第152話 ルカーナ王国国王の暴虐

 日が暮れ、更に鐘3回分の時が過ぎ、大分夜も更けたころ、ジェロールは目を覚ます。まだ半分酔った頭で、寝る前に何をやっていたのか思い出す。そうだ、メヴィド王の娘が俺に無礼を働いたので、問い詰めてやるところだった。それを思い出したジェロールは、汚れている上にしわくちゃになった服のままで謁見の間へと歩き出す。


「陛下。今からどちらにお出かけでしょうか」


 途中、見張りの衛兵がギョッとして、国王に尋ねる。


「今からメヴィド王に会って、言い訳を聞いてやる。衛兵を集めろ。早くしろよ」


 そう言って、スタスタと、と言うには遅すぎる速度で、どちらかと言うとノタノタと、という感じで謁見の間に進んでいく。中に入ると、数人の衛兵とメヴィド王とその側近らしき老人がいた。メヴィド王は60を過ぎており、この世界では老人と言える年齢である。

 長時間立っていたのが疲れたのか、杖に体重を預けて前かがみになっていた。


「あの娘はどうした。俺は部屋にくるよう命じたはずだ。それにもかかわらず、部屋に来ないどころか、この場に弁明しにも来ないとはどういうことだ?」


 ジェロールは、不機嫌そうにメヴィド王に尋ねる。いくら相手が下手な伯爵領より小さな国の王とは言え、余りにも無礼な態度である。しかも服装も眉をしかめるものだ。真夜中と言っても良い時間の謁見といい、メヴィド王は怒りが湧き出してくるのを、何とか抑えている状態だった。


「娘は、ジェロール陛下が熟睡されていたため、戻らせました」


 メヴィド王は簡潔に事実を述べる。娘に直接行かせたわけではないが、その程度の調べは行なっている。ただ単に衛兵に金を渡して様子を見に行ってもらっただけだが。


「何を勝手に戻らせている。誰が戻って良いと言ったんだ。ああ!答えてみろ」


「……」


 メヴィド王は答えられなかった。答えようがないと言うのもあるが、余りの言いように腹が立って仕方がなかった、というのもある。

 メヴィド王の国は東方諸国と言われている国の一つで、リンド王国に隣接している山間部の小さな国だ。標高が少し高い為、常春と言っても良い気温で過ごしやすい。風光明媚な美しい所だが、耕作地が少なく、人口も10万程度である。当然ながら周りの国と敵対しては生き残れない。なので政略結婚など珍しくもないし、他国の側室に入った王女もいる。

 今回の呼び出しに、年頃の娘を連れてきたのは、王の目に留まり側室にでも召されれば、と考えたからである。ルカーナ国王の側室ならば、下手な小国の正室よりもいい。そう考えたのだが、ジェロール国王の余りの傍若無人ぶりに呆れ、更に娘を側室どころか愛人でもなく、ただ一夜の夜伽の相手をさせようとした事に、怒りを覚えた。とても小なりとは言え、一国の王女に出される条件ではなかった。

 メヴィド王は辺境だったとはいえ、情報収集を怠ったのと、娘を連れてきたのを後悔し、その日の夜の内に、娘を国に帰らせたのである。いや、逃がしたと言った方が良いだろう。


「何とか言ったらどうなんだ?首から上のものは飾りか?」


「もう話すことはありませぬ。これにて失礼いたします」


 メヴィド王は怒りを押し殺して、それだけを言うと、踵を返し、謁見の間から出ていこうとする。


「どうやら、首の上のものは飾りらしいな。兵ども無礼なこ奴らの首を切れ」


「なっ!」


 あまりにも常識外れの言葉にメヴィド王は呆然とし、衛兵すらも戸惑う。


「何をぐずぐずしている。貴様らも殺されたいのか!」


 再度、ジェロールが命令すると、衛兵が剣を抜きメヴィド王とその従者の首を刎ねる。メヴィド王と側近は高齢のため、碌に動くこともできず、衛兵にあっさりと首を刎ねられる。血が噴き出し、直ぐに謁見の間に血の臭いが充満する。


 おえぇ、という何かを吐く音がする。衛兵たちが王座の方を見るとジェロール国王が吐いていた。ただでさえ、まだ酔いが残っているのに、血の臭いを嗅いだのである。当たり前と言えば当たり前の事だが、少なくとも国王が王座に座ってやることではない。


「くっそう。気分が悪い。それもこれもメヴィド王とあの娘のせいだ。メヴィド王の連れてきたものは皆殺しにしろ。それと娘もつれ戻せ。いいな!」


 そう言って王座から立ち上がり、ふらふらとした足取りで自分の部屋に帰っていった。


 メヴィド王の一行は国王も含め、高級とは言え、民間の宿に泊まっていた。しかも自費でである。理由は自分が呼んだにもかかわらず、ジェロールが田舎者に使わせる部屋などないと、王宮の客室を使わせるのを拒否したためである。

 大貴族で従者や護衛の数が多い場合や、多くの貴族が集まる舞踏会などでは、客室が足りなくなるため、末端の兵や従者などは民間の宿に泊まることもあるが、今回呼んだのはメヴィド王と娘だけである。それでこの対応はあり得なかった。

 

 真夜中の皆寝静まったころ。ゾロゾロと、その宿に数十人の衛兵たちが向かう。衛兵たちは乱暴に宿の扉をたたき、宿の従業員を呼び出す。一流のホテルだけあって従業員は夜中でも待機していた。夜遅くに帰ってくる客や何か用事があった時の為である。


「メヴィド王一行の部屋はどこだ。正直に言えば命は助けてやる」


 従業員はドアを開けたとたん、衛兵からそう言われて剣を突き付けられる。いくら高級宿とて、命がけで客を守るような従業員を雇っているわけではない。


「い、一番上の階を貸し切っておられます」


 いきなりの出来事に、従業員は怯え、直ぐにメヴィド王の一行の居場所を教える。メヴィド王は自分と従者の待遇を明確に分けてはいなかった。これは小国故に、王家と配下の者との距離が近いせいであろう。

 最上階に向けて、衛兵たちが駆け上がっていく。最上階まで上がると、ドアを叩いて起こすような真似をせずに、ドアを持ってきた斧や、戦槌で叩き壊し、中にいる人々を虐殺していく。宿に悲鳴や怒号が響き渡る。国王の命令通りに皆殺しである。もし万が一生き残りでもいたら自分達が殺されかねないため、衛兵たちも必死だった。


 こうしてメヴィド王とその一行は皆殺しにされた。その後、国王に逆らった者の見せしめとして、首は城門前に並べられ、身体は城壁から吊り下げられた。


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