第202話 神徒ターパナリ

「いったいどうやって……」


 今まで冷静さを失うことが無かったパニルが動揺する。


「ん? どういう意味だね? 我々が死んでいないことかな。それとも君の居場所が分かったことかな?」


 コウは馴れ馴れしいほどの気軽さでパニルに尋ねた。


 こんなことはあり得ない。パニルは目の前の現実が信じられなかった。遅効性の毒とはいえ、微笑みを浮かべて立っているこの男はとっくに悶死しているはずの時間である。あの食事には数十人を殺せるほどの量を盛ったのだ。毒に耐性があるという言葉では片付けられないし、シメルナにあの毒を無効化するほどの術者がいた情報もない。

 それに、自分の後をどうやって付けてきたというのか。自分の隠蔽の魔法は、元来のものに加えて、教団から授けられた神徒の加護も受けている。たとえAランクの冒険者といえど、発見できるはずがない。

 実際にはコウ達は見破ったのではなく、術を解いたところを見つけただけだが、至る所にナノマシンによる監視の目があるなど、パニルの想像の域を超えていた。


「どちらもでしょうか。ですが、質問に答えていただく必要はありませんよ。驚きはしましたが、別の方法で殺せば結果は同じなのですから。本来ならもっとスマートに、正体を明かさずに殺したかったのですが、仕方がありません。せっかく生き残ったのに、のこのこと姿を現したあなた方が間抜けなのですよ。そのままだったら逃げ切れる可能性もあったでしょうに」


 そう言ってパニルは懐からクーゲンと同じ形の宝石の付いたペンダントを取り出した。但し、クーゲンの宝石の色は碧かったが、パニルが取り出したものは漆黒のものだった。


(我は汝、汝は我。我、解放されし力をもって、汝の力となさん)


 クーゲンの時と同じく、頭の中に声が聞こえる。


「我は神徒ターパナリ。神の敵を葬り去らん」


 その声と共に、コウ達の目の前にいた全員の姿が消えた。


「私はクーゲンと違い正面から戦う気はありませんよ。これから先あなた方は、夜も昼も食事の時も寝ている時もいついかなる時でも、暗殺の危機に怯えながら生きていくことになるのです」


 鋼糸を絡めていたのだが、黒い宝石が輝き、人影が消えた時にすべて断ち切られていた。


(やむを得んな。へんに逃げられても面倒くさい。薙ぎ払え)


(了解しました)


 コウ達のはるか上に小型の、それでもこの世界のどの船よりも巨大な金属の構造物が浮いていた。その構造物は静止衛星軌道上ではないというのに、惑星の自転に合わせてピッタリとコウ達の上空に浮いている。その構造物から、砲塔が伸びると、コウ達に向けて拡散粒子砲が発射された。

 ほぼ光速近くまで加速された粒子は、この世界の感覚では一瞬で地上へとたどり着く。


「では今晩のところはこれで引き揚げさせていがぁー......」


 出力を絞ったうえ、着地地点で半径1㎞に設定した粒子砲は、本来なら殆ど殺傷能力はない。基本的に殺菌や除草程度に使われるものだ。パーソナルシールドすらも貫くことができないその照射は、この世界にとっては絶大な破壊力をもったものだった。

 コウ達から半径1㎞にわたって、殆どの金属が溶ける3000℃以上の熱線にさらされたのである。地面の草は一瞬で燃え上がり蒸発した。森の木々も瞬時に炭化し、崩れ去った。さらには地面ですらも溶け、明々とした溶岩の湖のようになっていた。

 その中で、コウ達だけが平然と立っていた。照射が終わると、泡だっていた地面が冷え始める。辺りには煙がもうもうと立っている。


「やれやれ、害がないとわかっていても、照射される中心地にいるのは、余り居心地の良いものではないな。しかも加減が難しい」


「汎用ユニットである以上仕方がありません。本来ならもっと広範囲に設定して、雪を溶かしたり、この間みたいに海水温度を上昇させて熱帯低気圧を作ったりするものですので」


「一応これで死んだとは思うが、死体が無いので確認しようがないな。仕方が無いか……」


 そう言ってコウが周りを見渡すと、パニルが持っていた黒い宝石が土の上に残っていた。金属部分は溶けてなくなったようだ。


「流石は、神徒になれるというアイテムだけはあるな。貰っておこう。マリー拾ってもらえるか」


「分かりましたわ」


 このような時は、この世界の常識なら自分がとるのだろうが、何せベースが自分は人間なのに対して、他の者はAIである。普段はあまり意識してないが、このような危険が伴う場合においては、AIのアバターに代行してもらう必要がある。マリーもそれを承知しているので嫌な顔一つしない。


「何か見てわかることはあるかね?」


「材質がブラックダイヤモンドであること以外は分かりませんわ。マナも感じませんし。もっとも先ほどの照射でターパナリと名乗る神徒が死んだのなら、マジックアイテムとしてはもう役に立たないのかもしれませんわね」


 地面が冷え煙が収まってくると、森が燃えているのが分かる。


「もうひと仕事だ、森の火災を鎮火してくれ」


「了解しました。しかし今回はちょっと派手に動きましたね。今晩中に痕跡を消すのはさすがに不可能です。ごまかし程度ならホログラムを使えばできますが、街から見ていた人間もいると思いますし」


「別にかまわんよ。教団がようやく本格的に襲ってきてくれたんだし。この事は全部教団のせいにすればいい」


「死人に口なしですか」


「勝ったものが正しいともいうな。それが嫌なら、もっと戦力を集めて我々に勝利すればいい。戦いとはそういうものではないのかね?」


 コウはそう言って肩をすくめた。


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