第242話 セイレーンのエール(改良版)

「どうやら、終わったようですよ」


「ん? どちらの方だ?」


 ユキの言葉にそうコウは問いかける。それというのも気にして観察させていることが2つあったからだ。一つはリューミナ王国とエスサミネ王国の戦い、そしてもう一つはセイレーンのエールの出来上がりだった。

 セイレーンのエールをベシセア王国の水で作ってほしいと頼みに行った時、蔵人達は皆最初は嫌がった。それはそうだろう、自分達の作った酒では満足できていないと喧嘩を売っているようなものだ。しかし、汲んできた水を飲ませると反対する者はいなくなった。そこにいるものは一流の職人たちであり、水を飲んだだけでもっと美味い物が作れると直ぐに悟ったからだ。それから後は話は早かった。報酬をどうするかで若干もめはしたが、結局のところそれは自分達が折れた。何より気持ち良く、全力で作ってもらうのが重要と考えた為だ。

 追加の設備は必要になったが、それは金でどうにでもなるものだったし、蔵人のやる気が違う。そしてそろそろ新しいセイレーンのエールができるころだった。


「偶然でしょうが、どちらともです。お酒の方は出来上がったとの知らせが、直ぐにくるでしょう」


「まあ、それは楽しみですわ」


 マリーが目を輝かせながら言う。このメンバーの中で出来上がりを一番楽しみにしていたのは間違いなく彼女だろう。

 暫く待っているとユキの言葉通り、使いの者がやってくる。


「ご注文の品が出来上がりましたよ。素晴らしい出来です。きっと皆さんも満足されることでしょう」


 知らせに来た若い見習いが興奮冷めやらぬ様子で伝えに来た。どうやらよほど美味い物ができたらしい。これは期待できそうだ。

 早速、酒蔵へと向かう。酒蔵はフモウルの街から少し離れた山に近い所にある。酒蔵に着くと蔵人が総出で迎えてくれた。


「エールとブレンドする酒も1から選び直しましたよ。私が作った中で最高傑作と言って良いでしょう」


 蔵人を統括する杜氏が代表してそう言ってくる。そして、酒蔵の中まで案内してくれる。そして、ベシセア王国の水で作ったセイレーンのエールの入った樽の前までくると、樽からジョッキに杜氏自らが注いでくれる。その注ぎ方は、ジョッキの傾きの変え方といい、泡の立て方といい、ほれぼれするような手並みだ。

 樽からエールがあふれてきた段階で、芳醇な香りが辺りを包む。ジョッキが運ばれてくると、直ぐに4人は口に運んだ。芳醇な香りがしているのに、味としては端麗なスッキリとした仕上がりの酒になっている。自分好みの味だった。のど越しも良い。もしかしてアルコール度数は低いのかと念の為分析するも、普通のものと同じ20度だった。

 一気飲みしたい衝動に駆られるが、止めておくのが賢明だろう。何よりも前回のように中和剤をわざわざ注入する羽目になったらもったいなさすぎる。


「どうやら満足いただけたようですな」


 自分達の顔を見てそう杜氏が言ってくる。杜氏の言う通り満足のいく味だった。


「それでは、契約通り残りの代金は、作った酒の半分を譲り受けるということでよろしいですな」


 セイレーンのエールをベシセア王国の水で作ると決まった後、これがもめた部分だった。こちらが労働に対する報酬を提示したのに対し、向こうは成功報酬で、しかも現物を要求してきたのだ。本来は一樽でも多く欲しかったのだが仕方がない。

 嘘をついて満足していないということにすれば、全部を手に入れることができるが、それはこれから先、この酒を手に入れることができなくなるのと同義だ。将来のことを見据えて、ぐっと我慢し、正直に答える。


「ええ、約束通りで構いません。非常に満足しました。次の機会があればまた作っていただきたい」


「勿論ですとも。次の機会が巡ってくることを祈っていますよ」


 そう言う杜氏としっかりと握手をして、酒蔵を後にする。後は街を外れ、マジックテントの中で、この酒と料理を楽しむだけだ。流石にこの酒はドワーフの多いフモウルの街中で飲むには危険すぎる。たとえ宿屋の部屋で飲むとしてもだ。


 そうして暗くなるまで、街道を進み、街道から少し離れたところにマジックテントを建てて、テーブルの上に料理を並べ、横に酒を樽ごと置く。料理はロブが作ったものがメインだ。この酒にはショガンが作る上品な料理より、ロブの作る豪快な料理の方が合う。


「で、そういや、戦争の方も終わったんだよな。どうだった?」


 エールをぐびぐびと飲みながらサラがユキに尋ねる。


「そうですね。ダイジェストを投影しましょうか?」


「まあ、飯を食った後だな。フィクションならともかく、現実の戦争を映像を眺めながら、楽しく酒が飲めるほど戦争が好きなわけじゃないんでね」


 コウはそう言ってユキが食事中に戦闘画面を投影することを禁じる。世の中には酒を飲みながら戦争をするものもいるらしい、人の趣味に口出すのもなんだが酔狂なことだと思う。若しくは酒でも飲まないとやっていられないのであろうか。それだったら少しは分かる。

 

 ひとしきり酒と食事を楽しんだ後、壁にダイジェストを投影してもらう。脳にデータをインストールすれば良い話なのだが、最終的にはそうするとしても、その前のこういう一手間がコウは好きだった。


 壁に、正に地を埋め尽くさんばかりのリューミナ王国の大軍が映る。そしてその大軍が3つに分かれ、尚且つ連携を取りながらエスサミネ王国を侵略していく。抵抗はほとんどない。それが乱れたのはエスサミネ王国の王都に近い平原に到着してからだ。

 リューミナ王国の本陣目掛け、突撃を開始するエスサミネ王国の騎兵。無謀な突撃だな、とコウは最初思った。だがコウの予想に反し、まるでドリルで地面を掘削していくように分厚い本陣を貫いていく。そして遂に総大将の所までたどり着いた。

 だが、そこで王太子に敗れた。クレシナの強さも予想外だったが、フェローの強さも予想外だった。


「ここの世界の人間というのは、生身であそこまで強くなれるものなのか……」


 コウが驚いて呟く。


「そうですね。あそこまで強くなるのはごく一部の人間ですが、人間は数が多いため、単なる確率の問題で、統計上強くなるものの数は人間が多いです」


「あれがいわゆる英雄という奴かな。私だって子供のころはおとぎ話の英雄に憧れたものさ」


「私達は、そのおとぎ話の中の英雄が苦労して倒すモンスターを、単なる食材として狩っていますが……成り行きとは言えお姫様も助けましたし、邪教のたぐいも潰しましたよね」


「……それはそれ、これはこれという奴だな」


 それ以外にコウとしても答えようがなく、やっぱりデカイ彫像を作ろうぜ、というサラを一瞥して就寝したのであった。

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