第251話 レファレスト王との密談2

 そのクリスタルは明らかに自然の物ではなかった。しかも一見したところでは分からないが、中にはダイヤモンドの結晶が入っている。


(太古のデータキューブと思われます。どのようなデータが入っているかは分かりませんが……再生機器から開発しなければならないため、手に入れても解析に少々時間が掛かります)


 ユキから思考通信が入る。


「自慢ではないが、我が国ほど大国の王ともなれば、市場には出回らぬ物も手に入れることができるようになる。これもそのうちの一つだ。これは見ての通り自然にできたものではない。しかしどの鑑定士に見せても、どんな魔法を使っても正体不明の物体だ。ただ分かっているのはこれは魔法で加工されたものではない、ということだけだ。マジックアイテムでもない。いつの時代のものか、何処で誰が作ったのかも分からぬ。そして一見美しく儚げであるが、どんな攻撃も受け付けぬ。

 これを手に入れた時、人と物の差こそあれ、まるでそなたらのようだと感じた。なんらかの関係がある、そう考えつくのに時間はかからなかった。そうである以上そなたらの興味を引く報酬になりえる。違うかな?」


 コウは国王の推察力に正直驚いていた。ここまで断片的な情報で正解を導きだすことなど、誰ができるものなのだろうか。たかが50年にも満たない人生しか送っていないにもかかわらずだ。クレシナ嬢の強さといい、最近は驚かされてばかりだ。


「正直驚きました。関係があるかどうかは現段階では断定できませんが、陛下の言われる通り、非常に興味のある品物ですな。賭けは陛下の勝ちと言えるでしょう。で、これを今回貰えるのですか?」


「無論だ。目に見える形ではないが、此度のそなたらの我が意を汲み取ってくれた行動のおかげで我が国が受けた恩恵は計り知れぬ。王都でも有数のデザイナーを呼び寄せ、Aランクの冒険者と言えど、少なくない金額を使い、このパーティーに参加するための服を作り、そして参加してそつなく振舞った。これでそなたらと我が国の関係を悪化させよう、などと思う大馬鹿者はおるまいよ。もしいたとしても、まともに相手にする必要のないほどの小物だな。そしてそなたらが敵に回らぬ限り、我が国は負けぬ」


 レファレスト王は賭けに勝ったと分かったことで落ち着いたのか、目の前の酒を手に取りグイっと揉み干す。勝利の美酒だったのだろう。非常に満足そうだった。


「まあ、こちらも今更大逆転を狙う大馬鹿者にすり寄られても迷惑ですからね。国同士の争いはその国の軍人だけでやってもらいたいものです」


「ふむ、全く以てその通りだ。そなたはそなたで、私を利用したというわけか」


「ご不快ですかな?」


「いや、実に愉快だ。そうだな、こんな愉快な気分になったのは、いつ以来だろうか」


 そう言ってレファレスト王はコウ達が持ってきた料理を食べ始め舌鼓を打つ。コウもまた国王からもらった酒に舌鼓を打っていた。それまでの緊張が嘘のように和やかに食事が進む。


「さて、自分達の時間は幾らでもありますが、陛下のお時間を余り取らせるわけにもいきますまい。何か依頼したいことがあるのでは?」


 コウは1本酒を開けた段階で切りが良いと思いレファレストにそう声を掛ける。ちなみにコウは1本だが、サラは既に2本、マリーに至っては5本目に手を付けている。他のことならともかく酒の量で借りなど作りたくはなかったので、2本目からは自分達で持ってきたものだ。勿論いくら飲んだところで、酒ぐらいで国王は貸し借りなどとは思わないということは分かっているが、気分の問題だ。


「ふむ。話が早くて助かる。ただ、時間という点においては十分にとってある故、あまり気にしなくても良いのだがな。寧ろ、そなたらとの会話は心地よささえ感じる。だが、せっかく気を使ってもらったのだ、先に用件を言うことにしよう。

 ドワーフ達の国、リンド王国への使者を務めてほしい。国を併合したいのだ。その旨を伝える使者だ。無論、使者である以上その場で併合を承諾させる必要は無い。ただ、できればそなたらに併合する交渉も任せたい。報酬は先ほどのクリスタルをもう一個だ。複数欲しいのだろう?」


「なぜ、複数欲しいと考えたのですか?」


 確かに中身がデータキューブである以上、幾つでも欲しい。中に何が入っているかは分からないが、解析した挙句、単なる娯楽映画だったという可能性もあるのだ。ただ複数あるという事は、このデータキューブの価値がさらに高まったということに他ならない。なぜなら単体で偶然この世界に紛れ込んだのではなく、使用者毎この世界に来たという可能性が高くなったからだ。で、あるならばどれかに有益な情報が入っている可能性は決して低くはない。


「なに、簡単なことだ。これは武器でも、何かのマジックアイテムでもない。である以上、そなたらが欲しい理由は調べたいからであろう。そしてそうであるなら数は多い方が良いに決まっている。違うかな?」


 実際にはこういった形のものはデータキューブとは限らず、エネルギーキューブである場合や、武器の可能性もあるし、そうでなくとも何かの部品の可能性もあるのだが、それを考慮に入れろというのは、この文明レベルの人間にとって無理と言うものだろう。それ故に、今の考えに至ったともいえるが、それを差し引いてもやはりこの国王の洞察力は舌を巻くレベルだ。


「陛下の洞察力には頭が下がりますね。全く以てその通りです。もう一個と言わずできるだけ欲しいものですね。そのためにはどんな依頼も、とは言いませんが、多少の無茶はしましょう。で、どのような条件で併合してもかまわないのですか?」


「そなたに一任する」


 レファレスト王は考えるまでもないと即答する。


「リューミナ王国を対価に差し出すかもしれませんよ。つまりは逆に併合される身になるわけです」


「ハハハッ、本当にそなたがそれが良いと思うのならそれでもかまわぬ。無論、約束を守り併合されたとて、その後反乱を起こさぬことは保証できぬがな」


 仮に本当にそれをやったとしたら、すぐにこの国王は反旗を翻すだろう。調印式典に呼び寄せた後殺すか、若しくは相手の国に挨拶しに来たと、堂々と軍隊で乗り込んで占領するかもしれない。どちらにせよ、よく言えばあのお人好しのリンド王国の国王では対処しきれまい。そしてそれはそんな無茶な交渉をしたコウに当然責任がある。


「分かりました。引き受けましょう。ちなみになぜリンド王国を併合したいか教えてもらえませんかね。あの国は外には無関心ですよ。仮に大陸統一のためにリンド王国を併合したいとしても最後でも構わないと思いますが?」


「無関心すぎるのだよ。今リンド王国にはヴィレッツァ王国の残党やルカーナ王国方面からの避難民、若しくはスパイが多く入り込んでいる。そのあたりの管理をあの国王がちゃんとやってくれるのであれば、そなたの言う通り最後で構わぬのだがな。個人的に友誼を結んでいるそなたらには悪いが、それは期待できぬ。

 そなたらの情報で魔族が実在すると分かった。北方諸国にちょっかいを出していることもな。そして時を同じくして隣のタリゴ大陸の最北で勢力を拡大している国がある。まあ、今のところはまだナリーフ帝国の一貴族という形だが、実際のところは、最早ナリーフ帝国の国力ではおさえきれぬほどだ。突然なぜそのような国力が付けられたのか。偶然と片付けるにはいささか怪しすぎるであろう。

 もし魔族が侵略の意図を持っていた場合、この国に手を出さぬ保証など何もない。正体すら不明なのだからな。そんな中で不安要素など早めに潰しておくに限る」


 不安定化するといっても、所詮はリンド王国周辺だ。元のヴィレッツァ王国とエスサミネ王国の一部だけだろう。本当に無慈悲な国王ならその地域を切り捨てているだろう。降伏した諸侯に任せ、最低限の援助だけしても反乱を起こすまで不満をため込む諸侯は少ないだろう。その代わりその地域の民は重税や治安の悪化に苦しむはずだろうが。

 だが、レファレスト王はかつての敵国とは言え、一度庇護下に入った民は大事に扱うつもりのようだ。無論、大人しくしておく限りであるだろうし、元々のリューミナ王国人と平等かどうかまでは知らないが。

 

「陛下のお考えはよく分かりました。最善を尽くすことを約束しましょう」


 そうコウはレファレスト王に約束する。考えを巡らせてみたが、民主主義なぞできない以上、今の環境を望むのなら為政者はレファレスト王が望ましい。寧ろ民主的に選ばれた下手な議員より好感が持てるぐらいだ。

 

 その後夜遅くまで国王との歓談は行われた。表面上はそう変わらなかったが、バナトス宰相が呼びに現れた時は、国王は驚くほど酔っていたらしい。コウ達は約束通りクリスタルを一個だけ貰い、部屋を後にした。


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