第82話 ドラゴンステーキ
前書き
待ちに待ったドラゴンステーキです。食べてみたいなあ。
ドラゴン討伐から帰ってきた2日後の昼、コウ達はフモウルの冒険者ギルドへと顔を出す。ドラゴンの素材のお金と肉だけもらったらジクスに旅立つ予定なので、真っすぐ交換所の方へと向かう。
流石に3分の1とは言え大量の肉はカウンターにおける量ではないので、奥の倉庫のような所に案内される。そこにはきれいに解体されたドラゴンの素材が並べられていた。そのうちの一つ、肉の塊のところに向かう。10トン近い肉の塊は面と向かうと結構な量だと痛感する。しかし、これ以上譲る気はない。コウは淡々と肉の塊を亜空間へと収納していく。
「兄ちゃんたち、本当にそれだけの量食べるのかい?」
交換所の男が呆れたように言う。
「勿論ですよ。これ以上は譲れません」
「まあ、いいか。決まったことだし。しかし、こんなに食い意地の張ったパーティーは正直初めてだぜ。収納魔法持ちってのが大きいんだろうが、普通は多くても持ち帰るのは50Kgぐらいなもんだ」
「まあ、自分たちは食うために冒険者になった、と言っても過言じゃありませんからね」
「同じ、食うために冒険者になったって言葉が、こんなに違って聞こえる事があるなんて思わなかったね」
コウの言葉に男はそう答える。普通食うために冒険者になったと言えば、やむを得ない事情があるか、他に就ける職業が無かったかだ。決してドラゴンの肉を食うためではない。
「では、自分たちはこれで」
そう言ってコウ達はフモウルの冒険者ギルドを出て、一路ジクスへと向かった。ちなみに素材の値段は予想を上回り10白金貨。肉を全部売ったらもう3白金貨プラスだった。1㎏当たりに直すと3万クレジットでグリフォンより安いが、一体当たりの取れる肉の量の違いだろう。それでも超高級肉には違いない。
昨日食べ方を調べたが、自分たちが出来る中では、塩と胡椒をまぶして鉄板焼きにするのが一番美味しいらしい。後はどうしても高級料亭に持ち込む形でしか調理できない。そもそもめったに出回る肉ではないので、料理法が余り洗練されていなかった。そのままでも十分美味いという理由もあるみたいだが。
フモウルを出てしばらく進み適当な所で、野営の準備をする。と言っても今回の主な準備はドラゴンの鉄板焼きのための準備だ。炭で熱した鉄板に、分厚く切った肉を置く、ジューっという音と共に、何とも言えない肉の焼ける濃厚な匂いが広がり、否が応にも食欲をそそる。
程よい具合に焼けると、それをそれぞれの皿に盛る。皿、ナイフ、フォーク、ワイングラス、そしてワインは一級品をフモウルで揃えた。流石ドワーフが多く住む町だけあって、陶磁器の生産も盛んで、王都より良い物が置いてあった。20金貨ほど使ってしまったが、まあ今の財政状態では気にするほどの額ではない。もう元の世界には、たとえ身体が戻れたとしても、心は戻れないような気がしてきた。
ナイフを肉に入れるとすうっと肉が切れて、中から肉汁があふれ出す。大きめに切った肉を口の中に入れると、口の中一杯にうまみが広がる。肉としての弾力を持ちつつも、柔らかく、脂がのっているが、くどくない。体の中に肉汁が染み渡るような感じがする。
ふと、生きてるドラゴンはあんなに強固なのに、死んだ肉はこんなに柔らかいのはなぜだろう、という疑問がわいたが、美味しいんだからどうでもいいか、と直ぐに思い直し、2切れ目にを口にする。
のどを潤すのは王室専用のものには及ばないが、それでも金にあかせて買ったフモウルで手に入る最高級のワインである。何でも北方諸国で作られた物らしい。本来ならこれだけで料理の主役となるようなものだが、ドラゴンステーキの前では引き立て役にしか過ぎない。それでも、味わえるあたり普通に飲む分には美味しいのだろうが、相手が悪かったとしか言いようがない。
最初の1枚目1人一応500gあったのだが、4人が4人とも幸せな顔をして、無言で食べるだけだった。2枚目を食べるときにようやく声が出る。
「美味いとは聞いていたが想像以上だった。こんなに美味い物は食べたことがない」
コウは感無量といった感じでそう言う。
「ふーん。コウとかは式典とかで美味いものを食わなかったのか?」
「これに比べたら、ただの食品サンプルだな」
コウはサラの質問をそう言ってバッサリ切って捨てる。
「見かけは確かに豪華だったが、元が何なのかわからない料理が多かった。酷い時には肉か魚か分からない料理もあった。まあ、軍の食堂よりは、ましな料理が出てはきてたがね」
正直、美味いと思った料理もあったのだが、もうすっかり忘れてしまった。そして別に思い出そうとも思わない。一応データチップの中にはあるのだろうが、消去しても良いと思えるくらいのものだ。
「私はAIなので感覚的に分かりませんでしたが、こういうのを幸せというんでしょうね」
基本的に無表情なユキが、なんとなくいつもより艶っぽい感じで言う。心なしか頬も赤みがさしているようだ。ドラゴンステーキ恐るべしである。
「今回はブラックドラゴンでしたけど、ランクの高いドラゴンほど美味しいらしいですわよ」
こちらも幸せそうな声でマリーが言う。ふむ、そうするとドラゴンが多くいるという魔の森を本格的に探索すべきだろうか。
「後、山岳地帯に生息するロック鳥も美味らしいですわね。ピロス諸島付近に現れるシーサーペントもなかなかのものらしいですわ」
「結局、どれが一番うまいんだ?」
サラがマリーに問いかける。
「全部を食べた人が居ないから、分からないみたいですわね。それぞれを食べた人がそれぞれこんなにうまいものを食べたことがないと言ってるみたいですわ。そもそもお金を出せば食べられるという類いのものでもないようですし」
そうか、まだ制覇したものはいないのか。まあ、ドラゴンも十数年ぶりとか、ギルドの人がいっていたぐらいだからなあ。
取り立てて目標が何かあるわけでもないので、全世界のグルメ制覇を目標としてもいいかもしれない、とドラゴンステーキを食べながら幸せな気分でコウは思った。
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