第87話 ヴィレッツァ王国の動き

 パリーンとグラスの砕ける音がする。部下の報告を聞いたヴィレッツァ王国国王、ミュロス・ユゴ・ヴィレッツアは、王座の横に置かれたグラスをその横にあった水差しごと払いのけ、床に落として粉々に砕く。


「忌々しい。ドワーフの分際で、今まで誰のおかげで、あの国が維持できたと思っている」


 グラスや水差しを壊したぐらいでは、ミュロスの怒りは収まらず、豪奢な王座から立ち上がり、地団駄を踏む。


「くそ!くそ!くそ!」


 地団駄を踏むたびに、たるんだ頬と腹がブルブルと震える。そもそもミュロスは誰のおかげかと言っているが、リンド国は今までヴィレッツァ王国の保護など受けたことはない。寧ろ不毛の地を開拓し、鉱物資源や金属製品を輸出し、ヴィレッツァ王国の発展に寄与してきたといってもいいくらいである。50年前の大陸南北戦争では大量の武器も供与した。


「陛下、何卒、お怒りをお収めください」


 床に頭をつけて、国王に言っているのは、この国の宰相であるギスバル・リャディーである。先ほど横に同じように跪いている部下のロンドと共に、国王にリンド王国がリューミナ王国に援助を求めた、という報告をしたところであった。


 ギスバルの言葉に、少し落ち着いたのか、ミュロスは王座に座る。ミュロスは奇しくもリューミナ王国の国王であるレファレストと同じ年だが、外見からはとてもそうは見えない。せいぜい50歳前後と見られれば良い方である。


「ギスバル、何か良い手立てはないか」


 高圧的にミュロスは言う。ミュロスとしては援助物資をリンド王国に渡したくなかった。


「非常に難しいかと……。今回は見逃すのが得策かと思います。寧ろ見逃すことでリンド王国がこれ以上我が国に悪感情を抱く事を防げるかと」


「なぜ我が国が、リンド王国のご機嫌取りをしなければならんのじゃ!」


「しかし、先の大陸南北戦争の債務も待ってもらっている上、ナリーフ帝国への債務返済のための借り入れも行なっています」


「あの業突く張りのドワーフどもめ。先の戦では兵も出さなかったくせに」


 これはミュロスの言いがかりである。リンド王国が穀倉地帯を手に入れることを望まなかった先王が、派兵を断ったのだ。結果的にヴィレッツァ王国とルカーナ王国の同盟軍が大敗し、ヴィレッツァ王国とリンド王国の力関係が大きく変わることになるのだが、リンド王国は狙ってやったわけではない。


「うーむ」


 ミュロスは考え込む。ミュロスは外見から想像されるような愚鈍な王ではない。寧ろ無茶な派兵をして、国力を著しく減退させた先王よりもまともとさえ言える。日々増大するリューミナ王国の勢力に、何とか対抗して国を維持しているのだから。ただ生まれた時代が悪かったとしか言いようがないだろう。


 ミュロスが25年前に国を継いだ時、国庫に金は殆ど無いばかりか、他国に膨大な借金がある始末。歳入は大戦のおかげで大幅に減ったまま回復せず。有能な人材は払底し、敵国であるリューミナ王国は次々と領土を広げ、圧迫してくる。

 それを、思い切って貴族や官僚を減らし、市井からも人材を集め、軍を立て直したのがミュロスである。だが、何とか立て直すまでが、ミュロスの才能の限界だった。

 軍を立て直すのを優先するあまり、治水や開墾がおろそかになり、今度の水害と飢饉の原因となった。また、税金を上げたことで国民の不満も溜まっている。国王に意見をするほどの貴族を潰したことで、間違いを正す者が居なくなってしまった。給料が安いため軍隊の士気も低い。


 今のヴィレッツァ王国はミュロスの完全なワンマン経営である。ミュロスが有能なら国民は豊かになれたかもしれない。だが、残念ながら無能とは言わないまでも、有能ではなかった。そしてなまじ治世の初期の立て直しがうまくいったために、年を取るごとに、人の意見を聞かず、偏屈で、そして人を見下す王になり果てていた。

 それでも問題が起きなければ、何事もなく治世を終わらせられたであろう。だが、2年連続で起きた大洪水、それに伴う諸問題は今のミュロスの手に余るものだった。

 

「物資を運ぶのは臨時職員になったとはいえ、所詮は冒険者よな。金をちらつかせるか、兵を差し向けるかで、物資を横取りすれば良いのではないか」


 ミュロスは良い案が浮かんだとばかりに、宰相に向かって話す。


「それは得策とは言えません。冒険者ギルドを敵にすることになります。第一噂の冒険者が、噂半分の力であれ、それを持っていたとしたら我が軍の兵では太刀打ちできません」


「ならばこちらも冒険者を使えばよかろう」


「冒険者に冒険者を襲わせるなど、ギルドが許可するはずがありません。陛下お考え直しを」


 宰相は国王を思いとどまらせようと、必死に説得する。


「ああ言えばこう言う。貴様は反対意見だけで、何も知恵を出さぬではないか!」


 宰相は実際には、今回は見逃すという意見を出しているのだが、ミュロスの気に入らない意見は、出した事にはなってないらしかった。


「では、物資は諦めるか。何、いざとなれば収納魔法持ちとは言え、冒険者数人が運ぶ物資ぐらいなんとかなるものよ。だが、何度も運ばれれば、馬鹿にならん。そのため、件の冒険者を殺す。殺すだけなら得意な者は居よう」


 要は暗殺ギルドを使うという事である。しかし、件の冒険者の暗殺を暗殺ギルドに頼めば、噂になっているとうてい信じられないような強さから言って、法外とも言える金額を要求されるだろう。宰相はリスクとリターンが釣り合ってないように思われた。


「畏れながら、そのお金で、穀倉地帯の復旧を急ぐ方が先決かと」


 復旧は急務だ、このままでは来春の小麦の生産量にも大きな影響があるだろう。


「そんなものは、追加で農民に賦役を課せば良いではないか。若しくは荒稼ぎしてる商人共に課税しても良い」


 そんな無茶な、と叫びだしたいのを宰相はぐっと我慢する。賦役を課そうにも、現地の農民は食うや食わずで労働力として当てにならない。まともに動ける者は小麦の作付けをしてもらわなければならない。

 商人に課税など以ての外、何せその商人から今や多額の借金をしてるのだから、下手な事をしようものなら、そっぽを向かれて、国内流通すら滞りかねない。


「どうするんじゃ?」


 ミュロスは苛々したそぶりで宰相に問う。


「分かりました。陛下のお望み通り、暗殺者を差し向けましょう」


 他の案より、これが一番まともと思えた。暗殺者ギルドの人間なら最低でも誰が依頼したかは分かるまい、と考えて……。それが大きな間違いである事は宰相には分からなかった。

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