第112話 リューミナ王国軍の侵攻(ヴィレッツァ王国北部編)

 ヴィレッツァ王国北部を大軍が移動している。先頭にリューミナ王国の正規兵の騎馬隊、次に正規兵の歩兵、次に非正規の歩兵、補給部隊と続いている。圧巻なのは補給部隊の物量だろう。シンバル馬という通常の馬の5倍近いの大きさの馬に、まるで丸太のような幅の広い車輪を備えた、巨大な馬車が引かれ、移動している。古代の地球人が見たら馬車と言うより、コンクリートの橋桁を運ぶ大型トレーラーと思うかもしれない。4頭立てにもかかわらず、積載量は200tを超える。船さえも運ぶことができるという、リューミナ王国が誇るシンバル馬専用の超大型馬車である。

 マナのおかげで元の世界より通常の動物でも力が強いとは言え、この世界の大型馬車でも、馬2頭立てで積載量が15tと言えばその大きさが桁外れだとわかるだろう。しかも、満載にした馬車だと通常は人の歩く速度で、1日5、6時間ほどしか進めない。休憩を入れないと馬がつぶれてしまうからだ。だが、シンバル馬は人の歩く速度で運ぶぐらいだったら殆ど休憩を必要としなかった。


 それが、正規兵の後ろにずらりと10列に50台ずつ、つまり500台並んで進んでいる。その重量と巨大な車輪でもって多少の段差など圧し潰しながら。そしてこの馬車は人間が2、30人乗っても誤差の範囲内である。つまり人間もこの超大型馬車で休みながら進めるため、行軍速度は通常ではありえないぐらい速かった。

 リューミナ王国内では作物の被害が出るため細長い隊列で進んでいたが、ヴィレッツァ王国内では気にする必要が無いため、隊列は横に広がっている。流石にきちんと麦が植わっていたのなら少しは気にしたかもしれないが、見渡す限り荒れ地なのだ。気にする要素がない。

 馬車にはそれぞれ100人の護衛が付いていた。つまり護衛だけで5万人である。だが、それは殆ど正規兵ではない。準軍属のものが多かったが、冒険者らしい姿も見られる。

 

 今進軍しているリューミナ王国の戦力は正騎兵1万、正歩兵5万、補給部隊の護衛が5万で、後は臨時の者が約20万である。臨時の者には元ヴィレッツァ王国の者もいる。進軍するたびに臨時の者は増えているので、正確な数は分からない。臨時の者を戦闘に参加させるつもりはなかったので、単なる威圧要員である。ただ物資を焼かれないよう、念のため十分なリューミナ王国の人間を補給部隊に配置している。

 行軍速度が速いため、付いていけないものも出ているが、その者には食料を渡して解放していた。そうやっていても食料目当てに人数が増え続けている。


「王太子殿下、このまま行けば明日にはエーヌガルゼ辺境伯の領都へ着くでしょう。エーヌガルゼ辺境伯からは、メルロス将軍を拘束済みとの連絡が入っています。北部の主な貴族も降伏し、エーヌガルゼ城に集まっているとの事です」


 フェロー王子の横に並んで進んでいる、第1軍陸将ベネゼルが王子に話しかける。ヴィレッツァ王国に入っても戦闘と呼べるような戦闘はなく、何回か玉砕覚悟の小部隊が突撃してきただけで、順調に行軍しているため表情は明るい。


「それは重畳。全く父上には恐れ入る。戦わずしてヴィレッツァ王国の3分の1を手に入れるのだからね。いや、戦わずしてと言うのは父上に失礼だな。自国の損害無しにと言った方が良いか。父上はこの時のために10年以上も入念に準備されていたのだからね。まあ、今回は珍しく予定が狂ったみたいだけど、それでもなんとかできそうなんだから頭が上がらないよ」


 そうフェロー王子は答える。フェロー王子の表情も明るい。


 ちなみに余談だが、この大量輸送に必要な超大型馬車を、競技場に使われている強化と修復の魔法を使って作ればいいとアイデアを出したのが、若かりし頃のモキドスである。確かに魔法は簡単に破られるし、魔力も使うが、戦場の絶対的な支配権があり、必要な魔法使いが用意できるのなら話は別である。その功によって、モキドスは国王の側近の階段を昇り始めたのだった。


「だがベネゼル殿は少々不満なんじゃないか。このままでは戦功が立てられないからね」


 フェロー王子がそう尋ねる。


「私の戦功などリューミナ王国の勝利の前には何の価値もありません。戦功はリューミナ王国の勝利のために立てるべきで、私の戦功のために戦闘を起こすのは本末転倒でしょう。私よりも王太子殿下はどうお考えなのですか?」


「私?私か、そもそも戦場の功など興味がないよ。勿論、戦功でもあげなければ父上と比べて酷く劣っているように見られることは理解しているよ。それでも戦功を挙げたいとは思わない。軟弱者だと思うかい?」


 フェローは少し悪戯っぽくベネゼルに問いかける。こういう悪戯っぽくしている時の表情は、なんと言えない魅力があった。


「本当の軟弱者でしたら、戦場には出ないでしょう。何が起こるのかわからないのが戦場です。殿下がそれをご存じないとは思えません」


 そうベネゼルは答える。実際現国王陛下とまではいかないまでも、フェローの頭の良さは十分軍に広まっている。また、そうでなくては王太子などになれないだろう。国王陛下は第1王子というだけで王太子にするほど甘いお人ではない。それに付け加えれば、人気という面では圧迫感を与える国王陛下より、親しみやすいフェロー殿下の方が高かった。


「褒めても何も出ないぞ。まあ、正直言うと戦功を立てたい気持ちが全く無いかと言われれば、少しはある。憧れみたいなものだけどね。だが華々しい戦功を挙げられるというほど、自分にうぬぼれてはいないよ。

 もしそうだったら、今回の戦争に私が出ることを父上は許さなかっただろうな。父上は個人的な武勇などその必要性があるときしか認めない人だからね」


 そうフェローは説明する。父であるレファレスト王は、個人の能力より組織力で戦う王であった。実際今回の戦争はフラメイア大陸の覇権を握れるかどうか、の重要なものにも拘らず、自分の役目は終わったとばかり、王都から出てもいない。


「確かにそうですな。そろそろ、野営の準備に入りましょう。念のため明日は万全の状態で入城したいですからな」


「そうだな、よろしく頼むよ」


 王子の言葉と共に、ベネゼルは野営の準備をするよう指示を出す。リューミナ王国の訓練はキッチリしており、野営もてきぱきと準備を進める。食料目当てにリューミナ王国配下に入っている元ヴィレッツァ王国兵士と雲泥の差である。


 次の日の昼近くエーヌガルゼ辺境伯の領都へ着く、領都の城壁の門は開けられている。街の人々は不安そうに家の中に閉じこもっている。


 ここから先は流石に補給部隊は連れていけないので、騎馬隊5千、歩兵1万で街の中を城まで進む。城の城門も開いている。

 城門に入ると少しくたびれた、しかし、元は立派な物だったであろう服を、着た者たちが迎えいれる。その内の1人がフェロー達の前に出る。


「お初にお目にかかります。ヴィレッツァ王国の元辺境伯テリアン・エーヌガルゼです」


 そう言ってテリアンは恭しく、跪いて臣下の礼をとる。


「私はリューミナ王国王太子フェロー・シダ・リューミナである。とまあ、堅苦しいのはここまでにしようか。正直色々疲れてるでしょう」


 フェローの気さくな、言い方を変えれば馴れ馴れしい言葉に驚くも、テリアンは跪いたままだ。何せこれから嘆願を聞いてもらわなければならないのだから、しかも通常だったらあり得ない嘆願を、である。


「いえ、お言葉は有難いのですが、敗将の身ですので……。その敗将の身でありながら殿下にお願いがございます。どうかわたくしの首だけで、他の者は助けてもらえませんか。それと領民への援助も……。むろん私の首にそこまでの価値が無い事は承知しております。ですが何卒お情けを頂けませんでしょうか」


「ああ、良いよ」


 フェローのあまりに軽い口調と即答にテリアンは自分の耳を疑う。


「それは、真でしょうか」


「勿論本当の事だよ。と言うか辺境伯の首もいらないよ。正直生きていてもらわないとこちらも困るんだよね。我々は侵略者ではなく、領民のためを思ってリューミナ王国に降った貴族たちの保護と、新たな臣民への食料援助に来たんだからね。まあ、裏切者という悪評は被ってもらわなきゃいけないけど、それぐらいは覚悟してるでしょ?」


「勿論です。ああ、何とお礼を申し上げればよいか。して、いかほどの食料を頂けるのでしょうか。恥ずかしい話ですが、もはや北部には、かき集めても臣民全員だと1ヶ月分ほどの食糧しかないのです」


 今から戦争をするなら絶対に明かしてはならない情報だが、今から施しを受けるのである。テリアンは正直に内情を伝える。


「まあ、少なくとも1ヶ月、多分2ヶ月は大丈夫じゃないかな。勿論飢え死にしないよう、次の収穫までには追加も来るよ。まあ、見た方が早いと思うから、みんなで城外まで来て確認してみてよ。メルロス将軍も一緒にね」


 フェローの言葉に、ヴィレッツァ王国の貴族たちは驚くが、この状況で断れるはずもなく、またどれぐらいの食料を運んできたのかという好奇心もあり、場外へと足を運ぶ。ただ、メルロス将軍だけは、まだ、降伏すると言っていないので、縄で縛られたままである。


 そして、ヴィレッツァ王国の元貴族たちが見たのは、信じられないほど巨大な、そして数多くの馬車に、大量に積まれた食料だった。しかもこれに加えて追加もよこすと言うのである。予想外の圧倒的な物量にテリアンは唖然とし、メルロス将軍は心が折れ、降伏したのであった。



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