第201話 毒

 結局アムネアから大した情報は仕入れられなかった。しかし、それはどうでも良いことだ。大事なのはアムネアがこちらを探っていたということと、それを本人達にしゃべってしまった、という事実だ。しらふに戻ったアムネアは自責の念に駆られるか、教団から誅伐されるのを恐れて姿をくらますだろう。それだけでコウには十分であった。


 サベイルで散々買い物をした後、コウ達は町を後にした。フラメイア大陸の北端はほぼ東西に真っ直ぐ海岸線が走っているため、コウ達は海沿いに西へと進んでいく。ザベイルからゆっくりな行程で2日ほどで国境を越える。

 ここから先はミパニア連合という東西に細長い国だ。一つの国というより都市国家の軍事同盟といった方が良い。軍事以外は基本、お互い不干渉のようだ。対外的な国の代表は有力都市5つの持ち回りで決めているらしい。

 有力都市5つのうち4つが海岸沿いにある。その内最大の都市がシメルナという所だった。最大と言っても他の大国の王都と比べれば、どんぐりの背比べである。

 コウ達は5日ほど旅をして、このシメルナの街に着いたのだった。街の雰囲気はザベイルとよく似た感じだが、大きな違いは街の周りを壁で囲っていることだろうか。といってもそれほど厚みのある造りではなく、壁の上に兵士の通路も設えてない。本当にただの壁である。


「低レベルのモンスター避けぐらいにはなるのかな」


「そうですね。この辺りは大陸でも過疎地ですから、冒険者の人数も少ないようです。そのため、侵入したモンスターに襲われないよう街を壁で囲んだものと思われます。あと、この辺りにはブラックオークというオークの亜種がいます。強さは通常のオークと殆ど変わりませんが、北方だけあって、脂肪分を蓄えているようです。特にこの時期のブラックオークは脂がのって丸々と肥えて美味だそうですね。

 とは言っても、捕獲できる冒険者の人数が少ないですし、普通のオークより高値で取引きされるようですが、高ランクのモンスターの肉ほどではありませんから、余り流通はしてないようです。ただこの街では襲ってくるブラックオークがいるため、倒した肉はあるようですよ」


 餌が少なくなる前に食い貯めるというやつだろうか。もしそういう習性があるのだったら、多少無理してでも壁は作るだろう。何せこの中には、食べ物がたっぷりあるのだから。


「では、料理を食べて美味しかったら、狩りに行くか」


 正直オークの肉は自分達で食べただけでは、何十年とかかるほど、既に持っている。売っても端金なので増えるばかりだ。大して変わらないなら高ランクのモンスターを狩りに行った方が良いが、独特の味があるのならブラックオークを狩りに行くのも良いだろう。


 街に入ると、大通り沿いに数軒か屋台が出ている。海産物がメインだが、その内の一つにブラックオーク肉の串焼きが売っていたので買ってみる。


「うーん。微妙だな。これなら普通のオーク肉の高級な部位の方が美味いかもしれない」


「油が多いのが特徴ですから、串焼きには向かないのかもしれませんね」


 食べながら歩き、宿の方へと向かう。ここでも泊まるのは最高級の宿だ、といってもこのレベルの都市になると、ジクスで利用している“夜空の月亭”と同等か、少し格が落ちるぐらいになる。


「すみません。この街はブラックオークの肉が食べられると聞いたのですが、専門店でなくても良いので、良い店はありますか?」


 着替えて早速、カウンターの女性に聞いてみる。


「そうですね。ブラックオークの専門店というのは無いのですが、肉料理の専門店があります。最高級の店というわけではないので皆様のお口に合うかどうかは分かりませんが、恐らくブラックオークの肉でしたらそこが一番美味しいかと思います」


 女性から店の場所を聞くと、コウ達はそこに向かった。街自体があまり大きくはない上に、高級料理店、高級宿があるような所は限られるため、5分もせずに店に着いた。

 中はこの地方の店にしてはテーブル間隔が広い店で、席もきちんとテーブルクロスが掛けられている。宿のカウンターの女性は最高級ではないと言っていたが、十分高級な店に入るだろう。

 案内されて席に着くとメニューを渡される。


「では私はオーソドックスにステーキを頼もう。後、飲み物として、このアクアビットを」


「それでは私はワイン蒸しで」


「じゃあ、あたいはそうだな、この部位別串焼き5本セットで」


「それではわたくしは、このキノコとブラックオークの炒め物でお願いしますわ」


 美味しそうな匂いと共に、料理が運ばれてくる。匂い的にはブラックオークの肉の方が美味しそうだが、ここしばらく、オーク肉は自分で調理した物しか食べてなかったので、一概にそうとは言えない。

 分厚い肉にナイフを入れ、肉汁が滴る肉の塊を口の中に入れる。この瞬間がたまらない。口の中に広がる肉の味を楽しんでいる途中に、レッドアラートが鳴る。毒が混入されている。無味無臭の遅効性の毒のようだ。どうやらほかの3人の料理にも入っていたらしい。


(念のために聞くが、害はないよな)


(はい。毒の成分は既知のものです。マナの含有量から分析しても、呪術のたぐいは考えられません)


(では、とりあえずはそのまま食べよう。どこで誰が入れたか分かるか?)


(残念ながら、分かりません。分かるのはこの店の誰かが、特別な何かを入れたわけではないということだけです。怪しいところはありませんでした。つまり、従業員以外の誰かが、感知されずに、我々の料理だけに毒を混入させたということになります)


 全く、せっかくのご馳走が台無しである。いくら無味無臭で害が無いとはいえ、毒入りの料理では、味わう気分になれるはずもなかった。

 気落ちしながら、料理を平らげる。いつものようにシェアをしようという気にもなれない。唯一救いなのは飲み物のアクアビットの方はまともだったことだろうか。後でまとめ買いをしよう。


(街の外で突然姿を現した人物を発見しました。時間的にみて、私達の料理に毒を入れた人物の可能性が非常に高いと思われます。追跡を開始します)



 町はずれの森の中に息をひそめている黒ずくめ集団がいた。そこにローブを目深にかぶった人物が現れる。


「Aランクパーティーと言っても他愛もない者達でしたね。毒入りの料理を平気で食べてましたよ。念の為にあなた達を呼びましたが、余計なことだったようです」


 その人物は中性的な声でそう言う。


「流石は、パニル様です」


 黒ずくめの1人が言う。


「そうかな? 死ぬのをきちんと確認せずに帰るのはどうかと思うがね」


 声がした方に一斉に振り向くと、そこには毒を食べたはずの“幸運の羽”のメンバーがいた。

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