第115話 一応の終焉

 リューミナ王国軍が次の日王都に着くと、王都を囲む城壁の門だったらしき廃墟の前に、1人の老人がポツリと立っていた。宰相のギスバルである。


「何者だ」


 先頭を進んでいた騎兵が老人を取り囲む。


「ヴィレツァ王国が宰相ギスバル・リャディーと申す。降伏したい。指揮官にお会いできますかな」


 騎兵隊の隊長は怪しいとは思ったが、念のため、縄で縛ったうえで、バロスのところに連れていった。


「閣下、ヴィレッツァ王国の宰相と名乗るものが居ました。閣下に面会を求めています」


 そう騎兵は言うと、縄で縛られたギスバルを見せる。バロスは面識がなかったがエネストは面識があった。


「ふむ、確かにギスバル殿で間違いない。で、どのようなことを言いに来たのだ」


 戦闘に関することではないと思われたため、総大将であるエネストが話を聞くことにする。


「ギスバル殿は、我が軍に何をお求めですかな。何を求めるにしても貴国に差し出す対価があるとは思えませんが」


「降伏を受け入れていただきたい、その上で民に対する略奪は止めていただきたい、対価になるかは分かりませんが、私を占領政策に好きに使っていただいて結構です。見せしめにさらし首にしても良し、国土掌握の助言が欲しいのでしたら、助言いたしましょう」


 エネストにとっては、元より略奪などするつもりもなく、宰相が国土掌握に協力してくれるのなら大助かりだ。だがなぜ国王自らが出てこない。しかも、宰相1人というのが怪しすぎる。


「ミュロス国王はどうされた?また他の軍人や官僚は?まさか宰相1人が残っているわけではないでしょう」


「そのまさかでございます。ミュロス陛下は自害遊ばされました。王族も含め他の方々は、各々の判断で逃げております。私も把握しておりません」


 それを聞いて、エネストはやられたと思う。陸と海は違うとはいえ、ばらばらに逃げたものを軍が追跡するのは難しい。下手をすると各個撃破で多くの損害を被りかねない。しかしある程度固まって捜索するとなると、とても手が足りなかった。昨晩多くの人間が逃げてたのは知っていたが、城壁の無い都市からばらばらに逃げていたため、1人1人捕まえるわけにもいかず、放っておいたのが仇になった。


 エネストは苦々しい思いを顔に出さず、バロスに王宮を調べるよう指示を出すと、1人船の自室に入ると遠見の鏡を取り出し、レファレスト王連絡を取る。


「ん?どうした。そなたが連絡してくるとは珍しい。そなたの手に負えない事態がそうそうあるとも思えないが」


「自分でもそう思っておりましたが、自惚れていたようです。ザゼハアンに到着したところ、ミュロス王はすでに自害したとの事。宰相が降伏してきましたが、宰相曰く、王族を含め重臣たちはバラバラに逃げたようです。今確認をさせていますが、おそらく本当の事かと」


「……。全く、ミュロス王め、最後の最後で嫌がらせをしてくれる。大人しくこちらの思惑に乗っていれば、死ぬまで贅沢に暮らさせてやったものを……。逃げたものは無視しろ、運頼りの追跡など、兵の無駄遣いだ。そなたは南下し、出来るだけ支配権を広げよ。そなたに改めて言う事ではないかもしれぬが、無理な進軍はするな。

 後、直ぐにフェローの軍を南下させる。ヴィレッツァ王国の掌握はフェローに任せろ」


 レファレスト王は一瞬苦々しい顔を見せるも、直ぐにいつもの顔に戻り、エネストに指示を出す。

 通信を終え、軍に指示を出していると王宮の調査結果が報告される。結果は宰相の言った通りもぬけの殻。ミュロス王は寝室で死んでいた、との事だった。そして、地図を始めとする重要書類は竈の中で燃やされていた。どうせなら、王宮に火をつけていれば昨晩の内に気が付けたものを、とエネストは考えるが、もはや過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がない。

 幸いにも情報源として宰相が協力を申し出ている。後はフェロー殿下に任せ、自分は軍人として職務を全うするだけだ。エネストは気持ちを切り替え、指示通りに動き出す。


 エーヌガルゼ辺境伯の城の中でフェローはレファレスト王の指示を聞いていた。レファレスト王も身内との会話のためか、エネストに一瞬見せただけの苦々しい顔をしている。


「父上にそんな顔をさせるとは、ミュロス王もなかなかの人物だったようですね。自分の中の評価を上げねばなりません」


「ふん。他人事のように言うが、苦労するのはそなただぞ。まあ、ミュロス王の評価を上げるというのには同意するがな」


 当初の目論見では、ミュロス王を降伏させ、ヴィレッツァ王国北部はリューミナ王国に吸収、残りは独立は認めるものの、実質上は属国として統治をしばらく続けさせるつもりだった。ヴィレツァ王国の端まで軍を進めるには流石に補給線が伸びすぎるためだ。

 また南部はルカーナ王国に接しているため、危機を抱いたルカーナ王国が兵を出したら最悪撤退に追い込まれかねない。

 だがミュロス王が死んだことで、この計画が出来なくなってしまった。王族の1人か2人は南部まで逃げ延びるだろう。降伏したと言っても、降伏したのは宰相である。逃げ延びた先で王族に勢力を結集されたら、そこが正当なヴィレッツァ王国と世間はみなすだろう。そしてそうなった場合、戦闘を起こしては負けないまでも、被害が大きすぎると思われた。

 ただでさえ予定外の事が続いてるのだ。その上、軍が大きな被害を受けたら短期的にはともかく、長期的には計画の遅延をもたらすだろう。それはレファレストにとって許容できない事であった。


「まあ、後の事はそなたに一任する。物資については必要なだけ送る故、そなたの力を存分に発揮するが良い」


「承知いたしました。父上に愛想をつかされないよう、励む事にしますよ」


 フェローがそう答えると、通話が終わり、遠見の鏡が普通の鏡に戻る。


 結局リューミナ軍はヴィレッツァ王国の約3分の2は支配下においたものの、残り3分の1は逃げ延びた第2王子が王位を継いだことにより、纏まったヴィレッツァ王国によって、進軍を阻まれることになる。流石に南部諸侯も目の前にリューミナ軍が迫っては兵を出し渋りはしなかった。また地の利を生かし逃げてきた、ケイン率いる3万5千の近衛兵を中心とした兵が合流したのも大きかった。

 フェロー王子は、決戦を挑むことなく、停戦条約を結ぶ。これによりリューミナ王国とヴィレッツァ王国の戦争は一応の終焉を迎えた。

 ヴィレッツァ王国は国土の約3分の2を失ったとは言え、400万以上の人口を抱える、決して小国とは侮れない国力を残す事になったのであった。


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