第163話 ジェロール国王の最後

 ジェロール国王はひたすら逃げていた。途中から輿ではなく、馬車に乗り換えている。


「おのれ、賊軍め。王都に帰ればまだ、兵はいくらでもいるんだ。ネフルが今集めている軍でもって、直ぐに反撃する。先ずは王都に帰って俺の手を治すのが先だ」


 ルカーナ王国軍は負傷者を治療できるものを同伴させていなかった。途中の町の僧侶から痛みだけは治療してもらったものの、指の修復までは出来ない。それが出来る僧侶は王都にしかいなかった。

 ジェロール国王は多くの騎兵に囲まれ、気分的に少し落ち着いたため、この仕返しをどんな方法でやってやろうかと考え始めた。


 一方、王都ではネフルが一向に兵が集まらないことに焦っていた。理由は集めても食料がないため、集めた端から逃げ出すからである。ただでさえ王都は食料の一大消費地なのに、20万を超える軍を派遣し、残っている物資など無いに等しかった。徴兵してくる兵士には糧食を持ってくるように言っているが、人が運べる量などたかが知れている。その上なりふり構わぬ徴兵で流通にも支障が出ていた。王都ではすでに餓死する者や、暴動があちこちで起きており、子飼いの兵はそれに奔走される有様だった。

 ネフルは国王に取り入る事や、国内での謀略こそ優れていたが、その他は凡人以下だった。


「ネフル様。国王陛下がもうすぐお戻りになられます」


 ルカーナ王国軍に参加させていたネフルの部下が戻り報告する。


「そうか。もう勝ったのか。所詮は烏合の衆。呆気無いものよな」


 ネフルはそう言って、胸をなでおろす。勝ったのであれば何も問題はない。賊軍の国土を蹂躙する前に根こそぎ食料を奪えばいい。今起こってる混乱も、賊軍の国から根こそぎ奪ってくれば収まるだろう。なんなら残りの東方諸国に圧力をかけて、物資を提供させても良い。


「いえ、大敗しました。歩兵は全滅です。生き残った騎兵と共に、帰還してこられます」


「なんだと!」


 ネフルは慌てる。まだ軍は集まっていない。下手したら自分が責任を取らされかねない。誰かに責任を擦り付ける必要がある。ネフルは言い訳を考え始める。


 数日後、5万の騎兵と共に、国王が帰還する。国王の周辺はレッドータ大公他、その一派が固めている。


「ネフル!どういう事だ!負けてしまったではないか!しかもこの私が傷ついたんだぞ。どう責任を取るつもりだ!」


 ジェロール国王は城に着くなり、ネフルを呼びつけ怒鳴りつける。


「軍に関してはレッドータ大公閣下に一任しておりました。責任と言われるのであれば、敗北して逃げ帰り、しかも陛下のお身体をお守りする事さえできなかった、レッドータ大公閣下を先に問うべきではないでしょうか」


 ネフルは慌てて言い訳をする。


「それもそうだな。レッドータ大公。貴様は今まで何をしていたんだ!敗北したうえ、この私が傷ついたんだぞ。責任を取れ!」


 ジェロール国王の言葉に、レッドータ大公は天を仰ぐ。


「責任。そう、私は責任を取るべきでしょうな。こうなる前に、もっと早くに行動を起こしておくべきだった」


「ん?何を言っている?」


 ジェロール国王は意味が分からず聞き返す。


「ネフルとジェロールを捕らえよ。ネフルの一派もな。これよりルカーナ王国は私、ワムトバル・クランド・レッドータが継ぐ」


「はっ!」


 レッドータ大公の言葉と共に、ついてきた兵が一斉に動き出す。ネフルどころか、国王を捕縛するのですら躊躇しない。


「何をする。無礼者め!貴様は死ぬのを嘆願するような拷問をした挙句、さらし首にしてやる。ええい。はなさんか!俺様はこの国の国王だぞ!」


 ジェロールはそう叫ぶが、誰一人としてジェロールを助けようとするものなどいない。ふと見ると、酒を運んでこさせたメイドすら、今まで見たこともない冷たい目で自分を見下ろしている。そうまるで虫けらでも見るように。


「相手に言った事は、立場が変われば自分に返ってくる、ということを知っておくべきだったな。お前が言ったように死ぬのを嘆願するような目に遭わせてやろう。まあ、それをやるのは私ではないがな、おそらくそうなるだろうよ」


 レッドータ大公は冷たく言い放つ。


 ジェロール、ネフルとその一派は捕縛されて、王都の広場に建てられた杭に身動きできないように縛り付けられた。ジェロール達は新しく国王になったワムトバルの下、王都の住民の好きにさせられた。

 殴る者、蹴る者、石を投げる者、針で突き刺す者、様々な者が居た、そして死にかけると、死なない程度に治療をする者も……。殺してくれと頼んだものの誰も聞き入れず、最後に発狂し、治療不可となった段階で殺され、死体は野犬や鳥の餌となった。


 レッドータ大公はルカーナ王国の掌握に努めたが、結局各地で貴族が独立し、また北部は東方諸国に組み込まれ、ルカーナ王国は、王都ラローナとレッドータ大公領を中心とする地域、人口にして約500万にまで縮小した。

 

 ここまではコウや、レファレスト王の予想通りだった。予想と違ったのは、大陸南端とはいえ人口700万を超える国がいきなり出現した事である。それは、ヴィレッツァ王国がルカーナ王国に侵攻したわけではなく、逆にヴィレッツァ王国が征服されてしまったのである。

 しかも、僅か5千の手勢に10日あまりの月日で。征服したのは国ではなくルカーナ王国内の貴族で、ヴィレッツァ王国に接していたエスサミネ辺境伯であった。

 正確に言えば辺境伯の第三女が軍を率いて征服したのである。紺碧の瞳と、瞳に合わせた鎧を着用していたことから、後の世に、エスサミネの碧き戦姫、と呼ばれる女傑が誕生したのであった。



後書き

 最後は溜飲が下がるように書いたつもりです。これ以上のことは文才もですが、自分も書いていて気分が悪くなるので無理でした。皆様の溜飲が下がると良いのですが。

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