第72話 シンバル馬の購入

 ソクスの町から討伐に出発して3日後の夕方に町に戻ってくることができた。そのまま冒険者ギルドへと向かう。ジクスだったら、酒場区画の方で飲んでいる冒険者がいてにぎやかになっているころだが、ここは一組の冒険者が交換所に居るだけで静かなものである。

 受付嬢が自分たちを見て声を掛けてくる。


「あれ? もうグリフォン退治に出発されたのでは? それとも何か忘れものでもありましたか?」


「いや、もう倒したんで、帰ってきただけだよ。グリフォンの換金もここでできるのかな?」


 見るからに小さいこの町の冒険者ギルドで、高ランクのモンスターの買取ができるのか心配なので聞いてみる。


「はえ?」


 受付嬢が素っ頓狂と言ってもいいような声を上げる。


「し、失礼しました。討伐証明部分はお持ちでしょうか」


「ああ、自分は収納魔法持ちだからね。死体は丸ごと持ってきている。どこに出せば良いかな?」


 ギルド内を目にする限り、グリフォンを丸ごと出せるようなスペースは無いように見える。


「集会所の方に移動してもらっていいですか、御覧の通りここはスペースがあまりないものでして……」


 集会所を片付け、血で床が汚れないように防水加工した布がひかれると、その上にグリフォンの死体を出す。馬を掴んで飛ぶ事が出来るだけあって、結構な大きさだ。

 集会場に移動したせいか、野次馬も何人か見られる。グリフォンを身近で見たものがいなかったのか、みんな一様に驚いているようだ。


「確かにグリフォンで間違いないのう。全部渡してくれるなら査定金額は討伐報酬と合わせて75金貨じゃ」


 交換所の係の職員が査定をする。小さなギルドなのに換金できることに少し驚く。


「この町は普通の馬だけではなく、シンバル馬の産地じゃからのう。見かけより金を持っているものが多いんじゃよ。まあ、その分冒険者になろうとするものは少ないがな」


 こちらが驚いているのが分かったのか、それともいつも不思議がられるのか、交換所の老人がそう説明する。


「ちなみに、グリフォンの肉は美味しいんですかね?」


 懐が温かいせいか、査定金額より肉の美味しさの方が気になる。


「わしは食ったことがないから、確実なことは言えんが、美味いという話じゃよ」


 それだけ聞けば十分だった。肉を100Kg分貰うことにする。それだけで査定額が5金貨下がった。1㎏5銀貨つまり5万クレジットという超高級肉だ。美味しいと言われるワイバーンの肉より高い。大事に食べよう。


「グリフォンを、もう倒したと聞いたのだが本当かね?」


 話を聞きつけたのか、長老会議に出ていたメンバーが何人かやってくる。グリフォンを見ると一様に驚く。


「こんなに早く解決するとは……。しかしどうやったのだ、首がまるでもぎ取られたように千切れてるほかは、傷がないようだが……」


「それは、秘密です」


 コウのセリフに、冒険者の過去は探らないという鉄則を思い出したのだろう。仕方がないという風に聞くのをあきらめたようだ。


「まあ、何はともあれ、解決してよかった。今日は無理じゃが、明日は祝いの席を設けるゆえ、是非参加してほしい。約束通りカントもちゃんと滞在しておる」


 カント氏はめったにかからない病気に馬が数頭かかってしまい、薬草を使い切ったので自分たちが町を出発したのと入れ替わりに町に帰ってきたらしい。長老たちに引き留めを依頼してなければ1ヶ月会えないところだった。やはり用心はしておくものだ。


 次の日族長の紹介でカント氏に会う。紹介状も差し出したが、族長の紹介の効果の方が大きかったようで、一応受け取るといった感じだった。ちなみに気難しい老人を予想していたのだが、落ち着いた壮年の男性だった。ただ、馬の世話で鍛えているせいか、並の冒険者より良い体格をしていた。


「族長の紹介に加えて、モンサナー商会の会頭の紹介がありますからね。無茶な値引きには応じられませんが、精一杯便宜を図らせていただきますよ」


 そう言って、自分が育てているシンバル馬を1頭1頭、丁寧に説明してくれる。

 自分が最初に思った感想は、正直“でかい”だった。小さい馬でも普通の3倍の大きさはあると、頭の中ではわかっていたのだが、実際見るとその存在感もあって、想像してたより大きく感じる。

 大抵の馬は昨日倒したグリフォンより大きかった。実際シンバル馬はめったなことではモンスターに襲われないらしい。ゴブリン程度なら踏みつぶすそうだ。

 基本的に普通の馬と違い、鞍を付けて乗るのではなく、籠みたいなものに2~4人乗って移動するものだそうだ。背中は普通に乗ったら、股裂き状態になるぐらい広かった。


 一人1頭もいらないな、と考えて見て回っていると、群れから外れている、ひときわ大きな馬が2頭目に入る。何か頭にピンと来るものがあった。


「あの馬は、買えないのですか?」

そうカント氏に聞く。


「ああ、別に売れないわけじゃないが、かなり気性が激しくてね。乗りこなせる人がいないんで、いまだに売れ残ってるんだよ。一応兄弟馬だけには気を許してるみたいだけどね」


 1頭は漆黒、1頭は真っ白なので兄弟だとは思わなかった。ただ気性が荒いのが問題なだけなら、制御チップを埋め込めば済む話だ。そもそも、元々どんな馬でも入れるつもりだった。と言うか、むしろ入っていない馬など、いくらおとなしくても乗る気になれない。


 コウが黒い方の馬のそばに寄っていくと、突然立ち上がり、前脚で自分を踏みつぶそうとする。なるほど、確かにこれは気性が荒い。コウは大して力を入れた様子もなく、前脚を受け止める。そのまま微動だにしないと、降参したのか、前脚の力が抜ける。手を離すと首を下げてきた。力関係が分かると服従するなんて、下手な人間より頭が良いじゃないか。

 気に入ったので、この2頭を購入することにする。


「この2頭を購入したいのですが、幾らですか?」


 一連の出来事に呆然としていたカント氏に、コウが尋ねる。


「え、ああ、2頭で4白金貨でどうだろうか」


 高い馬だと3白金貨を超えると聞いていたので、この馬で2白金貨だったら安いと思ってしまう。


「ええ、それで構いませんよ」


 こうして、無事、目的のシンバル馬を買うことができた。しかも自分が思ってたより良い馬が買えた。そうコウは思い満足したのであった。

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