第231話 地下墓所
なんとなく、釈然としないながらも、依頼主であるボヌートの希望通り、水路へと粉々になったボヌートゆかりの品々を流し地下都市を後にする。ボヌートは心配事が無くなったせいか来た時よりも随分とご機嫌だった。
「そんなにも見られたら嫌なもんですかね?」
コウは疑問に思いボヌートに尋ねる。
「当たり前じゃろう。ちゃんと自分が納得のいく作品ならともかく、ゆかりの品ごときで誰かが金を得るなど、あってはならんことじゃ。まあ、それだけではないがのう。いずれにせよもう終わったことじゃよ。今日は帰って久し振りに心行くまで飲むとしようかのう」
3日前に酒蔵開きで寝不足になるまで飲んだと言わなかったっけとか、どさくさに紛れて爆破したのはなんだろうとか、色々ツッコミたいことはあるが、自分達もこの世界の人間からしたらツッコミどころ満載の集団なので、ぐっと我慢する。
水路からの帰り道は、寄り道をすることなく地上に向かったので、昼は過ぎたものの、日がまだ高いうちに地上に出ることができる。
「それにしても、手強いモンスターどころか、低レベルのアンデッドすらも出てこないとは意外だったわい。おかげで快適な探索じゃった。目的もすんなりと果たせたしのう」
低レベル、高レベルに限らず、鬱陶しいので、コウ達が手あたり次第消滅させてしまった結果、今ではもうアンデッドはいないのだが、それを言わない方が良いと思うぐらいの分別は持っている。
「自分達を雇わなくても、ボヌートさん達だけで探索ができたとは考えないんですか?」
コウがそう尋ねる。
「儂も昔は冒険者の端くれだったんじゃ。安全を買うという意味をよく知っておる。結果だけを見て損したなどとは思わんよ。実際、1回探索隊を出して犠牲を出したんだからのう」
ボヌートは冒険者時代の話を少ししてくれる。商隊は護衛を雇うが、襲われることは稀らしい。だがそれでも雇うのは、雇っていないと襲われる確率が格段に高くなるためだ。護衛のついていない商隊など、盗賊にとってはかっこうの餌食だそうだ。
「寧ろ、お前さん方がこんな基本を知らんことの方が驚きじゃがのう」
コウとて勿論安全を買うことの意味は知っている。ただどうしても遊びの感覚が抜けてないため、持ってしまった疑問だった。要するにゲームでクエストを受ける時はなにがしかのイベントが起きるものだったからだ。少々遊び気分が過ぎたかなと反省する。但し行動を自重する気はさらさらない。
「まあ、色々とこちらにも事情があるんですよ」
そう言ってコウは肩をすくめる。ボヌートはそれ以上詮索することもなく、地上に出るとそのまま別れた。
それから数日間はそれまでの遅れを取り戻すがごとく料理の収集をし、再び地下都市へと潜る。流石にもうほとんどの所は探索し終わっており、残るは最後にとっておいた地下都市のさらに地下にある空間だった。城の地下にある石板のある墓所である。
墓地を荒らす気は無いが石板に何が書いてあるのか、若しくは単なる墓所というにはいささか広い空間に何があるのかが知りたかった。
城の地下室の一角からその空間へ続いている道がある。途中からは自然の洞窟になっていた。海中洞窟ならともかく、海抜0m以下で水没していない洞窟というのはどの惑星でも珍しいものだ。ましてやここは海辺である。
「不思議なものだな。水没していた洞窟を排水したというならともかく、洞窟ができて以来水没した形跡がない」
海中に水没したならどうしてもその痕跡は残る。自分達のおよびもつかない技術があるのならともかく、今までの情報からその可能性低い。
「そうですね。できた経緯はごく普通に氷河期に海面が下がった時にできたもののようですが、その後の海水の浸食が観測できません。自然現象にしては不自然ですね」
ユキもコウの意見に賛同する。
「推測するに。上部の地下都市より遥か前に住人がいたと考えられます。なんらかの理由で地中奥深くに住んでいたのでしょう。排水設備は上にある都市を見ても分かる通り、技術レベルに対して非常に高いものがあります。魔法というものがあるせいでしょうが、この下の地下空間も魔法で維持されていた可能性が高いと思われます」
「隠れ里か……さて、何に対して隠れていたのかな」
ユキの説明にコウが呟く。
上にある地下都市と違って明かりの無い洞窟をコウ達は下っていく。100mほど下ると上の地下都市ほどではないが、かなり大きな空間に出る。墓所だ。あちこちに墓標らしきものがあり、そのうちいくつかは死者の功績を称えたと思われる石碑が建っている。
この世界では墓所によくいるアンデッドの類も居ない静謐な空間であった。コウ達は動くものの無い暗闇の中を散策する。此処には揮光石も無かった。正確に言えば昔はあったのだろうが、取り外された跡がある。恐らく上に都市が作られた時に取れる物は取っていかれたのだろう。
「何か分かったかね?」
暫く散策した後コウはユキに尋ねる。
「そうですね。まず此処の地下空間ですが、約3万年前に人が住み始めたようです。当初の文明は文字も無いものですので、推測にすぎませんが、恐らく魔族と呼ばれるものから逃れた人族のようです。古い死体は3万年前の人間族と同じです。長い間地下空間に住むことによって人間族から次第に分化したものと推測されます」
「つまりはここはドワーフの生まれた地というわけか」
「一概にそうとは言えません。ただ、ドワーフ族が誕生した場所の一つとは言えると思います。現在のドワーフ族とは一致しない部分もありますので。恐らくこのような場所は複数あったのではないでしょうか。類似進化した後に混血した、という可能性がもっとも高いと思われます」
外見は大きく違うが、人間とドワーフとエルフは混血が可能なほど遺伝子が似ている。ユキの説明はコウとしても納得できるものだった。
「碑文や壁画を解析した限りで一方的な見方にはなりますが、魔族の支配はかなり過酷だったようですね。少なくともこの不便な洞窟で生活する方がましと思えるほどには。今のドワーフ族ならともかく、初期の頃はかなり苦しい生活だったと推測されます」
初期情報によれば魔族は個々の力による支配が続いているらしい。人族など労働力とみなされるならいい方で、下手したら食料だった。それよりこの不便な地下空間の方がましだったのだろう。
「保存状態が良いので、サンプルを採取すればもっと詳細な情報を入手できると思いますが、いかがされますか?」
「いや、止めておこう」
この惑星に降りた当初なら、躊躇いもなくサンプルとして死体を分析しただろう。だが今はそういう気分になれなかった。
コウは一通り見終わると、墓所を後にした。
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