第245話 オーロラとの密談

 個室は執務室と同じぐらいの広さだが、調度品は執務室と違い、実用性よりも個人的な趣味を優先させているように感じる。ただ、個人のものかギルドのものかは分からないが、殆どのものが執務室にあるものより高価そうなものだった。促されて座ったソファーに使われている布も触り心地といいクッションの具合といい、執務室のものより断然上だった。

 オーロラは棚から繊細な細工がされたグラスと、高そうな酒を取り出しテーブルに並べる。


「堅苦しく話すのもなんだから、ちょっとお酒でも飲んで話しましょう。あなた達の持っているお酒にはかなわないけど、これもそれなりのお酒なのよ」


 そう言って、オーロラは自ら酒を注ぎ、コウ達の前にグラスを並べる。


「さて、何から。何から話そうかしら……先ずは魔石から得た情報を話すわね。と言ってもそう目新しい情報が沢山あるわけじゃないけど。先ずはレッドドラゴンから。あのレッドドラゴンは遥か昔に魔の森と呼ばれていた地域に栄えていた、アラオール王国を滅ぼした個体に間違いなかったわ。ドラゴンというのは強大な力を持っているけど、大抵は寝てるものなの。強力な個体であればあるほど長くなるわ。学説は色々有るけど、あの巨体を常時維持するだけの食料が捕れないというのが有力ね。その代わり起きたら周囲に壊滅的な被害をもたらすけど。

 で、あなた達が倒したレッドドラゴンは大体300年周期で起きて、魔の森で活動してたみたいね。でも、今回は前に活動してから100年ほどしか経ってないわ。当然寝ていたのだけど、起こして、人間が集中している所を教えた者が居たの。それがこの者達ね」


 そう言って、オーロラが腕をかざすとテーブルの上に神託の巫女とヒーレンの姿が映る。


「この者達は魔族と名乗り、起きたばかりとは言えレッドドラゴンが戦うのを躊躇うほどの強さを持っていたみたいね。あなた達が戦ったのはこの者達かしら?」


「1人はそうですが、女性の方は会ってませんね」


 コウは正直にそう答える。


「そう。次にヴァンパイアロードだけど、こちらもアラオール王国の賢者や僧侶といった者達が総出で封印したものらしいのだけど、ちょうど同じ頃に急に封印の力が弱まったみたいなの。

 偶然とは考え難いわ。なんらかの形でこの2人が関係してると考えるのが普通よね。

 ……念のために聴くけど、あなた達が封印を弱めたということは無いわよね。なんだかヴァンパイアロードに凄い武器を使ったみたいだけど」


 武器に関しては色々実験したため、完全に無関係か少し自信が無かったので、コッソリ思考通信でユキに確認してみる。


(あの武器を作ったとき、間違えて封印に関係するものを壊しちゃいないよな?)


(残念ながら不明です。そもそも何を使って封印していたのかが不明なため、どれも推測の域を出ません。強いて言えばヴァンパイアロードと呼ばれている個体の出現場所と、私達が実験をしていた地域が外れていたため、影響した可能性は高くはないといった程度です)


 ユキの返答に少しガッカリするが、仕方なく正直に答える。


「ええっと。可能性としてなくはないかと。ただ、武器を試してた所とバンパイアロードの封印場所は、5㎞以上離れていたので直接の影響は無いと思うんですが……」


「それだけ離れていたら影響は無いと言いたいところだけど……あなた達のことを考えると、決めつけない方が良さそうね。その武器見せてもらえないかしら?」


 オーロラが好奇心に目を輝かせて頼んでくる。


「良いですけど、何か光を遮るものが必要ですよ。前にエルフの国で出して、見たエルフ族の若者の目がつぶれかけましたから」


「それなら問題ないわ。その手のマジックアイテムを持ってるの」


 そう言って、オーロラは席を立ち、部屋にあった机の中から黒いモノクルを取り出して、目に装着する。


「目つぶしで強力な光を出すモンスターもいないわけじゃないから持ってたの。まさか武器を見ることに使うとは思ってなかったけど。これで良いかしら?」


 そう言ってソファーに座り直す。コウが合図をするとサラが亜空間からオリハルコンの大剣を取り出し鞘からゆっくり抜いていく、鞘からいくばくも抜かないうちに、モノクルにひびが入るのが見えたため、直ぐに剣を鞘に戻す。その瞬間モノクルが粉々に砕ける。

 オーロラは暫く目を押さえていたが、何とかソファーに座り直す。


「まるで太陽がいきなり現れたかのようだったわ。このマジックアイテムがこんなに簡単に飽和するなんて……でも、これで分かったわ。封印には無関係よ。だって、これなら封印を無視してヴァンパイアロードを消滅させられるもの。封印はヴァンパイアロードを守るためにあるんじゃないんだし」


 少し涙目だったが、オーロラは自説が覆されなくて、少しホッとした表情を浮かべた。


「これで、益々この2人が関与している可能性が高くなったわね。そして、あなた方が潰した教団の活動の中心にもこの2人がいた。そこから導き出された結論を言うと、魔族は人間の世界に侵略を開始しようとしている。理由は不明だけど。可能性は高いと思うわ」


「それで、自分達にその調査をせよ、と言うつもりですかね?」


 冒険者としては当然の疑問だが、それに対するオーロラの返答は意外にも否だった。


「当りと言いたいところだけど、恐らくそうはならないわ。陛下があなた達を呼んでるの。表向きは戦勝パーティーの招待ってことだけど、多分何か依頼されるはずよ。先ほどの調査依頼なら冒険者ギルドを通じて依頼すれば良いことだから、直々にということは国家の行方を左右するようなものでしょうね。

 魔の大陸に対する調査も、あなたたち以外、無事に帰ってこられるような冒険者のあてがあるわけじゃないしね」


「魔の大陸。魔族が住むという伝説の大陸ですね。概要を教えてもらっても良いですかね?」


 コウはオーロラにそう尋ねる。実際には魔の大陸自体の概要は初期情報で知っている。しかし、ここの人々がどの程度の情報を持っているのかが知りたかった。


「概要を話そうにも、何もかも不明。この大陸の北にあると言われている、ということぐらいかしら。伝説で言われているだけで、少なくともそこに行って帰ってきたものはいないわ。極まれに、我こそはと言って冒険に出る者もいるんだけど、さっき言った通り、帰ってきたものは皆無よ。だから情報は何もなし。存在さえ疑われているレベルだわ。あなた方が持ってきた情報や魔石から得た情報が無ければ、魔族の存在も信じなかったでしょうね」


 そう言ってオーロラは少し大げさに肩をすくめる。


「でも今は何か起きようとしている。人間同士の戦争とは違う何かが……それにあなた達は関与することになる。 ......これはただの私の勘よ。ただ前にも言った通りこの手の勘はよく当たるのよ」


 オーロラはそう言うとグラスを口に運び、酒をコクリと飲んでコウ達に微笑む。だがその眼は笑っていなかった。


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