第113話 リューミナ王国軍の侵攻(ヴィレッツァ王国王都編)

「北部の貴族がすべて寝返っただと!」


 会議室にミュロス王の怒声が響き渡る。報告した伝令兵は思わず縮こまってしまう。


「メルロス将軍はどうなったのだ」


 今度はギスバルが伝令兵に向かって問う。


「おそらく拘束されたか、最悪殺されたかと。メルロス将軍配下の騎兵隊も帰ってきたものはいません。それと、リューミナ王国軍の陸軍が既に侵攻してエーヌガルゼ辺境伯領を占拠したとの事。リューミナ王国は自国を頼ってきた貴族を保護するためと称しています。

 リューミナ王国に降った貴族領に侵攻するのは、リューミナ王国に対する侵略とみなす、と通告してきたとの事です」


 伝令兵の言葉に会議室にいるすべての者の顔が苦々しげにゆがむ。


「よくもぬけぬけと……。ケイン団長、貴様が今から近衛兵を中心として軍を編成し、北部を奪還しろ。なに、幸いにして北部に食料はほとんどない。敵も動きは取れまい。もしかしたら今頃、リューミナ王国の補給物資を狙って、住民が押しかけておるやもしれんな。ある程度奪還したところで、睨み合っておれば補給線の長い向こうの方が先に音を上げるじゃろう」


「はっ」


 そう言って頷いたのはケイン近衛団長である。ミュロス王の考えは突飛なものではない。この世界において、ある程度の現地補給は一般的だ。なので、偶然とはいえ焦土作戦のような事になっている北部で、リューミナ王国が補給不足に陥っている、という考えは常識的な考えだった。

 軍を維持するだけでなく、そこにいる住民の分まで補給を考える、というレファレスト王の考えの方が異端なのである。更に仮に考えたとしても、他国にはそれを実行に移すだけの国力はなかった。


 ケインは王都にて軍を編成する傍ら、斥候を出して北部の情勢を探る。だが両方とも結果は芳しくなかった。元々北部に兵力を偏重していたため、中央部及び南部の常備軍は少ない。慌てて徴兵を行なっているものの、思ったほど集まらない。特に常備軍を軽減される代わりに税を課せられていた、南部の貴族が兵を出し渋っているのだ。現実問題として、直ぐに集まらないというのはあるだろうが。

 それに斥候もエーヌガルゼ辺境伯領に行った者は帰ってきていない。敵の様子は人伝えに聞いたものでしかない。ただ、エーヌガルゼ辺境伯領に続々と人が集まっており、動いていないというのは確かなようだった。

 そのせいで、北部中でも中央寄りのところは殆ど人がいない状態らしい。


 ケインは悩んだすえ、現在の兵全軍で北部地方の最南部まで進めることを決める。そこは丁度リューミナ王国が戦力を集めていると報告のあったゼノシアの東に当たり、どちらから攻められても対応可能になると考えたためだった。

 それに王の手前少しは北部地域に侵攻しておきたいという考えもあった。王都の守りはこれから集まる兵に任せることにする。不安はあるがどの道自分達の軍を破らなければ王都を攻めることは不可能だ。王都は海から200㎞は離れているし、大型の船が接岸できる所もないため、海からの奇襲も考えにくかった。

 ヴィレッツァ王国軍が北上を始める。騎兵5千、歩兵3万という数であった。リューミナ王国の正規兵より少ないうえに、練度も低いしかも寄せ集めに近い兵である。それでも、ヴィレッツァ王国として出せるのはこれが限界だった。


 約1か月後、ケインは王都より500㎞北上した地点まで進んでいた。ここまで接敵はない。目の前に広がるのはこれが豊かな穀倉地帯だったのか、と思わず疑問に思うような雑草に覆われた大地だった。

 とりあえずの拠点として、北部地方の最も南の町に行く、そこには領主どころか領民さえもいなかった。あまり大きくはない町とはいえ、家財どころか食糧さえも残っていない。残っているのは家と井戸の水ぐらいである。いくら接敵していないとはいえ、流石にケインもこれ以上進むのはためらわれた。何せ保有している食料は後2ヶ月分しかない。ここで防衛するにしても追加の補給が必要だった。


 ケインは遠見の鏡を取り出す。貴重なマジックアイテムで距離に関係なく、思った場所を映すことができ、相手が遠見の鏡を持っていたら通話すらもできるものだ。

 ただ、偵察にあまりにも便利なため、既に対抗策が発明され、今では大きな冒険者ギルド間の通信や、このような王都から離れた主力部隊との通信にしか使われていない。これも競技場の修復の魔法と同じく、発展しなくなった魔法技術だった。


 ケインが王城にある遠見の鏡を思い浮かべる。すると、暫くして宰相のギスバルが鏡の向こうに姿を現す。


「報告を願おう」


「はっ、我が軍は北部地方の最南端の町の奪還に成功しました。今からここを防衛拠点として整備する予定です。つきましては食料の追加をお願いしたく。周囲を見渡しても食料となるものは乏しく、このままでは2ヶ月分しかありませんので……」


 町を奪還したと言うケインの報告に宰相は、最初喜色を浮かべるも、追加の補給依頼に顔を顰める。


「北部はもはや裏切者の地だ。すべて奪え」


「いえ、それがもはや何も残っていないのです……」


「くっ、忌々しい奴らめ、数日待つが良い。何とかしよう」


 そう言って宰相との通信は切れた。


 宰相のギスバルは悩んでいた、何とか兵をかき集めたもののその数は2万に満たない。しかもどう見ても雑兵である。物資の集まりはもっと悪い。このままでは王都でも餓死者が出かねない。その上3万5千人分の追加補給である。頭が痛かった。

 幸いと言うべきか、不幸と言うべきか宰相の悩みは何日も続かなかった。


「陛下、陛下にお目通りを!」


 そう言って城に一人の伝令が駆け込んでくる。辺境の町の兵士のようだ。相当急いできたのだろう。服はボロボロで、身体も汚れ切っていた。息も絶え絶えといった感じである。


「陛下の前に、まず宰相である私が聞こう。問題無かろう」


 本来だったらギスバルもさっさと国王の前に通したかったが、流石に不審なこの男をいきなり通すのはためらわれた。


「リューミナ王国の兵が攻めてきました。大軍です。我が軍は奮闘むなしく、壊滅。男爵様も行方不明です。敵の数は数えきれません」


 実際は戦う前から逃げているのだが、伝令は戦いが始まる前に男爵からそう言えと命令されて伝令に走ったので、そこまでは知らなかった。


「ん?ケインからそのような報告は受けていないが、お前はどこの男爵の兵だ」


「ランワー男爵です」


 ランワー男爵領、それは王都の西に位置する領だ。


「ばかな、海から攻めてきたと言うのか、あのあたりに接岸できるような浜など無かったはず」


 ギスバルは思わずそう叫ぶ。


「ですが、もう、すぐそこまで来ています。私も馬が途中で潰れ、追いつかれそうなところを何とかここまで、たどり着いたのです」


 それを聞くや否や、宰相は城の西の物見の塔まで行く。そこでは見張りの兵士が西を見ながら呆然としていた。ギスバルは兵士が持っている望遠鏡を奪って西を見る。そこには正に地を埋め尽くさんばかり、というような数の兵士がこちらに向かっているのが見えていた。

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