第252話 グティマーユ伯爵との交渉

 馬車に乗り、貰ったデータキューブをしげしげと眺めながら、コウはユキに尋ねる。


「解析にはどれぐらいかかりそうかね?」


「そうですね。遥か昔に使われなくなった技術ですが、理論自体はそう難しくはないものですし、元の世界の発掘品にも多くありましたから、大部分は再生機の製作時間になります。汎用品を改造して3日というところでしょうか」


 確かに、最初にユキが言った通り、少々時間が掛かるようだ。軍事行動中に情報分析に3日もかけていたら、最早情報の意味がなくなるが、幸か不幸か今は時間はたっぷりある。焦るまでもない。


「それよりも、リンド王国への対応はどうするおつもりですか? 本気で交渉をするつもりですか?」


「一応そのつもりだがね。ただ、似たような経験が全く無いとは言わないが、政治の世界にはあまり興味が無かったからな。ウォルガン王を説得できるかどうかは、半々ぐらいだと思っている」


「コウにしては弱気だな。いっそのこと、武力で征服した後、あの王様に放り投げちまうか?」


 オヤジギャグではないが、サラがさらっととんでもないことを言う。いや、戦闘艦の発想としては普通だろうか。しかも、割と簡単にできそうな案である。


「それを今更やらんよ。この間作ったセイレーンのエールの改良版100樽ぐらいで納得してくれたらいいんだがな。流石に無理だろうから、真面目に交渉するさ。流石に国力差は認識できてるだろう。地下にこもって徹底抗戦するような国王とも思えなかったし、なんとかなるんじゃないかな」


 半分希望を込めてそう答える。


「さて、明日はジクスに向かうか? それとも王都を見て回るかね?」


 コウのを除いた3人は一度顔を合わせた後ユキが答える。


「明日船を探し、そのままリンド王国へ行きましょう。データキューブの入手は観光より優先されるかと。場合によってはこの星中を探索し、手あたり次第集める必要もあるかと思います」


「ふむ。それもそうか」


 距離的にはジクスからリンド王国に向かうルートの方が短いのだが、時間的に早いのは一度物資を運んだようにローレア河を船で降り、ゼノシアから向かうルートだ。幾らシンバル馬を使って旅をしているとはいえ、24時間進む船にはかなわない。

 それに、ゼノシアでグティマーユ伯爵にセイレーンのエールの改良版を渡したら喜ばれるんじゃなかろうか、とも思う。そこまで考えて、そう言えばグティマーユ伯爵もパーティーに来ていたから、一緒の船に乗ればいいかと思い立つ。

 あれだけの領地を持つ貴族だ。国内の船の中でも有数の乗り心地の良い船で来てるに違いない。


「グティマーユ伯爵は王城に泊っているんだろうか?」


 何気なくユキに聞いてみる。


「いえ、夜の王都を楽しみたいと、城の外に泊まっているようですよ」

 

 ユキがそう答えるのと同時に、


「ああ、そう言えば、一緒に飲みにいかないかと踊った時に誘われましたわね」


とマリーが思い出したように答える。マリーの噂が広まっているのなら、あの伯爵だったら色恋沙汰は抜きにして確かに誘うだろう。伯爵ともあろうものがそれで良いのだろうか、と思わなくもなかったが、元々は跡を継ぐ予定が無かったため、貴族という感覚が薄いのだろう。


「泊っている宿は分かるかね?」


「伯爵クラスになると宿を貸し切って、家紋を刺繍した旗を宿に掲げますからね。直ぐに分かりますよ。私達が泊まっている3軒隣の宿です」


 自分達が泊まっている区画は最高級の宿が集中している区画だから近くだろうとは思っていたが、思ったより近くだった。


「それは重畳。早速明日会いに行こう」


 夜も更けていたために、宿に帰ると直ぐに寝る。そして、朝起きて朝食を食べて直ぐにグティマーユ伯爵が泊っているホテルへと向かう。

 ホテルの前には護衛らしき兵士が立っていた。


「すみません。グティマーユ伯爵にお会いしたいのですが。今日のアポイントは取っていませんが、お誘いを受けたものとその仲間です。“幸運の羽”というパーティーがお伺いしたとお伝え願えませんでしょうか」


 とびっきりの余所行きの笑顔でユキが兵士にそう尋ねる。マリーが誘われたので、噓も言ってない。衛兵の1人が顔を赤らめた後、宿の中へと入っていく。直ぐに戻ってくる。


「お会いになられるそうです。ただ、少々お時間を頂きたいとのことです。その、皆様には申し訳ありませんが、こんなに朝早くに訪問される方がいらっしゃるとは予想外だったようでして……暫くレストランの方でお待ちいただけませんでしょうか」


 バツが悪そうにそう兵士が答える。突然押し掛けたのだから待たされるぐらいはどうということもない。寧ろすんなりと面会が行われることに、自分達は有名になったんだなあ、とつくづく思う。

 

 レストランで暫く待っているとグティマーユ伯爵が現れる。化粧でごまかしているが、顔色が悪い。明らかに二日酔いだ。貴族らしく表情を取り繕ってはいるが、頭が痛いのだろう。二日酔いの相手と交渉するのもなんなので、薬を渡す。グティマーユ伯爵は護衛の兵士が止める間もなくそれを飲んだ。護衛の兵士は毒を警戒したのだろう。薬を飲むと直ぐに顔に生気が戻ってくる。


「凄いものだなこの薬は。マジックポーションか何かなのか?」


「違いますが、特殊な作り方をしているという点では似ていますかね」


 伯爵の問いにコウはそう答える。


「ところで、何用かな? 夜会への招待というわけでもなさそうだが」


 どことなく警戒した様子で伯爵は問いかけてくる。


「伯爵はここには船でこられてるのでしょう?実はリンド王国に行く用件ができまして、同乗させていただけないかと。お礼は自分達が持っているこのお酒を一樽でどうですか?」


 そう言ってセイレーンのエールの改良版を差し出す。


「ほう、これは」


 伯爵はグラスに注いだ後、香りを楽しみ、ひとなめした後は、一気に飲み干してしまう。


「エールのような飲みごたえであるのに、この量でこれほどガツンと来るとは、なかなかの酒だな。確かに貴君の言う通りわしは船で来ておる。リューミナ王国でも国王陛下が乗られる船の次ぐらいには立派な船だと思っておる。だが、この酒が一樽ももらえるのであれば、同乗を許すぐらい、訳もないことだ。ただし、出発は一ヶ月後になるが、それで構わないかな。途中船上パーティーも開くので、船だけ戻すわけにもいかんのだが」


 流石に1ヶ月も待つのは嫌だったので、コウは更に追加で一樽渡すことにする。


「これを出す以上、船上パーティーは無理ですよ。そういうことで1週間ほど借りられませんか?」


 何せ元となった酒が、レッドアラートが鳴り響くような酒である。船上で飲んだら悲惨な光景が広がることになるだろう。


「確かに……了解した。ただ出港の準備はしておらんのでな。流石に2日は時間をくれないか」


「はい。ご無理を言って申し訳ありません。よろしくお願いします」


 そう言ってコウは頭を下げる。これで、ゼノシアまでの快適な旅ができる。それに丁度データキューブの解析も終わる頃だ。その結果によってリンド王国との交渉の気合の入り方も変わるだろう。そう思い満足したコウではあったが、準備ができる2日間はグティマーユ伯爵の社交に付き合う羽目になったのは誤算であった。

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