第160話 各国の動き

「とても信じられぬな……」


 例の特別な個室で宰相の報告を聞いたレファレスト王はぼやくように呟く。


「しかし、複数の情報源で確認しております。再度の確認をした者もおります。ご報告の精度はかなり高いものと思われます」


 バナトス宰相は戸惑いながらそう答える。宰相としても正直信じられない事だったからだ。


「ああ、すまぬ。宰相の報告を疑った訳ではない。言い方が悪かったようだな」


「いえ、そのような事は。私も最初に報告を受けた時はとても信じられませんでしたので……」


 そう、バナトスも最初、内通しているルカーナ王国の貴族が裏切ったか、欺瞞情報をつかまされたかと思ったのだ。


「見せしめの処刑に、なりふり構わぬ徴兵、兵量の調達、敵に対しては殲滅宣言、さらに森を焼き払い毒を撒く。おまけに進路上の自領に対して兵糧の提供と、兵に対する女の提供だと……。ルカーナの国王は馬鹿なのか?いや馬鹿と一言では済まされぬぐらいだな。今後、何か新しい言葉が生まれるかもしれぬな」


 呆れてものが言えぬ、とはこの事だと、レファレスト王は思う。本当に呆れてしまい、上手い言葉が見つからないのだ。


「して、如何いたしましょう。おそらくベシセア王国、それと王女が嫁いだ先、キスキア大公国とウィール王国、もしかするとノイラ王国から何らかの要請が来ると思われますが」


「正直、こんな馬鹿馬鹿しい戦争に関わりあうぐらいなら、その分旧ヴィレッツァ王国の掌握に力を入れたいところだが……。そうだな、まあシンバル馬の弓兵部隊、騎兵隊ぐらいは送っておくか。それと補給部隊もな。一応、確実にベシセア王国が勝てるぐらいの人数は送ってやれ。ただ、勝ったからと言って深追いする必要は無い。こんな戦争で大事な兵が無駄に死なれるのは困る。存在感だけ示せば十分だ。適当なところで撤退させよ。

 ルカーナ王国に手を出すのは、新しい王が立ち、落ち着いてからでよい。どうせ、今の版図は保てぬ。ルカーナ王国は大きく版図を狭めるであろうよ。寧ろその機に乗じて、ヴィレッツァ王国が勢力を伸ばさぬよう、気を付けておくようフェローに伝えよ。

 全くあまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、直接伝える気にもなれぬわ。細かいことはそなたに任せる。不愉快だろうが、仕事と割り切って諦めよ。ただまあ、しらふでするのも辛い事もあろう。暫くは多少の事には目をつぶる。酒を2、3本棚から持っていけ」


 そう言って、レファレスト王は疲れたように手だけひらひらと振る。バナトス宰相は一礼し酒を数本棚から取り出すと、部屋から出ていった。



 東方諸国の一国キスキア大公国に、ルカーナ王国からの使者が来る。使者がジェロール王の依頼という名の命令を読み進めるごとに、キスキア大公の顔が赤くなっていき、腕がプルプルと震えだす。


「以上が、ジェロール国王陛下からの貴国への依頼であります」


 読み終えると使者は、その場で直立している。


「……。分かったとだけ伝えよ。そして、私がまだ我慢ができてるうちに立ち去れ」


 そうキスキア大公が腹の底から絞り出すような声で言うと、使者は逃げるように謁見の間から出ていった。


「おのれジェロールめ、キスキアの意地見せてくれる。宰相。ヨレンド侯爵を通じ、リューミナ王国から何とか援助を受けられぬか試みてはくれぬか。礼として国土そのものを差し出しても良い。たとえリューミナ王国に併合されようと、ルカーナ王国の属国よりはましだ。

 ベシセア王国から知らせが来たときは、何を大げさなと思っていたが……。間違っていたのは私の方だったか」


 キスキア大公は一度天を仰ぐと、直ぐに真剣な表情になり、部下に指示を飛ばし始めた。


 キスキア大公と同じことが、ウィール王国でも起きていた。ウィール王国国王も各国へ援軍の要請と部下への指示に奔走する。


「ジェロールめ。たとえこの国が滅びようとも、子々孫々、貴様の血が絶えるまで呪ってくれる。これ以降枕を高くして眠れるなど思うなよ……」


 国王の目は怒りに血走り、握りしめた拳は爪が食い込み、血が出ていた。



 ルカーナ王国の会議室で再び貴族が集められた。


「国王陛下。ベシセア王国だけでなく、キスキア大公国、ウィール王国も我が国に反旗を翻したようでございます」


「忌々しい。リューミナ王国の侵略から誰が守ってやってたと思っている。俺様の国がなくば独立してもいられぬ属国風情ではむかうなど、許してはおけんな。宰相!兵を集めろ。丁度良い、私の初陣だ。奴らの国など捻り潰してくれる。どれぐらいで出発は可能だ」


 ルカーナ王国こそ東方諸国の踏ん張りで、リューミナ王国の侵略を免れているにもかかわらず、ジェロール王はそうは思っていない。援助も何もしていないのに、自分の国の威光でリューミナ王国の侵略が止められている、と本気で思っているのだ。


「1ヶ月あれば50万の兵士がそろうでしょう」


 宰相はそう答える。


「1ヶ月?そんなには待てんな。奴らの国をつぶすのにそんなに大軍はいらん。半分で十分だ。半月で用意しろ。良いな」


 正直、今集めている兵はただの農民である。25万だと諸侯の軍10万と農民兵15万というところだ。だが、諸侯の軍は真面目に戦うかどうか分かったものではない。敵は殲滅宣言を出してしまった以上、死に物狂いで戦ってくるだろう。元農民の兵15万で対抗できるか、戦を知らないネフルとしても疑問に思うほどであったが、結局は国王の意に沿うことを優先する。


「承知いたしました。そのようにいたします。諸侯の皆様もよろしいですな」


 諸侯は一斉に頭を下げる。反対意見はない。ネフルとしては軍の進行速度から考えて戦いが始まるまでに半月ほどかかる。その間にまた兵を集めて投入すればよいと考えていた。戦力の逐次投入という愚かな作戦である。また諸侯にとっても騎兵だけを投入するという、良い言い訳が出来る上、実質的な敵が減るのだ、喜ばしい事だった。

 

 フラメイア大陸史上、最も愚かな戦争、と言われる戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る