第172話 嘆きの野
幸いにもキノコ鍋は美味しいということが分かったので、カシェリュットが案内するまま、次々に採っていく。キノコの種類によるが、生えているもの全部取っても良いものと、半分残すもの、数本だけ残すもの、とキノコによって採り方が違う。ちゃんと採り尽くさないようにだろうが、面倒くさい。
森の中にはモンスターもいるが、ウッドバードという木に擬態した鳥と、どこにでもいるホーンラビット以外は食べられるモンスターがいなかった。ゴブリンは完全にこの森から駆逐されているらしく、オークも滅多に遭うことは無いらしい。
「ホーンラビットはともかく、ウッドバードは良く見つけられましたね。私達はともかく、人間の方は中々見つけることができないと聞いています」
確かに人間の目で見れば、本当に木の一部にしか見えないので、見つけにくいだろう。だがエルフと同じ視覚、つまり赤外線まで見えれば問題ない。明らかに木とは違って見える。
見かけは余り美味しそうではないが、肉は美味しいし、骨からは良い出汁が取れるそうだ。ただ、ほかの鳥と違って、皮は美味しくないらしい。食べられないことは無いが、木の皮の味がするそうだ。そんなところまで擬態しないでも良いのにと思う。若しくは擬態したせいでそうなってしまったんだろうか。
フルーツやキノコ、山菜に、薬草と森の恵みを次々に採っていく。薬草は幾種類かを纏めたものを束にしておくとよいと言われた。そうでないとキノコの種類によっては消えない毒もあるので、間違えないように、との生活の知恵というものらしい。
「ここには魔法的なダンジョンとかも無いんですかね」
あまりにも平和なので、カシェリュットに尋ねてみる。
「そうですね。もうだいぶ歩き回られたので、雰囲気で分かると思いますが、私達は基本的に森に散らばって住んでいます。ですので、そういったものがあると困るのです。
ダンジョンを探索し、お宝やモンスターを倒すというのが、外では行われているとお聞きしますが、私達はそんなものに興味はありませんので。そのようなもののできる気配があったら直ぐに潰すようにしています。
正確に言えば興味のある者は、この国から出ていってますね。特に若者が多く出ていっているので、最近はどうにかした方が良いという意見もあるのですが、なかなか今までの習慣は変えられないのが現状ですね。
そういう私も、若い頃国を出たいと考えた口ではありますけどね。結局は一人で行く勇気がなく、留まることになりましたが」
まるでどっかの過疎惑星の話を聞いているようだ。ただ、不便な生活もだいぶ慣れてきたので、元の世界に戻ったら、100年ぐらいは過疎惑星に住んでも良いかな、とも思う。
しかし、この言い方の感じからいって、カシェリュットはも若者ではないのだろう。見かけは20代後半ぐらいにし見えないが。
「失礼ですが、カシェリュットさんは何歳なんですか?」
「こう見えても、私はもう500歳を超えています。女王陛下におかれても、300歳を超えていらっしゃいますね。私達は人間より長生きで、しかも、青年と呼ばれるような時期が長いのです。成長期は、人間と同じように成長しますが、大体10代後半から20代後半で成長が鈍化し、そのままの姿でほとんど変わらず、1000歳前後で急激に老いて死にます。1100歳まで生きるものは滅多にいません。平均寿命は大体1000歳前後ですね」
これは、他殺や病気などを含まない数値だろうが、それでも意外と高い。元の世界の人間は不老だが、1000歳まで生きるものは少ない。永遠の命よりもある程度限りある命の方が、長生きするのかもしれない。
森の中を歩き回ること、もう明日で約束の2週間が来るという時に、森の中に木の無い空間がぽっかりと空いている場所を見つける。木がないせいか、一面の花畑が広がっていて美しい。自分たちがそこに入っていこうとすると、カシェリュットが止める。
「この場所には入ってはいけません。ここは嘆きの野、と言われる場所です。昼間はなんともありませんが、夜には数えきれないほどのゴーストがこの地に出現するのです。幸いにして、この地からは出ませんので、私達も倒すようなことはしていません。ですが、昼間でもこの野原には入らないようにしているのです」
そんなことを言われたら、見てみたくなるに決まってる。カシェリュットには呆れられたが、ここで夜を過ごすことにする。
日が暮れ、段々とあたりが暗くなるにつれ、始めはぼんやりと、そして、日が暮れた後ははっきりと人の形をしたゴーストたちが、野原いっぱいに現れる。どのゴーストも涙を流している。なるほど、これだから嘆きの野と言われるのかと納得する。
「なんでもアラオール王国が滅びる前に、ここに大規模な転移の陣を作ったそうです。大勢の民を逃がすために。王女を生贄にすることにより、その魔法陣は発動したのですが、その瞬間王都がレッドドラゴンに焼き払われ、魂だけがこちらに飛ばされたそうです。不完全な魔法の発動の影響からか、成仏もできないようです。人間の歴史では忘れ去られていますが、私達にとっては曾祖父辺りの話なので、まだ詳しい話が残っているのです。哀れだとは思いますが、私達にはどうすることもできません。曾祖父たちが力を結集したと言われる聖剣でもあれば話は別なのでしょうが……」
ああ、そう言えばそういう聖剣とか前にあったな、と思いだす。だがあれで効果があるのなら、自分達のとっておきの武器でも効果があるはず。駄目だったら、聖剣が抜けるかどうか、もう一度リンド王国に行って試してみても良い。
「ちょっと自分たちのとっておきの武器を試してみたいので、カシェリュットさんは目を瞑ってもらえますか?」
「何か見せられない怪しい武器でも使うのですか? そういうのは許可できませんが」
カシェリュットが自分たちを咎めるように言う。
「いえ、ただ単に眩しいだけです。人間より目の良いエルフの方には、ちょっときついかと。収納空間から取り出すだけで、攻撃はしませんよ。ただ、その光が効果があるかどうか知りたいだけです」
「まあ、それぐらいでしたら」
しぶしぶという風にカシェリュットは認める。どうせそう大した武器でもないだろうし、攻撃しないのだったら影響はないだろう、と考えているのが分かる。
「サラ、頼む。オリハルコンの特製の奴で」
誰の武器でも良いのだが、気分の問題だ。それと武器の体積の関係からサラの大剣が最もマナの含有量が多い。正確に言えばマリーの盾の方が多いのだが、あれは一応武器じゃない。
「仕方ないなあ、それじゃあ、出すぜ」
相手が数が多いだけで、戦闘力など皆無に等しいため、やる気なさげに、サラが黄金色に光り輝く大剣を亜空間から取り出す。
「?」
ゴーストたちがいなくなっている。光で見えなくなっただけだろうか。
「目標消滅。残数0」
思考通信もなく、横でユキが現状を報告する。ふむ、やはりこれはアンデッドや、ゴースト系には強力な武器の様だ。確認ができたので、サラにしまうように言う。
「目が……。目が……」
ふと横を見ると、そう言いながらカシェリュットが目を押さえ、地面を転がって苦しんでいた。
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