第118話 エリクサー

 コウ達の目の前に巨大なレッドドラゴンの頭と、胴が分かれて横たわっている。頭の生命反応は消えたので、亜空間へと収納したが、それでも心臓はまだ動いていた。頭が再生する様子はなかったが、念のため、ユキに心臓を刺してもらい、完全に生命活動を停止させる。


「パーソナルシールドがあんなに短時間で飽和するなんて、このドラゴンのブレスは、一昔前の小型艇のレーザー砲ぐらいの威力はあったんじゃないか?」


 コウは胴体を収納して呟く。


「それには同意しますわ。盾のコーティングが修復する間もなく、蒸発しましたから。少なくともブレスの中心温度は2万℃以上あったことは確実ですわ。もし盾が小さかったら、わたくしの体の皮膚は蒸発してましたわよ。生物が放つ攻撃の威力とは思えませんわ。本当に生物ですの?」


 マリーも少なからず驚いたようでそう言う。


「あたいも驚いたな。堅さも今まで戦ったものとは桁外れに堅かったけど、あたいがあの剣で斬っていく端から回復していくんだからさあ。途中で重力制御で重量増やしてもだぜ」


 サラもそうぼやく。


「申し訳ありません。戦闘力の算出に用いたデータが甘かったようです。戦闘データから逆算しますと、標的の戦闘力は2.5~2.8だったと思われます」


 まあ、そんなものだろうな、とコウは思う。実際ここには自分たち以外居ないのだから、最悪力任せに首を折るなり、引きちぎるなりすれば、そんなに時間を掛けずに倒せただろう。ブレスもコーティングを蒸発させたとは言え、それだけで自分たちにダメージを与えるようなものでもない。まあ、何体ものブレスを同時に食らえば話は別だが。鱗も戦闘艦の装甲に比べれば紙みたいなものだ。時間が掛かったのは戦闘方法に制限をかけている自分のせいである。

 ただ、戦闘力が予測値の最大値の2倍というのは予想外すぎた。しかも、魔法らしいものは使用せずである。


「大分データは集めたと思ったがまだ、データ不足だったか」


 実際はコウ達が倒したのはレッドドラゴンと言うより、長い時を生きて更に強くなった、エンシェント・ドラゴンに近い物だったが、エンシェント・ドラゴンは神話のデータしかないため、データ不足と言うよりデータが無かったに近い。


「生命反応、魔力量から算出される戦闘力の近似関数を修正しました。今までは戦闘能力の低い個体ばかりだったため、既存の近似関数では戦闘力が低く出ていました。念の為もっと巨大な武器を用意しておいた方が良いと思われます」


「そうだな。そうしておいてくれ。しかし、最初自分達の武器が馬鹿でかいとか言われたけど、それでも足りないような敵が居るじゃないか。なんか納得できないなあ」


 コウはそうぼやくが、そもそも2,000年以上生きたレッドドラゴンは、個人の力でどうにかなるものではない。その辺りの感覚が、まだこの世界には馴染んでなかった。まあ、仮に馴染んでいたとしても、ドラゴンステーキを味わってしまった以上、倒さないという選択は無かっただろうが。


 ドラゴンの死体をしまうと、遺跡の中央へと進んでいく。沢山のモンスターがいたのだが、ドラゴンが倒されたとたん散り散りに逃げていった。美味しくない(比喩的な意味でなく、本当に食べ物として)モンスターばかりだったので、特に追いかけはしなかった。強いて言えばオークは美味いが、もう数年分の肉を持っている。


 遺跡の中央広場には、遺跡中から集められた財宝が山となっていた。


「こうしてみると流石に圧巻だな」


 コウは感心して言う。


「そうですね。単なる硬貨類はともかく、美術的価値が高いものも多いようですね」


「それなりの人口があった、都市一つ分の財宝ですわ。色々期待出来るのではありませんの」


「なんか珍しい武器とかないかなあ。ああでも、流石に酒はないと思うぜ。まあ、空瓶ぐらいはあるかもしれねえけど」


「それぐらい分かっておりますわ。余り馬鹿にしないでくださいまし」


 3人も見たことがない財宝の山を前にし、少し興奮しているようだ。各々が感想を漏らす。しかし、酒が無い事をマリーが予測していたとはびっくりだ。


「コウもなぜ、私がお酒が無い事が分かってる、と言っただけでびっくりしてるんですの」


「いや、びっくりするだろう、今までの行動から見て。この世界には長期保存の魔法なんてのもあるんだし。まあ、それをお酒に使うのは聞いたことがないけどな。高い酒は熟成するものだし、新鮮さが売りの酒は安いものだからな」


 グティマーユ伯爵のように酒好きが滅びる前に魔法をかけた、とういう考えが一瞬心に浮かんだが、そんな事をするぐらいだったら、持てるだけ持って逃げるか、死ぬ前に飲めるだけ飲みそうだな、と考え直す。


 遺跡というだけあって、アンデッドのたぐいが沢山いるのではないかと予想していたが、全くと言っていいほど見かけない。どうやらアンデッドも不死と言われつつも、寿命みたいなものがあるのかもしれない。高レベルになると違うのかもしれないが。

 それともほかのモンスターにやられてしまったのだろうか。基本的に繁殖しない以上その可能性もある。魔の森は比較的強力なモンスターも多いし、ゾンビやスケルトンレベルでは、直ぐに倒されてしまうだろう。


 コウ達はモンスターの居ない廃墟を歩き回る。本当に根こそぎ集めたのか、広場に集めてあるもの以外はめぼしいものは見つからない。崩れて木々に覆われた寺院跡と思われる建物が、何とも言えないもの寂しさを醸し出している。

 一カ所崩れていない地下倉庫を見つけたが、何も無かった。木樽のかけらと思われるものが所々落ちている。


「マリー、残念でしたね。残留物を分析した結果。ここは古代の酒の保管所だったみたいです。かなり頑丈に作られていたので今まで崩れずに残っていたようですね。まあ、中身までは無理だったようですが」


「ユキまで……。正直心外ですわ」


 いや、ユキの評価は正当なものだと思う。少なくとも自分は修正の必要は感じない。そう思っていると部屋の隅に僅かに光るものを見つける。近づいてみると、アクアブルーに輝く液体が入った小瓶が10本並べてある。相当高価なガラスが使われているのか、瓶の劣化は見られない。中身も無事なようだ。おそらく宝箱の中に入れていたのだろうが、その宝箱はもはや木片となっている。


「これはまた、予想外だな。どんな物かは分からないが、2000年前の酒だぞ、マリー」


 いやはや、本当に酒が残っているとはびっくりだ。残した者の考えが分からない。


「マリーには残念な報告ですが、これはお酒ではありませんね。アルコール成分が一部含まれている、という意味では、お酒と言えなくもないですが。一般的にエリクサーと呼ばれている治療薬ですね。どんな病気も、どんな傷も治すと言われている、大変貴重な物です」


 だが、中身を分析したユキが、コウの発言に対してそう言う。ああ、なんかその名前は聞いた覚えがある。そうか、アルコールが成分として含まれてるのか、とどうでもいいことを思ったりもする。


「ただ、我々には意味がないものですね。我々が破損したとしても、これでは治らないでしょうし、病気には無縁ですし、売ると言ってもお金は十分にありますし……」


 まあ、それはそうだ、エリクサーと聞いて興奮した心が急速に冷めていく。


「まあ、酒と言えないこともないようだし、試しに飲んでみるか。実は味に興味があったのだよ」


 自分はゲームをやるときは、消耗品は極力使わないタイプだったので、エリクサーを飲んだ事がない。まあ、元世界のものは、アバターを修復するナノマシンの集合体なので、味が同じとは思えなかったが。


 小瓶の一本を開け、小さなグラスを4つ出し、小分けする。最初に飲むのはマリーだ。マリーは、口に入れたとたん噴き出す。


「きったね。いきなり何しやがるんだ!」


 マリーが噴出したエリクサーが、顔にかかったサラが文句を言う。


「不味いですわ。良薬口に苦しと言っても限度というものがありますわ」


 そこまで言われると逆に好奇心が出てくる、少なくとも異常は出ないようだ。自分も飲んでみる。

 !!!。余りの苦さと何とも言えない気持ち悪さに思わず吐き出す。口内に残った成分をナノマシンで分解するも、まだ何とも言えない苦みが残っている気分だ。


「これは、飲めるようなものじゃないな。死にかけのものが飲んだら、逆にショック死するんじゃないか」


 コウは思わずそう文句を言う。


「成分的に、このような味にはならないはずなのですが……。これが魔法の力と言うものでしょうか」


 ユキがハッキリと誰でもわかるぐらい、顔を顰めている。コウですら初めて見る表情だ。


 後で分かるのだが、エリクサーの原液はそのまま飲むものではなく、ほんの少しだけ使い粉と混ぜ合わせ丸薬にして飲むか、薄めて傷口に直接かけるものだったらしい……。


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