第54話 ダンジョン攻略開始

 昨日は買い物だけで1日が終わってしまった。必需品はそこまで時間はかからなかったのだが、食料品を買うのに、試食という名の食事をしながら買っていったので、結構時間を使ってしまったのだ。おかげで夕方までにはおなか一杯になってしまった。だが、これで2ヶ月は余裕でダンジョン内で普通の食事が食べられる。調理する事も考えたらそれ以上だろう。

 鐘が三回鳴る頃、冒険者ギルドに顔を出し、暫くダンジョンに潜ることを伝える。


「頑張ってくださいね」


 レアナがいつものように笑顔で送り出してくれる。まあ、それは気持ち良いのだが、いつもの事とは言え、時々男性冒険者の方から殺気に似た視線を受ける。

 気持ちは分からないでも無い。士官学校時代はイチャイチャしてるカップルを見ると、撃ち殺したくなったもんだ。まさか、この歳で自分がそんな目を向けられることになろうとは、思ってもみなかったが。


 レアナお勧めのダンジョンはジクスの北東にある。きちんとした街道はないが、人の往来がある程度有るせいか、自然と道が出来ていた。

 

 ダンジョンに到着するとそこはちょっとした村が出来ていた。ダンジョンに潜る冒険者向けに、宿、酒場、素材の買い取り屋、食料その他雑貨を売る店といささか普通の村とは違った雰囲気だった。小さな村なのにどうやら娼館まであるようだ。その代わりと言ってはなんだが、農家は一軒も見あたらなかった。

 宿は2軒あったが、一番高級な部屋でも、ジクスで自分たちが泊まっている“夜空の月亭“の部屋よりだいぶランクが落ちる。まあ、その分料金は安かった。4人部屋で2銀貨である。

 夕食は一階の酒場でとる。期待してなかったが、肉類の料理が美味しかった。新鮮なダンジョン内のモンスターの肉が手に入るからだそうだ。特に地下20階より下で出てくるというミノタウロスの肉はなかなかのものだった。


 次の日いつもより少し早く、鐘が2回鳴る頃に起きて、ダンジョンへと向かう。入り口前は思ったより混雑していた。

 ダンジョンに入る列は2つに分かれている。ダンジョンの地下5階以降まで到達したパーティーとそれ以外だ。ダンジョンの地下5階以降は転移の魔法陣があり、一度そこに到達し、地上まで戻ることができれば、次からはその魔法陣に転移できるそうだ。自分達が使う転送と同じかどうかは分からないが、機能が似てる分ハイテクな感じがする。


(いっその事、地下の適当なところまで、転送しますか? 浅い階層ですと宝物も、モンスターも大したものが無いようですし……)


 ユキが少し面倒くさいという感じをだして通信してくる。おそらく大まかとは言え、最後の階層まで探索を終えたのだろう。


(いや、やめておこう。こういったものは順番通りにしていかないと痛い目に遭うものだ。例えば、転送が失敗してダンジョンの壁と同化したとかね)


(また、そういう非論理的なことを……。失礼しました。試しに石ころを転送してみたところ16%の確率で転送地点がずれ、壁と同化しました……。恐らく時空にゆがみがあり、転送座標のずれが生じたものと思われます)



 ユキが驚いたように通信してくる。


(ま、そんなもんだろうね)


 コウは軽く答える。予想通りだったからだ。


(なぜそう思われたのですか?)


(一つは元の世界でも、そういう伝説があること。もう一つは神様であれ悪魔であれ、魔法的にこういったダンジョンを作った以上は、正規の手順以外でクリアするのを邪魔する罠を仕掛けるだろうという予想)


 そう、かなりマイナーな伝説だが元の世界にも、転送して壁と同化したという話はあったのだ。


(私のデータベースの中にはそういった話はありませんでした)


 ユキが少し恥じたような様子を見せる。まあ、戦闘には全く関係のない伝説だからね。あったら逆におかしいから。


(たまには、わたしの記憶が役に立って何よりだ。まあ、焦らず一つ一つ攻略していこうじゃないか)


 そう言って、コウは他のみんなに発破をかける。コウは元々こういったものは分かっていたとしても、マップの隅から隅まで行かないと気が済まないタイプだったので、何の問題もない。


 そうこうしている間に自分たちの順番が来る。入り口で冒険者カードの確認を求められたので、素直に出すと驚かれた。基本的にFランク以上でないとこのダンジョンには入らせないための措置だが、Cランクの冒険者が初めてくるというのは珍しいらしい。ジクスに近いこともあって、たいていはある程度のランクになるとこのダンジョンに挑むからだ。Eランクが5人いればだいたい地下5階までは行けるらしい。


 さていよいよダンジョンだ。ダンジョンの壁は石造りで、高さ3m、幅3mの通路が続いている。

 まずは隊列を決める。横2列が定番のようだが、自分たちは前衛のサラとマリーの攻撃範囲が広いため、前列サラ、中列が自分とユキ、最後尾がマリーと変則的な隊列を組む。何カ所かではすでに先に入ったパーティーとモンスターの戦闘が起きているようだ。

 物は試し、と誰も見てないところで、サラに壁を殴ってもらう。3Dマップ上は厚さ30㎝程の壁なのに、殴った後には直径3mのクレーターが出来ている。貫通はしていない。材質の変化もなく、クレーターの底まで石だ。砕けた石が次々と戻っていき、1分もすると壁は元通りになった。亜空間は作れないのに、こういったことができるとは、つくづく魔法とは不思議なものだと思う。

 地上階と地下2階までは罠も、すでにモンスターもなく隅から隅まで回ることができる。何回か他のパーティーとすれ違った。低レベルのパーティーはここまでを行ったり来たりするようだ。

 地下3階からはちらほらとモンスターの姿が見え始める。その中に生きている死体と生きている骨。通称ゾンビとスケルトンがいた。娯楽映画では何度も見たことがあるし、ゲームでも遭遇したことがあるが、本物は初めてだ。どんな原理で動いているのか不思議で少し感動する。映画と同じように腐った肉を引きずりながら少しずつ近づいてくる。


「なあ、コウ。こっちの骨の奴はいいけど、腐った奴の方は焼いちゃダメか」


 サラがすがるような目をして聞いてくる。分からないでもない。何せ想像以上に臭い。この肉を切るのは、いくら後で綺麗にできるといっても嫌なのだろう。もちろん嗅覚の感度レベルを落とせば済む話なのだが、それはダンジョンに負けた気がするので嫌だった。


「周囲に人影はありません」


 ユキが直ぐに情報をくれる。ユキもこの臭いが嫌なのだろう。


「まあ、仕方がないな」


 コウは許可を出す。自分としてもこんなに臭いものだとは思わなかった。


 サラは許可が出ると、超硬化ガラスをゾンビとスケルトンの周りに生成し、上からナパーム弾を投げ込む。爆発の威力は非常に低いが、高温の炎を出せるタイプのものだ。青白い高温の炎が硬化ガラスの中を渦巻いた後は、何も残っていなかった。


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