第131話 至れり尽くせり

 謁見の日はオーロラが宿に来た時からちょうど2週間後、つまり10日後だった。前日に宿の前に4頭立ての立派な馬車が止まる。馬は種類こそ普通の馬だがよく手入れをされていて、体格も普通の馬より一回り大きい。馬車は派手ではないが、いたるところに、細かい細工や彫刻がなされており、誰が見ても普通の馬車とは思えないようなものだ。

 コウ達が馬車に乗り込むと、中にはオーロラがいた。馬車の中は広々としており、5人が入っても狭苦しさは感じない。

 オーロラが合図すると、殆ど振動もなく馬車が進み始める。どんな技術を使っているのか分からないが、地面を進む車両でこの振動の少なさは大したものではないだろうか。馬車の中央にあるテーブルに置かれていたグラスもほとんど動いた様子はない。


「着くまでやることも無いから、お酒を用意したけど。お茶の方が良かったかしら?」


 オーロラが馬車に備え付けられている小さな棚から、ワインを取り出す。


「いえ、折角ですから、ワインを頂きます。出来れば着くまでに、魔石から分かった事を教えてもらえればありがたいですが」


 特に話す話題があるわけでもないし、半日以上馬車の中で過ごすのだ、お茶よりはワインの方が話も弾むだろうとの考えだ。まあ、後マリーが飲みたそうにしているというのもある。


「そうね。どこから話そうかしら。まだ全部わかった訳じゃないけど、ヴァンパイアロードから話すわね。魔の森と呼ばれていた所には昔、アラオールって王国があったの。2000年以上前の話だけどね。その王国をいつのころからか裏から操っていたのが、あなた達が倒したヴァンパイアロードよ。その力は強大で、当時の勇者、賢者、魔法使い、僧侶1000名以上で戦って、ようやくポミリワント山脈の端まで追い詰め、洞窟に封印したらしいわ。それだけの人数をかけても殺すことはできなかったそうよ。ヴァンパイアの弱点と言ったら日光が最たるものだけど、日中でも平気で動けたという記録が残っているわ。

 またすべてのヴァンパイアの始祖ともいわれてるわね。

 そうしてやっとの事で、ヴァンパイアロードを封印したのは良かったんだけど、その時の戦いで高レベルの冒険者が死んでしまって、暫くはダンジョン探索とかが出来なかったらしいの。そして、遂にある日ダンジョンの中から魔物があふれ出たの。それを率いていたのが、あなた達が倒したレッドドラゴンよ。レッドドラゴンが吐くブレスは一撃で都市を消し炭にしたと言われているわ。

 勿論アラオール王国だけでなくその周辺国も協力して立ち向かったんだけど、結局は太刀打ちできなくて殆どの国は滅んでしまったわ。

 『そのブレスはすべてを焼き尽くし、その爪はすべてを切り裂き、その鱗は何人たりとも傷つけられぬ。』レッドドラゴンの伝承の一節よ。実際、ドラゴンを倒しに行ったパーティーも2000年の間に何組もいたけど、遭遇して生き残ったパーティーは今までいなかったの。ヴァンパイアロードはともかく、ドラゴンがなぜ2000年の間、魔の森から出なかったのかはまだ分かってないわ。魔石には記憶の片鱗が残っているから、調査が進めばわかってくると思うけど。

 ともかく、偶然にしろ、あなた達はそんな強大なモンスターから国を守った英雄なのよ。時期が時期だけに、どちらか一方でも魔の森から出ていたら、リューミナ王国が滅んでいてもおかしくなかったと思ってるわ」


 オーロラはそこまでしゃべると、のどが渇いたのか、ワインを口に運ぶ。


「正直そんな偉業をなしたのが、こんな若い男女のパーティーだとは、自分で魔石を貰ってなければとても信じられなかったでしょうね。そして、そんなパーティーと同じ馬車に乗って普通に話してるなんて……。現実離れしていて、なんか逆に落ち着いてる気分よ」


 グラスをテーブルに戻し、オーロラはそう呟く。


「なるほど。まあ、自分たちが褒美を貰えるのはよく分かりました。しかしなんで、オーロラさんは自分達が、呼び出しに応じないと思われたんですか?まあ、流石に国を挙げての式典とかパレードはちょっと嫌ですけど……」


 自分達はリューミナ王国に反抗したことはない。寧ろ協力的だと思っていたのだが……。


「そうね。気を悪くするかもしれないけど、リンド王国に食料を運ぶ依頼をした際、喜んでって感じじゃなかったでしょう。冒険者には貴族を嫌っている人も多いから、あなた達もそうかな、って感じたの。他国とは言え、貴族にひどい目にあわされてたみたいだしね。

 その後、ヴィレッツァ王国の王都ザゼハアンの城壁が崩されたじゃない。どうしたかは分からないけど、時期的にあなた達がやった事よね。理由は多分襲われたから報復したってところかしら。

 そして今度は、ランクアップの依頼とは言え、危険な森の探索を命じた。しかも強力なモンスターの目覚めた魔の森を。結果的にあなた達が2体とも倒したけど、自分たちを殺すために魔の森に行かせた、と疑われても仕方がないわ。そうなるとヴィレッツァ王国と同じようにリューミナ王国も報復されるかも知れない、と考えたのよ。

 あくまで、私個人の考えよ」


 なるほど、自分達は魔の森を堪能したが、傍から見るとそうは見えないらしい。


「オーロラさんの考えは分かりました。まあ、確かに貴族を好きか嫌いかで言われたら、基本的に嫌いですが、だからと言って、誰彼構わず喧嘩を売ったりしませんよ。それに、魔の森に行くことは半ば予想していた事ですし、行きたかった場所でもありますから、それでリューミナ王国や冒険者ギルドに、なんか思うことが出来た訳ではないですよ」


「それを聞いて安心したわ」


 そうオーロラはコウに答えるも、逆に思うことがあったら、リューミナ王国と言えども容赦はしないのね、と思う。実際リューミナ王国と、いにしえのアラオール王国どちらが強いとは言えないけれど、少なくとも一国に匹敵する力があることは確かなのだ。こうして曲がりなりにも友好的な関係を築けたことに神に感謝する。

 もし、最初に詰め所を壊した罪で、対応を間違えていたら、今のヴィレッツァ王国の姿はリューミナ王国の姿だったかもしれないのだ。いくら責任の一端が兵士にあったとしても、国の施設を壊した以上、刑罰を与えるのが国というものだ。ギルドを保証人として国との衝突を避けた過去の自分を褒めてやりたい気分だった。


 その後は他愛もない話をして、街道を進んでいく。王都に着くと門番が中を少し見ただけで、直ぐに入ることが出来る。流石と言うべきだろうか。そのまま大通りを進み、王宮近くの自分たちが泊まった事の無い、見るからに高級な宿の前で止まる。


「さあ、着いたわ。一応ここは王都でも1、2を争う高級宿よ。中にあるレストランも基本宿泊客専用よ。まあ、あなた達にとってはあまり意味の無いことかもしれないけど、宿泊料も食事も全部王宮持ちだから、好きに飲み食いしてね。明日王宮に行くのは夕方だから、ゆっくりしてね。マッサージとかもあるわよ」


 そう言ってオーロラは自分の部屋へと向かった。コウ達も部屋に向かう。王都で1、2を争う宿の最上階と言うだけあって、広いリビングルームに、ちょっとしたキッチン、バーまで備えてある。寝室は1人1部屋でも余るぐらいにある。料理はレストランに行かなくてもルームサービスでここまで運んでくれるし、ワインセラーのワインも自由に飲んでいいらしい。至れり尽くせりのサービスだ。

 とりあえずコウ達は、1本ワインをあけて、乾杯をした。


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