものではない。しかも偶々1人が耐えたのならともかく、3人の女、全員が掛かった様子がない。


 3人の女達はおもむろに、立ち上がり、自分を取り囲み、どこからか黄金に輝く武器を取り出す。その瞬間、今までに味わったことがない苦痛がヴァンパイアロードを襲う。太陽の光を直接浴びた時ですら、これに比べたら痒い程度だろう。


「ぐああああ!」


 思わず、悲鳴をあげる。訳が分からないまま、蝙蝠に変身し、この場を逃げようとするが、蝙蝠になるどころか、身体の力が急速に抜けていく。


「おいおい、いきなりどうしたんだ?まだ、何もやっちゃいないぜ。大丈夫かよ」


 そう言って、黄金色に輝く巨大な剣をもってサラが近づいていく。


「がああああ!」


 敵はもはや正気でないらしい。転げまわって苦しんでいたが、それが収まり、身動きしなくなると、灰になってしまった。灰の中に大きな赤い色の魔石が怪しげに光っている。


「なんだったんだ?」


 サラが疑問を言ってくる。


「さあ?まあ、念のため、灰と魔石は集めて亜空間に収納しておいてくれ。ユキ、無駄かもしれないが、分析を頼む」


 コウとしても訳が分からなかったため、そう指示する事しかできなかった。

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