第213話 ヒーレン

 教団の本部の内部は教団の規模の割には小さかった。それに先ほど倒したルツカードとその弟子以外は、ゴーレムと魔法生物によって生活環境が整えられていたようだ。そのゴーレムたちも今は動きを止めている。

 とりあえず手当たり次第に部屋を開けて探っていく。


「別に、宝さがしが目的じゃないわけですし、教団の秘密が部屋に無造作に置かれているわけではないでしょうし、今に始まったことではないですけど、こんなに徹底的に調べる必要がありますの?」


「何を言ってるんだ。こういう所を探して回るのが面白いんだろう。ツボやタンスの中に特別なコインが入っているかもしれないし」


 相変わらずのコウの謎理論にAI達は呆れるが、もう慣れてしまったためか、それ以上誰もツッコミを入れることなく探索していく。勿論、その間もヒーレンという魔族が何か行動を起こさないかは警戒しており、怠りはなかった。


 

 ヒーレンは悩んでいた。ルツカードの魔力の気配が突然消えたからだ。ルツカードは気に入らなかったが、実力は認めていた。それ故に司祭に抜擢したし、かなり優遇していたつもりだ。

 魔法使いが奇襲に弱いことは万人が知っていることだ。だがそれ故に、魔法使いは防御に関しては神経質なまでに気を付けている。魔力に余裕のあるものは何重にも防御魔法をかけているし、そうでないものは急所部分にのみ防具を付ける、若しくは奇襲を受けないよう敵意を持ったものが近づけばアラートを発するようにする、などの工夫をしているものだ。

 ルツカードはそのすべてを行なっていた。ヒーレンがルツカードと戦った場合でも負けはしないだろうが、手こずるという認識だ。ルツカードが着ていたローブは、並大抵の冒険者では切り裂けないような代物だ。

 いったい何者が襲ってきたのだろうか。ヒーレンの勘はすぐにでも逃げだすべきと告げていたが、自分達に敵対した者たちの情報を持ち帰るべき、という義務感がヒーレンをここに押し留めていた。

 すでに姫を逃がし、オリハルコンの柱も搬出済みというのも大きい。万が一負けることがあっても、自分の命が失われるだけで済む。

 ヒーレンはなんとも言えない気分のまま、侵入してきた敵を待ち構える。ヒーレンが抱いている感情は久しく感じたことがない恐怖というものだった。



「残念だが、何もなかったな」


 言葉通り酷く残念そうにコウが呟く。結局教団本部には何もなかった。正確に言えば金や銀食器などはあったが、コウの興味を引くようなものは無かった。贅を尽くしてなくてもよいから、手のかかった美術品などがあったら良かったのだが、それも無かったし、所謂宗教画もなかった。美味しそうな食材も酒もなかった。強いて言えば、幹部のものが会議をしていたと思われる場所にあった円卓は、それなりに手が込んでいたが、少々大きすぎて使い勝手が悪い上に、既にそれより良い品を持っているため、興味が持てなかった。

 残るはヒーレンという魔族の居る最奥の空間だけだ。コウは少し気落ちしたまま最奥の間に向かう。


「大体ここにいた奴らは何を楽しみにして生きてたんだ。生活臭が無いわけではないし、その割には新興宗教の本部というより、まるで仕事場のようだ」


「教えを信じていたんじゃないんですの?」


「はっ。そんな奴らが部屋に教えが書いてある本、聖典、聖書かは知らないが、それを無造作に置いておくものかね。まともに読んだ形跡が無いものもあったぞ。1部屋だけは読み込まれた本があったが、あれがデモインの部屋じゃないかな」


 これでは自分達に攻撃をしかけたことに対する単なる報復になってしまう。黙って殴られ続けられる趣味は無いので、それはそれでやらなければならないことなのだが、当初の目的だった召喚魔法が、異次元から生物を呼び寄せるものではなかったため、それに代わる何かが欲しかった。単なる我儘である。

 ただ、コウの言った仕事場という感想はあながち間違いでもなかった。此処にいたものの殆どはレノイア教など信じておらず、ただ単に報酬目当てでそれぞれの分野で仕事をしていたからである。実際、クーゲンやパニルなどは完全に仕事場と割り切っていて、此処の自分の部屋には必要最低限のものしか置いていなかった。


「ヒーレンが待ち構えている部屋にはこの大陸では考えられないほど、かなり濃密なマナが観測されています。コウが興味を持つ魔法を使用してくる可能性もありますよ」


「そうなのか。だが、なぜそんな空間ができたんだ? 悪魔の穴のように、そうそうマイクロブラックホールがあるとも思えんが」


 コウは不思議に思って尋ねる。基本的にマナはオリハルコンやミスリルなど、元の世界には自然に存在しない元素に太陽光が当たることによって発生するものだ。太陽光に含まれるニュートリノでも生成されるため、地下でも生成はされるし、地上付近で生成されたものが浸透しても行くので、地下でもある程度の濃度はあるが、一般的には高くない。


「まず、太陽光を地下まで届ける仕掛けがあるようです。最奥の部屋は外と同じように太陽光が降り注いでいます。それと恐らくですが、オリハルコン製の円柱が最近まであったと思われます。縦穴と穴の周囲に僅かにオリハルコンの元素が観測されました

 それと念の為トラップを調べましたが設置はされてないようです。逃げ出すような気配もありませんね」


「ほう。これだけガサゴソやっていて、気付いていないわけはないよな。よほど自信があるのか、それともこちらと話をしたいのか、どちらだろうな」


「両方ともという可能性もありますよ」


「確かに」


 コウはユキの意見に頷く。4人は隠れることも、声を潜めることもなく、堂々とヒーレンの居る奥の部屋まで歩いていく。通路は二人で並んで歩くには少し狭いが、一人で歩いていくには十分な広さがあり、また明かりも洞窟の中とは思えないほど明るかった。

 通路の先に神殿のような建物が建っているドーム状の空間があり、そこにヒーレンと思われる男が立っていた。

 ローブを着ているが、フードは被っておらず顔を出している。一見すると20代後半の整った顔をした人間の男性のように見える。だが、似ているのは姿だけで、遺伝子的にはエルフやドワーフよりも人間から離れている。一番の違いはモンスターと同じように体内に魔石を持っていることだろう。それにより、普通の魔族でも、人間では考えられないほどの力を持っているらしい。


「まずは、ようこそといっておこうか。招かざる客だがな」


 ヒーレンはコウ達が部屋に入ってくるとそう挨拶をした。



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