第92話 ヴィレッツァ王国の暗殺者
前書き
今回はちょっと理屈っぽいですが、我慢して最後まで読んでいただけるとありがたいです。
またいきなり「連邦として」とか出て来て?と思う方もいるかもしれませんが、コウ達はこれまで国家として不当な扱いをされてないので、こちらも国家を持ち出して報復をしてないだけです。もしジクスで詰め所を壊した罪で牢屋に入れられていたら、その瞬間不当逮捕として報復してたでしょう。
5日も進むと、流石に水害の被害は一見すると無くなってくる。ただ、人々の様子が暗かったり、小さな川の橋が壊れたままだったりと、全く無い訳ではなかったが。
この辺りには、村がなかったので、久し振りにマジックテントを広げる。人の目を気にしないで食べる料理は、思った以上に美味しかった。
「そう言えば、リンド王国はドワーフの国ですわよね。名物はやはりお酒ですの?それとも何か特産品でもあるんですの?」
他人に気兼ねがいらなくなったためか、早速マリーが名物について聞いてくる。
「料理で言えばサンドワームという、砂漠にすむ巨大なミミズのようなモンスターの肉が名物みたいだな。ただ、この情勢だ、値段の前に売っているかどうかが微妙だな」
伯爵はリンド王国のサンドワームの料理の話をするとき眉をしかめていたが、元々合成肉、ちょっと高級でもサンドワームと同じような、寧ろこの世界の基準で言ったら、もっと気持ち悪い生物の肉を食べていたコウにとっては、リンド王国の料理に忌避感はなかった。勿論それはほかの3人も同じである。
「それは残念ですわね。でも、お酒は結構良いのがあるのではないですの?前回何の名物もないと言われていたフモウルに良いお酒がありましたし」
ユキが冷たい視線をマリーに向けている。まあ、分からなくはない。ちょっと最近調子に乗りすぎてるんじゃないかな、という気がする。だが、あえてそれを無視する。理由はその方が楽しいからだ。正直最近少し若返った気がする。
「フモウルの酒に似た酒はあるが、味は好みによるそうだ。正直評判は余り良くない。ただ、名物と言うか、まさに掘り出し物というのがあって、ウィスキーの長期熟成物があるそうだ。それは貯蔵したドワーフが、誰にも言わないまま死んでしまって、結果的に長期熟成になったものらしいが、人口が300万もあるとそれなりに見つかるらしいな」
「それは楽しみですの。リンド王国に着いたらそれを探してみませんですこと」
この依頼にどちらかというと消極的だったマリーが乗り気になってきた。
「まあ、そうだな。それも良いかもな。ただ、せっかくの気分に水を差す輩をまず片付けねばな」
せっかく今日は人目を気にすることなく、のんびりできると思ったのによりによって、盗賊が襲ってきたようだ。正確に言うと、まだ気配を消して近づいている段階だ。だが20人の人間がマジックテントを中心に少しずつ包囲を狭めている。手慣れた感じから言って、やむにやまれず盗賊に身を落とした元村人といった感じではないのが救いか。
ただどちらにせよ、完全なモンスターならともかく、人を殺すのはあまり気分の良いものではない。慣れと好みは別物だ。いっそうの事、村人や旅人が襲われているとかいうシチュエーションであれば、少しはやる気が出るのだが、自分たちを襲いに来た段階で憐れみを感じてしまう。勿論、だからと言って、殺すことを躊躇をする気はさらさらない。
夜陰に乗じて盗賊たちがコウ達の居るマジックテントへ音もなく忍び寄る。その洗練された動きは、軍の特殊部隊を彷彿とさせる。それもそのはず、男たちは盗賊ではなく暗殺者だった。それも単独行動ではなく、集団で重要人物を殺すことに長けた集団である。重要人物となれば当然護衛も付く、それらを含めて皆殺しにするだけの技量を持ち合わせた集団だった。
もちろん集団で雇われるため、雇うのは高額の費用がかかる。それを、払うだけの価値のあるものが対象に選ばれるのだ。
この集団はヴィレッツァ王国の宰相ギスバルが雇った者達である。最初は数人の暗殺者を雇う予定だったのだが、街中ならともかく、街道上で暗殺は無理、と断られたのだ。また、暗殺者ギルド自体、コウ達の暗殺に乗り気ではなかったというのもある。暗殺者にとって情報は命に等しい価値を持つ。大きな暗殺組織程コウ達の正確な情報を仕入れていた。
結局雇えたのは、盗賊と暗殺者の中間のような者達だった。しかも、ギスバルが想像した通り法外ともいえる値段を前払いでである。それでも、コウ達の暗殺の依頼を受けるだけあって、腕には定評があった。場合によっては傭兵としても動く者たちである。ただ残念なことに、完全に暗殺を生業とする者たちほど、情報収集は優れていなかった。
男たちは、コウ達のマジックテントに近づくと、火矢を取り出す、先ずはテントというよりログハウスだが、それを燃やし、炙り出そうとの考えだ。普通の火矢で燃えなかった場合に、マジックアイテムの火炎瓶も用意している。
男が火矢に火をつけようとした瞬間、仲間の一人がその男の心臓を突き刺す。男は突然の事に驚愕しながらも、訳を知る間もなく息を引き取った。
「貴様、裏切ったか!」
大声ではないものの、リーダーらしき男が声を上げる。
「ち、違うんだ、身体が勝手に動くんだ。俺のせいじゃねえ!」
男はもはや隠密行動など知った事かとばかりに、声を上げる。しかし、その言葉と裏腹に次々に、仲間の心臓を刺すか、首を刎ねるかをして殺していく。男は仲間内でも平均的な技量の者だ、だが今の男の動きはまさに達人というべきもので、仲間が一方的にやられていく。男も無傷ではないのだが、それを気にした様子もない。
「誰か止めてくれ!」
男は涙ながらに訴えている。男の願いをかなえたのは暗殺団のリーダーだった。但し、男の首を後ろから刎ねる事によって。
「死んだか」
そう言って、仲間が男の死体に近づく、すると首を刎ねられた男が、非常識なスピードで起き上がり、残りの仲間を殺していった。
生き残りがリーダーだけになった時、首のなくなった男はまるで操り人形の糸が切れるがごとく、急に動きを止め、倒れる。それと同時にテントの扉が開く。もう暗殺は無理だと判断したリーダーは、この場を離れようとするが、足が動かない。それどころか自分の意思に反して、コウ達の方へ向かっていく。テントの中から黒髪の女性がこちらに向かってくる。その人間離れした美貌に、リーダーは美しいと思うより恐怖を抱いた。まるで、死を司る女神に見えたからだ。その女性の腕が頭を掴んだのと同時に意識を失った。
「記憶のダウンロード完了。どうやら、ヴィレッツァ王国の宰相に雇われていた暗殺者です。アジトと言うか本拠地はヴィレッツァ王国の王都ザゼハアンのスラム街にあります。如何いたしますか?砲撃はご命令より30秒以内で準備できます」
ユキはコウの判断を仰ぐ。
「いや、今直ぐは止めておこう。しかし事前通告無しのいきなりの暗殺か。妨害は予測できていた事とは言え随分と手荒な歓迎だな」
コウは伸ばしていた、前に使用した神経繊維の通った鋼糸を、指先に収納しながら答える。
「連邦法に当てはめるのなら、即時反撃が望ましいと考えられますが」
「それはそうなんだが、この場合はなあ。一応隠密作戦行動中だし、これ以上リューミナの国王の思惑に乗るのも癪だしなあ」
コウは悩む。例外はあるが基本的に連邦法では、たとえ政府が禁じてる危険国に個人が個人的に行ったとしても、合法的に入国した以上、その国に、たとえ外国人と言えども守る義務が生じる。勿論、入国した者はその国の法律を守る義務も生じる。だがそれが、未遂とは言えその国家に警告無しの暗殺攻撃を受けたのである。
これがあくまでも盗賊であったのなら、コウもそこまで悩むことはなかっただろう。個人の犯罪だからだ。百歩譲ってただの貴族だったら、金持ちの個人と定義できない事もない。また、先日遭遇した不良軍人だったら兵士の暴走で片付けられる。
だが宰相の名前で、しかも個人でなく国家として入国者の暗殺を命じたのだ。その瞬間、最も早く救助が可能な連邦の軍人には、入国者の保護及び対象国への報復の義務が生じる。それはたとえ愚かな一般人でも、連邦の軍人自身が暗殺の対象だったとしてもである。
表面的には秘密裏ではなく、リューミナ王国の正式な身分証をもって合法的に入国したのだ。事情を考えて連邦法の国籍偽造での入国には当たらない。
コウは妨害はあるとしても、実際はバレバレであろうと、依頼主はダミーの個人なりなんなりを使うか、何らかの難癖とも言える事前通告をしてくると予想していた。まあ、切り捨てられることを恐れた暗殺団がそれを断ったのかもしれないな、とコウは改めて考える。
ともかく保護の義務は自分自身で達成している。後は報復の義務である。誰か政治家が、政治的な判断で、無しにしてくれれば良いのだが、ここに連邦人はコウしかいない。しかも高級軍人である。報復無しはあり得なかった。しかも相手は星系の代表国家でもない、一惑星のたかが一勢力である。今回の事でコウ達のヴィレッツァ王国への認識がテロリスト国家に書き変わる。
やられたらそれ以上でやり返す。時にはほんの些細なことであろうとも、完膚なきまで相手を叩き潰す。星間国家が出来てから約2万年。寿命、病気、その他もろもろのことを解明し、克服してきた人類だが、それでも戦いを止める方法を発見できないでいた。
後書き
私の文章力が足りずうまく伝わらなかったかもしれませんが、要は今で言うと、アメリカの高級軍人がお忍びで民間人として、それでも正式にイラクに入国したら、ISに襲われた。ちょっと調べてみたらイラクの政府が直接暗殺を依頼していた。と言うのに近いかもしれません。本当はもっと酷いですがそれは明日の更新時に説明を追加しようと思います。要は非常に稚拙な攻撃をされ、報復無しはあり得ないと言う事です。
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