第207話 錦の御旗

 コウ達が交換所の男性と交渉?をしていると、受付の女性が近づいてきた。


「あの、すみません。ギルドマスターが“幸運の羽”の皆様と直接話をしたいと申しているのですが、お時間大丈夫でしょうか」


 少しおどおどとした様子でこちらに話しかけてくる。直接話をしたいということは教団関係だろう。


「ええ、大丈夫ですよ。ただ、ブラックオークを取り出してからで良いですか」


「それは勿論です」


 受付嬢はそう答えると、交換所の男性に早く倉庫に案内するように目くばせをする。交換所の男性は慌ててコウ達を倉庫へと案内した。倉庫の内部はそれほど広くはなかったが、死体を重ねればなんとか入りそうだった。気温も低いのでそうそう腐ることもないだろう。コウ達は次々にブラックオークを積み上げていく。丸々と太って200㎏近くはありそうなオークの死体を軽々と積み上げていく様を、男性は呆然として見ていた。



「もう終わったのですか?」


 コウ達がブラックオークの死体を取り出し終えて戻ると、受付嬢が少しびっくりして訊いてきた。


「ええ、基本的には収納魔法から取り出すだけですからね」


 少量ならともかく、あれだけ大量ともなれば生易しい仕事ではないはずなのだが、受付嬢は、Aランクの冒険者ならそういうものかも、と勝手に納得してしまった。この街でAランクの冒険者を見かけることなど殆どない故の誤解である。Aランクの冒険者が皆、オークの死体を軽々と積み上げられるわけではない。そんな離れ業が可能なのはいわゆるパワーファイターと呼ばれる一握りの人間だけだ。


「それではご案内しますね。どうぞこちらへ」


 そう言って受付嬢は、ギルドマスターの執務室へと案内する。執務室に入るとギルドマスターが、執務机から席を立ち、中央のテーブルへと移る。コウ達もそちらに座る。


「ある程度予想はされていたと思いますが、皆さんに教団の本拠地の探索とできれば幹部の逮捕を依頼したいのです。ただ、恥ずかしながら、Aランクの皆さんを雇い続けられるほどこの国は豊かではありません。教団の脅威が周辺諸国まで広がり、協力が得られれば話は別でしょうが……。それで相談なのですが、何かのついでで構いませんので先ほどの依頼を受けていただきたいのです。期限は設けていません。前金で20金貨、成功報酬で30金貨をご用意しています」


「良いですよ」


「そうですよね。幾らついでと言ってもこんな条件では……って、引き受けていただけるんですか?」


 ギルドマスターはてっきり断られると思っていたため、驚きの声を上げる。このような正体不明の相手の探索依頼などをAランクパーティーに頼むとなれば、幾ら何かのついでで良いとは言っても前金で白金貨の2枚や3枚は飛んでいくものだからだ。


「ええ、私達も命を狙われましたからね。その代わり、他の国にも私達が理由もなく教団を攻撃しているのではないことを伝えてくださいね。教団の信者も全部が全部罪人というわけではないでしょう。寧ろ罪人でないものの方が多いと思います。しかし、調査や幹部の逮捕となると場合によっては彼らを殺さざるを得ないかもしれません。その時に罪に問われるのは避けたいのです。また、幹部も逮捕できず殺してしまうかもしれません。それもご了承願えませんか」


「それは勿論ですとも。いや、なんとお礼を言ってよいやら。ともかく感謝いたします」


 そう言ってギルドマスターはコウ達に頭を下げる。コウ達にとっては欲しいのは公的権力のお墨付きであって、金額などどうでも良いことなので、こんなに早く依頼が来たことは嬉しい誤算だった。よほど焼け野原のインパクトが強かったと思われた。

 コウの予想は間違いではない。国の上層部は、下手をしたら自分たちが街ごと一瞬で焼き払われるかも知れないと想像して恐怖におののいていたのである。本当は焼き払ったのはコウ達なのだが、そこは教団の仕業ということになっていた。コウは報告する際に、なんらかの形でレノイア教が関わっている可能性が高い、と言っただけなのだが、上手い具合にそれを相手が誤解してくれたのだ。勿論誤解するような言い方をしたのではあるが……。


 宿に戻ると早速ミーティングを始める。ミーティングとは言っても、よほどのことがない限りコウは自分の考えを変える気はないので、事実上は命令するのに近いが、たまにそのよほどの事があるので、こういった過程は省けない。


「予定だとも少し西に行き南下するはずだったが、途中の街で襲われて巻き添えが出るのは避けたい。この街から真っ直ぐ南西に進んで直接、本拠地に行こうと思うが、異論はあるかね?」


 コウはAI達を見渡す。特に異論はないようだった。元々沿岸沿いに進むというのが、海鮮料理を食べたかったという理由だけである。人命と天秤にかけるようなものではない。正確に言えばこの街に滞在するのもリスクが0というわけではないが、新たに標的になりそうな街を作るわけではないし、今までの経緯から対処は可能と踏んでいた。


「では、ブラックオークの解体と海鮮料理の仕入れが終わったら出発することにしよう」


 こうして“幸運の羽”の短いミーティングは終わった。



 地中の奥深く、レノイア教の教団本部では何人もの人間が忙しそうに駆け回っていた。


「岩盤の補強や結界の強化はどれぐらい進んでおる」


 しわがれた声で、円卓にいた老人が近くにいた一人の男に声を掛ける。


「これはルツカード様。強化は今日中には終える予定です。後は最後の仕上げをルツカード様に行なっていただければ、この中にはたとえドラゴンだとて侵入不可能になります」


「ふむ。良かろう」


 そう言って満足そうに老人は顎を撫でる。


「忌々しいことだが、暫くはここに立て篭もるしかないようだの。神徒を降ろせる聖印は量産できるでもなし、誰にでも扱える代物でもない。ヒーレンが新たな司祭を早く探し出してくることを祈ろう」


 そう呟いて、老人は教団本部の見回りに戻った。

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